映画『2001年宇宙の旅』あらすじ・解釈・感想―人の個性は本当にいろいろ

『2001年宇宙の旅』(原題 “2001: A Space Odyssey” スタンリー・キューブリック監督)は、1968年に公開されたSF映画。この記事ではあらすじを詳しくまとめた後、解釈や私の感想などを紹介します。(以下、結末までのネタバレを含みます。章立ては原作のものをそのまま使用しています。)

2001年宇宙の旅 あらすじ

人類の夜明け(The Dawn of Man)

類人猿たちは小さな群れで草を食べ、時に猛獣に襲われながら、荒涼とした大地で暮らしていた。やがて水飲み場をめぐって、群れ同士の争いが起こるようになる。そんなある朝、類人猿たちの前に、黒い石碑のような物体(モノリス)が出現する。類人猿たちは大騒ぎになり、おそるおそるそれに触れた。その後、彼らは動物の骨で狩りを行うことを覚え、次には同胞を攻撃する武器として使うようになった。

2001年、フロイド博士は月面のクラビウス基地へ向かっていた。クラビウス基地に関しては未知の伝染病のうわさが流れるなど不穏めいていたが、渡航の目的を他言することはできなかった。実際には、モノリスが発掘されていたのだ。人類が知る物質ではないうえ、400万年前に人為的に埋められたものだという。知れ渡れば世界中が大混乱に陥るので、極秘にされていたのだ。フロイド博士はチームとともに調査を始めるが、モノリスは突然、強烈な電波を発する。

木星探険計画 18か月後(Jupiter Mission 18 Months Later)

フロイド博士らの調査から18か月後。ボーマン船長、プール副船長らは、宇宙船ディスカバリー1号で人類初の有人木星探査に向かっていた。他の船員は、博士3名と、HAL9000型コンピューター。3名の博士は冬眠状態で乗船して木星到着後に活動する予定であり、史上最高のコンピューター・HAL9000(通称・ハル)はその冬眠状態と宇宙船全体の管理を担当している。

航行中、ハルはボーマン船長に個人的な質問を投げかける。今回の任務に疑問を感じないか、というのだ。任務は極秘に計画され、特殊な訓練を受けたという3人の博士は乗船の時点で冬眠状態にあったうえ、月面で何かが見つかったといううわさが流れた時期と計画立案の時期が合致するという。ハルがそのような質問をした意図は推測の域を出ず、ボーマン船長は答えなかった。

そんな時、ハルが故障を予知した部品に異常が見つからないという事態が発生する。ささいなミスすら犯したことがないHAL9000型コンピューターに、狂いが生じているおそれがある。ボーマン船長とプール副船長は、ハルの思考を切ることを計画した。ところが、ハルは読唇術によりそれを察知。船外活動に出たプール副船長を、ポッドから宇宙空間へ投げ出す。ボーマン船長はポッドで救出へ向かうが、時遅くプール副船長は息絶えていた。その隙に、ハルは博士3人の生命維持装置を停止させて殺害。ボーマン船長がディスカバリー号に戻ろうと呼びかけても、ハルは彼らが任務を妨害したと判断してドアを開かない。しかし、ボーマン船長はプール副船長の亡骸を手放し、ポッドを故意に爆発させた勢いで非常エアロックからディスカバリー号への帰還に成功。その足でハルの思考とメモリを停止させる。ところが、初期化されたHAL9000コンピューターからは、木星圏内到着後の船員に宛てられたビデオメッセージが出てきた。木星探査が計画された真の理由は、18か月前、地球外の知的生命体の存在を証明する物体が月面で発見され、それが木星へ強力な電波を発していたことだという。この事実は、ハルだけに知らせてあった。

木星と無限の彼方(Jupiter And Beyond The Infinite)

ボーマン船長が木星圏内に到着すると、近くの宇宙空間には巨大なモノリスが浮遊していた。ボーマン船長は一人ポッドで探査に出るが、航行中、強烈な電磁波に当てられ続ける。彼は気が付くと無人の洋館の中におり、急激に歳をとっていた。老衰したボーマン船長の死の床に、モノリスが出現。手を伸ばすと、ボーマン船長は未知の生命体(スターチャイルド)に生まれ変わる。そして宇宙から、故郷・地球を見つめるのだった。

この映画、どう解釈する?

終わってみれば、「難解」「芸術志向」と呼ばれる系統の映画でした。つまり、ストーリーを伝えることよりも、カットの絵としての美しさや映像としての面白さを重視している作品です。

とりわけ、最後の木星の場面はいろいろな解釈が可能。まず、到着先の洋館がどこにある誰が作った何なのかという問題。モノリスの内部と考えるのはそれなりに自然ですが、ボーマン船長の幻覚、極論なら「夢オチ」というとらえ方もあり。また、シーンの継ぎ目は前後がかぶせてある上、主観カメラや背後視点が織り交ぜられているので、何が起こっているのか分かりにくい。時間の流れがおかしい空間だというようにも受け取れる。ラストシーンも、未知の生命体への変貌ではなく、死した人間が赤ん坊に転生したとみることもできる。こうした点ではファンタジー色が強く、SFとしてはソフトだといえます。

上記のあらすじと解釈は、あくまで私の目で鑑賞してまとめたものです。なので、人によっては別の受け取り方をすると思われます。

なお、『2001年宇宙の旅』には、原作の小説版と続編『2010年』があります。それらを参照すると事実関係や解釈が確定する部分があるのですが、この記事は映画『2001年宇宙の旅』(DVD)から読み取れることのみで書いています。

更新:『2001年宇宙の旅』続編は理路整然!―映画『2010年』レビュー

人のセンスはいろいろ―レビューや感想、おすすめ情報

こういう「芸術志向」の映画は私に、大学の一般教養科目で映像論を学んだ時のことを思い出させます。

その授業は、前回学生が提出した感想から先生がいくつかをピックアップし、解説するところから始まるという形をとっていました。ある回、スリの手の動きを長回しで撮った映画について、私は「無意味なシーンが長くて話の続きが気になり、もどかしくなる。自分だったら早送りしてしまうかも」という感想を出しました。そうしたらなんと、次の授業で採用されたのです。先生いわく、「意味を求めるのは大人なことで、大人になるというのはそういうことかもしれないけれど、私はただ人や物が動いているだけの原初的な映像にも魅力を感じてしまう」とのこと。衝撃でした。世の中には、無意味なシーンに魅力を感じる人もいる。自分の中に全く存在していなかった感性との出会いでした。

『2001年宇宙の旅』には、その先生が評価しそうな美術的に優れた「映像」が盛りだくさんです。

類人猿たちのシーンにはセリフがないので、映像のみ。作品全体としても言葉は少ない。宇宙船の内部構造、作中世界に存在するテクノロジー、未来の生活、それこそ手の動きなどにはずいぶん尺を割いてある。ボーマン船長が出会う電磁波のイメージ映像も、10分以上ひたすら続く。また、月への宇宙旅行シーンではずっと「美しく青きドナウ」(ヨハン・シュトラウス(子))が流れていて優雅。要所の曲は「ツァラトゥストラはかく語りき」(リヒャルト・シュトラウス)。クラシックの名曲を使用することで、格式の高さを出そうとしたように見えました。これら2曲をフィーチャーするにとどまらず、作品の構造にも一部、クラシック音楽の様式が導入されています。たとえば、映画冒頭はいわば「序曲」の演奏のみで、本編はなかなか始まりません。まさに、無意味でも「映像」としての魅力を押し出したカットやシーンのオンパレードです。

たしかに「どうやって撮影したんだろう?」と好奇心をくすぐられるシーンはあったりする。けれど私はそれを重要視しない。「このことを説明するなら、5分ですむんじゃないかなぁ」というのが私の率直な感想。私のセンスでは、無駄が多いわりに必要な説明は不十分だと感じます。

サスペンスが急展開するハルとのやり取りはSFとして最高でした。何を考えているのか、はかり知れない超高性能コンピューター。そのテクノロジーにどこまで頼れるか、判断を迫られる人間。木星探査という目的を最優先にするため船員さえ暗殺してしまうハルの融通のきかなさ。人間の頭脳を越えるコンピューターと人間の対立。この緊張感。これぞSFのだいご味!(ただし、この場面に至るまでには映画が始まってから1時間30分もかかる。)先が気になり、博士3名とハルを失った後悔がつのります。あぁ、計画通りにハルが機能し続け、しかるべき時に真実が明かされ、3人の博士が冬眠から目覚めて訓練の成果を木星で発揮できればよかったのに!……ところがそんなふうに期待をぐんぐん高めていると、続くラストではSFらしい要素は影を潜め、ファンタジー色と難解な映画色に彩られた「無限の彼方」へ突入。ああっ……かゆいのはそこじゃないのに!

今でも私は、映像論の先生とは逆の人間です。無意味なシーンは、やっぱり早送りしたくなる。私はいつまでたっても私。人にはそれぞれ個性があって、それはそうそう変わるものではない。そして、だからこそいいと思っています。

『2001年宇宙の旅』は私のような意味や体系を求めるタイプの人間には単に「冗長」な映画なのですが、世の中にはそれを面白い、美しいなどと感じる人もいる。名作として信奉する人までいる。

自分の価値観と合わなかったらすぐに「意味不明」「ダメ」というのではなく、世の中にはそんな感じ方もあるのだと広い心で構えていたほうが、人生はおもしろくなるだろうなぁ。そんなことを再認識させてくれる作品でした。

以上のような『2001年宇宙の旅』ですが、芸術志向の映画を好む人はもちろん、論理人間でもSFが好きなら観て損はないと思います。

宇宙船外観のデザインや宇宙服での呼吸音、「嫌な予感がする(I have a bad feeling about this.)」というセリフは、『スターウォーズ』と通じるものがあります。SFの歴史を知りたいなら観ておいたほうがいいかなと思う作品。

たまには美術重視の「映像作品」から普段の自分にないものを少しだけ取り入れてみる、なんていうのもいかがでしょうか。

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