英語を話せる3つのメリット―それはとても「楽しい」こと!

英語といえば、好き嫌いがはっきり分かれる科目です。学生時代、英語の時間を楽しみにしていた人もいれば、当てられる順番を数えてびくびくしていた人もいるでしょう。

私は前者の類で、思いかえせば、新しい世界を、考え方を、生き方を拓いてくれたのは英語でした。ある時は、私が知らない可能性を指さしてくれるよき先生。またある時は、気軽につき合ういい友達。そんな存在だったんですよ。言語に対してこれを言うのは妙な感じなのですが、ほんわりした感謝の気持ちを胸いっぱいに抱いています。

私はこれまで、さまざまな趣味のガイドやエッセイを書いてきました。楽器写真にフィットネス。映画やゲーム。こうしたアートやアクティビティは、それぞれに体験できること、学べることはとても豊富にそなえています。ですが、万人にすすめられる新しい趣味をひとつ選ぶなら、私は「英語」と答えます。それを嫌いになるのは、英語自体とは別の理由――たいていは、心理的な理由――によるんですよね。今回は、英語を読み書きできる・話せるメリットを3つ、夢見がちにうっとりしながら記したいと思います。

可能性の量がケタ違い

英語は、今の世界の国際共通語。それを使えれば、自分の可能性はドラマチックに広がります。そしてあっという間に、英語なしの生活なんて考えられなくなる。昨日までの風景が、すっかり変わります。どの言語であれ語学への挑戦は新しい自分になることを意味しますが、英語はなにぶん世界の共通語なので、可能性の広がり方がケタ違いなんですね。

ひまわりロゴとの運命の出会い

ロゴは、シンボルです。私は当ブログのみならず、Twitterをはじめ言論活動のいたるところで、このひまわりマークをプロフィール代わりにしています。

実はこれ、海外のデザイナーに依頼して個別にデザインしてもらったものなんですよ。

事の経過は次の通り。臨場感が伝わるよう、具体的に回想してみます。

ブログ開設の準備をしていたころ、私はロゴを「必要なものリスト」にあげていました。これがないとサイトが文字ばかりになってしまうし、印象が各段うすくなるからです。さて、どうしたものか。なんといっても私の言論の「顔」なので、いいかげんな無料素材なんてもってのほかです。自分で描けるかな、と調べてはみたのですが、グラフィックデザインは輪郭がどうの、角がどうのと、思った以上に細かい部分があるんですね。ロゴはこれからずっと、もしかしたら一生、「私」を代表することになる。なら素人仕事ではなく、プロレベルのクオリティがほしい。私はプロのデザイナーを探し始めました。

この時、私は国内だけでなく、英語を使って海外のデザインにも手を伸ばしました。国内・海外という境界線は引かなかったのです。いいデザインがほしい。自分のイメージにぴったりなデザインをお願いしたい。私の思いは、ロゴのデザインそのものだけに向いていました。

そして様々なデザイン会社や画像販売サイトをめぐるうち……これだ! 北欧風なカラーリングに、ナチュラルであたたかみがあり、しかもロゴらしいスタイリッシュな造形美……これがいい、この人にお願いしたい。そんなデザイナーさんをついに、海外サイトで発見したのです。

海外サイト……ということは必然的に、やりとりはすべて英語で行うことになります。なので以後のシーンでは、英語の文面を想像してください。サイトを通じて連絡をとってみると……相手のデザイナーさんはインド人だと判明! いいじゃないですか、アートに国境なんてありません。個別デザインを依頼できるか訊いてみると、めでたくオーケーの返事が。やった! いざ細かく注文です。真ん中の丸の大きさのことなど何往復かやりとりして、ついに最終デザインを受け取りました。

満足度100%の大事なロゴには、日本語だけではめぐり合うことすらできませんでした。「この中ではこれがいいかな」ではなく、「これがいい!」と思えるデザインを手に入れられたのは、世界を視野に入れたからにほかならないのです。

よく無料版ソフトを有料版にアップグレードする時なんかに、「有料版の機能をアンロックする」というじゃないですか。英語を話せるいちばんのメリットは、さまざまな可能性を「アンロック」できることだと思います。日本語だけでは選択肢のどれもこれもにカギがかかっているところ、英語を使えばその制限から解放される。この自由は、大きなよろこびです。

コンピューターまわりでの自由

近年では、コンピューター・インターネット関連で英語を使う……というより、使えないと不自由な場面が出てきています。

世界的にはすごく有名なのに日本語版が出ていないソフト、実は驚くほど多いんですよ。私はセキュリティ関係のソフトを探していた時に、それを痛感しました。日本の代理店が売っているソフトは、「安かろう悪かろう」みたいなのだけ。とうてい満足いきませんでした。それで私は、世界的なソフトの英語版を買うことにしたのです。あるいは一応日本語版と銘打ったバージョンがあっても、ソフトの一部分だけしか翻訳されていなかったり、なぜか原語版より機能が少なかったり、マニュアルやサポートが十分でなかったりすることもよくあります。

英語を読み書きできる・話せるなら、国内では手に入らないとても便利なツール、高度なセキュリティにまで、自由自在に手が届くようになります。私は現在、英語版のソフトやプラグインを10個ほど利用しています。それがないデジタル生活なんて、今はもう考えられません。

広がるビジネス、豊かな生き方

ビジネスでも、言語の制約さえ飛び越えれば、可能性は爆発的に増えます。

日本人はすべての買い物を国内ですませるのを当たり前にしていますよね。しかし海外では、外国から物を取り寄せるのは少しも大げさなことではありません。誰でも普通にやっています。たとえば、イギリス人がネットショップでフランスからワインを買ったなんていうのは日常的な風景にすぎません。だとすれば、海外の人は、何の抵抗もなく日本から物を買ってくれるということじゃないですか。お店をやっている人、あるいはそれこそデザイナーさんなどは、英語を使う気にさえなれば、販路を拡大、活動を拡大できるわけです。

さらに、ビジネスでのメリットは、なにも金銭的利益だけに限りません。海外の起業家や投資家、フリーランサーが活躍する姿は、せせこましい島国での「仕事」とは何もかも全然違います。私はそういう人たちと直接会って話したこともあるし、オンラインでやりとりしたこともありますが、彼らは「生き方」からしてとても多様で豊かなんですよ。たくさん学べる……のは確かですけど、そういう堅苦しいお勉強より、「感動」のほうがはるかに大きいです。

情報の量が段違い

海外に存在する山のような情報のうち、日本語に翻訳されるのは、ほんの一部にすぎません。言い換えると、日本語だけではごく限られた情報しか手に入らないのです。

そこで「世界一話されている言語」を理解できればどうでしょう。手に入る情報量は、英語に手を伸ばした瞬間、段違いになります。この「情報」には、映画や音楽といったエンタメもあれば、日本にはない重要な報道なども含まれます。私もたっぷり楽しんだり、お世話になったりしています。

百聞は一見に如かず

加えて私は、人づての情報だけだと「実体験」が欠けてしまうことを強調したいんですよ。

私は作品でもブログでも再三再四言及していますが、「空気を読む」ことがらみで苦しんだことがない日本人は、いないと断言しても過言でないでしょう。日本の企業文化が「井の中の蛙」だということは、以前大ボリュームで論じた通りです。こういった点、日本社会には、確かに特殊な部分があります。「日本では『みんなと同じ』がいいんだということになりやすい」という話は、たぶん誰でも少しは耳にはさんだことがあると思います。うわさで、教科書で、メディアで……。

百聞は一見に如かず。英語を読んだり話したりすれば、海外の事情に自分で「直に」触れることができるのです。そのあとでふりかえれば、さんざんのいざこざですら、ちっぽけすぎて笑えてくるかもしれません。このメリットは、役に立つというよりむしろありがたいですね。

友達が爆発的に増える

日本人はどうも、「英語の話者=アメリカ人」と思いがち。たとえアメリカ人ではないとしても、イギリス人、オーストラリア人、カナダ人など、ネイティブスピーカーを念頭に置いてはいませんか。

しかし実は、英語圏でなくても英語で活動している人はたくさんいます。つまり、英語が書ける・話せるなら、世界中の人と友達になれるということ。英語ができるメリットは、決して実用面だけにとどまりません。理屈抜きに楽しいですよ!

マンガやゲームの仲間が世界に!

そしてなんといっても楽しいのは、自分の好きなものを海外のファンとも共有できること!

日本のマンガやアニメやゲームが世界で人気だ、とは聞いたことがあると思います。これ、大げさでもヤラセでも、高度経済成長期の「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の再生産でもなく、本当のことなんですよ。私自身、ファンがこんなにいるのかと驚いたくらいです。

たとえばポケモンでもなんでも、誰にだって好きなものの一つや二つはあるでしょう。積極的に世界に出てたくさんのファンと交流することを、私はここでイチオシしたいです。

ネットが発達した今日なら、海外のファンともSNSで気軽につながれます。オープンなネット上でわざわざ国境線を引くことはありません。ファン同士、つながったなら、みんな友達です。

実際的なアドバイスをしておくと、この時、「自分は日本人だ」とか「英語のネイティブではない」ということを変に意識する必要はありません。文法やスペリングが完ぺきである必要もありません。意外に思った読者もいるのではないかと思いますが、世界基準はそうなのです。

マンガやゲームのことを英語で投稿している人たちは、実はフランス人だったりブラジル人だったりインドネシア人だったりフィンランド人だったりと、もういろいろなんですよ。そしてそういうノン・ネイティブのファンたちは、プロフィールに “I’m not a native English speaker.” なんて書いていません。必要がないからです。英語はコミュニケーションのツールです。「ネイティブじゃないし、英語が変だったらどうしよう……」と不安に思うことはありません。

もちろん”Yes!” 謙遜はいりません。自信を持って。

ついでなのでこれも言っておくと、世界ではSNSのフォロー等に遠慮やあいさつはいりません(私は日本語で自分のTwitterを始めた時、日本人ユーザーの「暗黙のルール」にとても驚きました。たかがフォローや返信等をするのにいちいちあいさつを入れるのをはじめ、ユーザー同士の過剰な気遣いが日本独特だと見抜けたのは、私が英語ユーザーとしてSNSを使っていたからに他なりません)。

「おもしろい!」と思ったとき、人は誰かと共有したくなりますよね。英語を使えば、ファン仲間は倍増します。ひとたびつながってしまえば、英語は自分の日常にとけこみます。国や言語を意識することは二度とありません。だって、みんな友達なのだから。

おわりに

語学がむずかしいのは当たり前です。「あいうえお」からして違うのだし、言語の背景である文化や風習が異なるのだから、あっというまに理解できるはずがありません。けれど、だからこそ語学は、人の好奇心をたっぷり刺激します。努力にも応えてくれます。苦労を上回る、大きなよろこびがあるのです。

英語を自分の日常にとかしてしまえば、それはそれは大きな自由が手に入ります。私にとって、英語とは「カギ」であり、また「翼」でもあります。言語によって行動範囲をしばられることなく、好きなモノを手に入れ、新しい考え方に触れ、チャンスを得、そして人生を楽しめる。人をこんなに幸せにしてくれるなんて、まさに夢のようなツールではありませんか。

だから私は、英語大好きで積極的に勉強している人を応援します。その先には輝かしい可能性が待っているので、ぜひとも進んでいってほしいですね。そうやって一人、一人と世界を飛びまわるようになっていくことは、今を生きる私たちにさらなる可能性をもたらすことになるでしょう。

そして嫌いだという人には、「強制的にやらされるもの」から「自分の可能性を広げるもの」へ、考え方を変えることをおすすめします。

英語を読み書きできる・話せるメリットはどれも最後、「楽しい!」につながると思います。制約だらけの狭い世界から自分自身を解放して、広い世界へ出られるんですよ。楽しい、うれしい、とても幸せなことではありませんか。

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「英語力が低い」と日本人が落ち込まなくていい5つの理由 – 英語を嫌いになってしまう理由のほうにスポットライトを当てました。私は実際に話せないのではなく、「心因性」の問題だとみています。こちらでも、私が実際に目撃したノン・ネイティブスピーカーのエピソードをたくさん紹介しました。

(公開:2017年4月13日、加筆・編集:2019年6月20日)

 

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