5Gに危険性や悪影響?~人はなぜデマを作ってしまうのか

携帯電話各社で話題にのぼっている「5G」。業界では展示会なども行われ、ニュース等で私たちの耳に届くことが増えました。

ただその一方、「5Gは危険だ」とか「人体に悪影響がある」といった説が出回っているんですよね。あなたもそれが気になってこの記事にたどり着いたのかもしれません。後で述べる通りこの説には科学的根拠がないのですが、ネットではそれなりに幅をきかせているようです。

そこで今回は、そもそも「5G」とは何なのかを解説し、専門的な見解を紹介したうえで、なぜそういう流説が出てくるのか、その背景にもスポットライトを当ててみたいと思います。

5Gとは?

「5G」の正式名称は、「第5世代移動通信システム」です。

「5」は世代の番号を表しており、「G」は「Generation(=世代)」の頭文字。その略称が5Gとなります。

つまりこれは「通信システム」なので、特定のスマホ機種の性能などを指しているのではありません。世の中に張りめぐらされているワイヤレス通信の設備インフラ、つまり基地局などが第5世代の規格に変わる、ということです。

1G~4Gがあった!ワイヤレス通信の歴史

第5世代、ということは、これまでに第1から第4世代があったということになりますね。

携帯電話の通信は、これまで世代を重ねて性能を上げてきました。2021年現在ほとんどの人が使っているスマートフォンの通信は「4G」、つまり第4世代にあたります。

では、5Gや現在の4Gより前の世代はどのようなものだったのでしょうか?

まず、第1世代、つまり1Gは、最も古いものでは1970年代後半に登場しました。1Gは、アナログの無線通信でした。このころの「携帯電話」は今日の私たちが見れば「どこが『携帯』なんだ!」と吹き出すほど大きくて、リュックのように背負う形だったりしたのですが、当時は電話機からコードがなくなっただけでも画期的だったのです。

それが90年代に入ると、2G=第2世代に世代交代します。2Gは、それまでアナログだった無線通信がデジタル化されました。1Gから2Gへの移行は、抜本的な変化がある、いわば革命。ここで誕生したのが「パケット通信」でした。パケット通信は、データを小分け(=パケット)にして送受信するというものでした。そういえばケータイの契約で「パケットパック」に入っていたなぁとか、「○○パケットまで無料」なのを超過して青ざめたなぁとか、そんな記憶がよみがえってきたかもしれません。

そんな2Gから先は、約10年ごとに世代交代していきます。2000年代に入って登場した3Gでは、2Gの通信がさらに高速化されました。

3Gから4Gの間は、グラデーションのようにしだいに移行していきます。間に「LTE」がはさまるのです。一時期よく耳にした「LTE」とは「Long Term Evolution(=長期的な進化)」の略。このLTEがじゅうぶんに「進化」したのが4Gで、このような経緯から4Gには「LTE-Advanced」という別名があります。4Gでは、データ通信に重点が置かれました。

5G通信の特長やこれから

以上のように世代を積み重ね、4Gの次が今話題の5Gです。

5Gの通信の特長は、「高速・大容量」「低遅延」「多数接続」の3点です。現在の4Gから「通信の性能がアップする」と考えればいいでしょう。

アプリや動画。日常での通信速度アップ

まず、私たちの日常レベルでいえば、スマホのデータ通信は5Gになれば現在より快適になると予想されます

通信速度が遅いと、たとえばYouTubeの動画が途中で止まってしまったり、ビデオ通話がなめらかに動かなかったりすることがありますよね。通信の遅さは、ゲームでもストレスになります。

それが5Gになれば通信が高速化し、また遅延が少なくなるので、動画やビデオ通話、データ量の重いゲームでもサクサク動くようになると期待できます。

産業ロボットやスマート家電の研究開発

と、私たちの日常レベルでは「今より少し快適に」くらいの変化かもしれませんが、プロの研究者たちにはもっと壮大な未来が見えています。通信性能アップした5Gの環境によって、これまでの「できたらいいのに」が一部可能になってくるからです。

5Gのスマートフォン、ロボット、自動車、ドローンなどの機器
5Gとは新しい「通信環境」。

携帯電話各社では、今より大容量のデータを送受信するサービスや製品の開発が進められています。たとえば、遠隔で観戦できるリアルなスポーツ映像、ビデオ通話による教室やスポーツ指導、VR(バーチャルリアリティ)を利用したエンターテインメントなどが計画されています。

特に期待されているのが、産業用ロボットの遠隔操作の性能向上です。ワイヤレス通信の性能アップによって、ロボットのリアルタイムな操作が可能になると見込まれているのです。コントローラーで「右へ」と操作したのにロボットがモタモタしていたら、操縦者がイラッとするにとどまらず、建設作業や遠隔医療などでは使えません。これがタイムラグなく正確に動いてくれるようになれば、目覚ましい性能向上だといえます。

ほか、IoT製品が増加することも見込まれています。「IoT」とは「Internet of Things」の略で、インターネットに接続できる機器のことをいい、「スマート家電」とも呼ばれます。家電店に行くと「ネットにつなぐとレシピをしゃべってくれる電子レンジ」がデモンストレーションをやっていたりしますよね。ああいうのがスマート家電です。5Gの特長には「多数接続」があるので、パソコンとスマホに限らず、さまざまな機器を同時にネットに接続しておける環境が整備されます。4Gで接続できるのは1平方キロあたり6~10万台のところ、5Gでは100万台までアップするといわれています。この環境なら家電もあれこれネットにつなげる、というわけです。

IoTのなかで特に目立つのが、車の自動運転です。プログラム(人工知能/AI)による車の自動運転はこれまでも開発が進められてきましたが、5Gの通信環境によってその実現が視野に入っています。

このように、5Gは携帯電話だけでなく、産業用ロボットやサービスのオンライン化、新しい家電の開発など、様々な可能性を開くのです。

もう始まっている「6G」の企画研究

現在は5Gが出る出ると話題になっていますが、ワイヤレス通信の世代交代は約10年周期だと言いました。ゆくゆく、今から10年後には、そのまた次の「6G」に世代交代することが予測されています。

携帯電話各社やIT企業は、来る2030年代に乗り遅れまいと、早くも企画や研究に入っています。

5Gの悪影響説はどこからきたのか?

以上のように、5Gとはこれまでより性能アップしたワイヤレス通信規格のことです。私たちがいま利用しているスマホのデータ通信の延長線上にあるのです。

では、そのどこから「健康に悪影響がある」などという危険説が出てきたのでしょうか?

流説は3G、4Gのころからあった

じつは、携帯電話をめぐる人体への危険説は5Gに始まったことではありません。「携帯電話の電波でガンになる」といった話をどこかで聞いたことはありませんか?

こうした不安説は、携帯電話が爆発的に普及した2000年代からすでに存在していました。「電波は体に悪いらしい」くらいのトーンの話なら、一時はかなり広く信じられていたように思います。

ただその後は下火になり、ほとんど忘れられるほどになっていました。みなが携帯電話を四六時中いじっていても、あの人に健康被害が出た、ガン患者が増えた、などといったことは起こっていないのだから廃れるのも自然でしょう。ただ、WHOの専門機関・国際がん研究機関が出した様々な物質の潜在的危険性に関する見解で、携帯電話の電波が「発がん性の可能性がある」に分類されたことを根拠に、ごく一部には不安説の信奉者も残っていたようです(もっとも同見解は「可能性が否定されない」というだけで、発がん性が証明されたわけではなく、同グループには漬物やアロエなども入っているのですが)。

5G電波の「高い周波数」で流説再燃

そして今回、通信インフラが新規格に変わるのを機に、携帯電話の電波危険説はやや蒸し返されています。もしあなたがうわさ話を耳にしたなら、それはこうした文脈の上にあるのです。

5G電波に対する不安説は、大きく分けると以下の2種類で、他に小規模な説が2つほどまばらに散っています。以下で一つずつ見ていきましょう。

流説1:町を飛び交う電波量が増えることで人体に悪影響がある

5Gでは、4Gまでより高い周波数の電波「ミリ波」が使用されます。

このミリ波には、以前から携帯電話に使われてきた低周波数帯と比べて、長距離通信での信頼性が大きく劣るというデメリットがあります。そこで、5Gサービスを提供する通信各社は、小規模な基地局を大量に設置することが必要になってきます。

第一の流説はここで生じます。「ミリ波を使用するため基地局を大量に増設するなら、町を飛び交う電波が増え、それに健康への悪影響があるのではないか」ということです。

しかし実際のところ、5Gサービスの展開にあたっては、4Gまでの低周波数帯の電波が多く利用、転用されます。基地局を大量増設するには高いコストがかかるため、携帯電話会社にとって現実には不可能だからです。5Gにおいて、ミリ波は主役ではないのです。

しかも、「基地局が増えれば電波が増える」というのは素人判断。実際には、基地局が増えれば局から飛ばす電波の出力は小さくてすむようになりますし、同時に携帯電話端末側も、基地局が近くにあれば発する電波は少なくなるということです。

さらに、電波の使用には国の「電波防護指針」によって規制が導入されています。もちろん携帯電話会社も対象で、基地局等を設置するとき、周辺の電波の強さを基準値以下とすることが義務付けられています。電波防護指針の基準値は日本を含む世界中で行われてきた研究に基づいており、それ以下の電波では人体に悪影響は認められていません。

流説2: ミリ波に危険性がある

このように、飛ぶ飛ぶと言われながら実際はさほど使用されないミリ波ですが、ではミリ波自体はどうなのでしょうか? 第二の流説は、「ミリ波に危険性はないのか」というものです。

これについては、「そもそも電波とは」というところから確認すると事実が見えてきます。

電波は「電磁波」の一種で、携帯電話だけでなく、テレビやラジオの放送、電子レンジなど、様々な用途に使われています。電磁波には電波だけでなく、赤外線、可視光、紫外線、X線、などが含まれます。

うち、X線やガンマ線といった高周波数帯の「電離放射線」には高い危険性があります。その力ゆえ、脳腫瘍に集中照射して破壊するガンマナイフなど、画期的な医療にも転用されているのですが、こうした医療では人体に害がないごく少量に限って利用されています。

ここで注目すべきは、ミリ波の周波数が「高い」の程度です。X線は1万~1000万THz(テラヘルツ)ですが、一方の電波は3THzまでのもの。つまり、最も高周波な電波ですら、X線と比べたら万、千、百、十、一、と、最低でも4桁低いのです。

周波数による電磁波の分類の図解
ミリ波といえど、周波数は目に見える光よりずっと低い。(出典:総務省電波利用ホームページ https://www.tele.soumu.go.jp/j/sys/ele/pr/

しかも、その電波のうち、5G通信に使われるミリ波は国内最高でも28GHzです。単位もテラからギガに落ちていますね。

このように、5Gのミリ波が高周波だといえ、人体に悪影響のある電離放射線の周波数からすれば比べ物にならないほど低いのです。

刺激作用と熱作用

以上の2つが5Gにまつわる主な流説で、他にもっと小規模な説が2つほどみられます。

電波が人体に与える影響の研究では、2つの作用が報告されています。刺激作用と熱作用です。

刺激作用は、電波に当たって生じた誘導電流によって、神経などがチクチクと刺激される作用。

熱作用は、電波が当たるとそのエネルギーの一部が体内に吸収されて温度が上昇する作用です。

これら2つの作用を以て、「スマホが5Gに変わったら刺激作用や熱作用が起こるのではないか」と心配する人が出ているようです。

結論を言ってしまえば、こちらも心配いりません。なぜなら、まず刺激作用は主に約10MHz以下の低周波で起こるので、携帯電話の電波はこれに該当しません。また、熱作用を起こすには、携帯電話の電波は弱すぎるということです。

専門的な見解まとめ

以上のように、5Gが健康に悪影響を与えるという流説には科学的根拠がありません。ここまで述べてきたことを整理しておきます。

  • 使われる電波は、国内外で50年近く行われてきた研究に基づく安全性基準「電波防護指針」を満たしている
  • ミリ波が高周波といっても、人体に危険な周波数からはほど遠い
  • 携帯電話の電波は、刺激作用を起こす周波数帯ではなく、熱作用には弱すぎる
  • 携帯電話の使用と健康への悪影響の関連を示す科学的証拠は見つかっていない

いかがでしょう。多くの人は安心したのではないでしょうか。

総務省や第三者メディアなどによる参考資料は、この記事末尾にリストしておきました。詳しい研究結果などもわかりやすく載っているので、気になる方はぜひご自身で確かめてみてください。

人はなぜデマを作り出してしまうのか

インターネットにより、デマや陰謀論の拡散は近年深刻化しています。

こうしたデマは、いったいなぜ作られてしまうのでしょうか? 私は当ブログでそういった問題や事件を何度も扱ってきたのですが、ネットで拡散する以前の段階、すなわち「デマを流した人は一体何を考えてそうしたのか」という部分に関しては、これまであまり触れてきませんでした。

そこで今回は、健康への危険説と関連する部分だけにはなりますが、その原因をざっとまとめてみたいと思います。

人は元来健康志向

まず「人体に危険性があるのでは」という系統のデマですが、これはもとをたどれば人間の本能に由来します。

人は誰しも、本能的に健康を望みます。ヒトの活動はすべて生命維持を目的としており、その根源には死の恐怖があるからです。

だから、食べたことがない葉野菜であれ、登ったことがない山であれ、5Gの電波であれ、未知のものがあれば人の頭には「健康に悪影響はないのか」という疑問や不安が必ず浮上します。誰かがそうした不安をささやいているうちに、規模が拡大すればデマとなってしまうのです。

目に見えないものへの不安と恐怖

海外旅行先で未知の食べ物を前に「お腹を壊したらどうしよう……」と不安になった、程度のことだったらどうということにはなりません。

しかし、人の恐怖は、目に見えないもの、しかも自分で理解できないものに対しては、歯止めなく増大していきます。ウイルスや電波はまさにそれですよね。

人類史には、人々が感染症への恐怖から過激な行動に出て、凄惨な人権侵害を行い、この世の地獄を自ら生み出した暗い歴史があります。頭の片隅に必ず置いておくべきでしょう。

不安という感情は、根拠なく膨張する

「目に見えない」という性質だけではなく、「不安」という感情それ自体の性質も考慮すべきでしょう。

不安は、根拠がなくても生じ得る感情です。「疑心暗鬼を生ず」とはよく言ったもので、ひとたび疑い始めれば、何でもないことまで疑わしく思えたり、恐ろしく感じられたりするようになる。だから総務省やWHO、携帯電話会社や世界中の科学者が「5G電波の人体への危険性を示す証拠はありません」と言っていようが、「でも、もしかしたら」「そうじゃないかもしれない」などとごねることはできるし、そう疑い出したらきりがないのです。

人間にとって、不安感はワナになります。ワナにまんまとハマらないようにするには、不安という感情はそういうものだ、根拠がなくてもふくらむのだ、と理解しておくのが役立つでしょう。

人は元来陰謀論が好き、だけど……

「アポロの月面着陸はうそだった。冷戦下でソ連に国力を見せつけるため、NASAが極秘で映像を撮ったのだ」「ダイアナ妃の交通事故死は仕組まれた暗殺だ。彼女の存在が都合悪くなった王室の誰かが消したのだ」――人は、誰しも陰謀論が好きだといわれます。

こうした陰謀論がおもしろいのは、興味を引くような謎と、権力者が何か悪いことをやっているという手掛かりがミックスされているから。古くは貴族や王族、私たちの知るところだとNASAやイギリス王室などがそのネタとなってきました。

5Gに健康への悪影響があるという流説にも、陰謀論のテイストが混じっていることはよくあります。大企業が乗り出し、各国政府が動いていて、巨額の金がからんでいる。「裏に後ろ暗い何かがある」と想像するのにぴったりだからでしょう。

意外な心理学的効果

SNS環境を背景に世界中で深刻な害を与えていることからしたら意外に思えますが、陰謀論は、ケースによっては心理学的に良い効果があるといわれています。

陰謀論は、社会を激震させるような歴史上の事件でよく生まれます。日本でいえば、本能寺の変の黒幕説は時代を越えて花盛りですね。明智光秀に謀反をそそのかした黒幕がいるのだとして、それは豊臣秀吉だ、徳川家康だ、あるいは信長に都から追放された将軍・足利義昭、光秀の娘婿である細川忠興、はたまたイエズス会など諸説あります。かの戦国屈指の偉大な武将がたった一夜にして倒れたのはにわかに信じがたいので、「実は裏があるんだ」というささやきが生じるのです。

イギリス国民の絶大な人気を誇ったダイアナ妃の交通事故死をめぐる陰謀論も有名です。「王室メンバーの誰かによって消されたのだ」という暗殺説がある一方、なかには「ダイアナ妃は死を装って、本当は人知れぬ無人島で恋人と幸せに暮らしているのだ」という説もあります。

心理学的に、こうしたタイプの陰謀論にはショックや悲しみをやわらげる効果があるといわれます。陰謀論は必ずしも悪いもの、とはいえないのです。

ネットでわき起こる深刻な事態

とはいえ、インターネットの出現により、我々がそんなのどかなことを言っていられない時代に突入しているのは事実です。

アメリカでは、ネット上の「Qアノン」陰謀論を信じた人々が議事堂を襲撃。民主主義を打ち壊そうとする過激な行動が世界を震撼させました。コロナワクチン危険説もそうです。つい数か月前までごく普通だった家族がYouTube動画をきっかけにのめり込み、あっという間に社会生活が送れない状態になって別居せざるを得なくなった……といった報告が多数。こうした「悪夢」はいま、日本を含め世界中で問題となっています。

参考:陰謀論:ごく普通だった人が豹変する、突然の悪夢(「人工知能(AI)の問題点・デメリット5選と、人間の未来」より)

5Gをめぐって陰謀論が出現したのは、2020年に新型コロナウイルスの感染拡大に直面した頃でした。「5Gが新型コロナウイルスを広めている」という科学的にあり得ないデマが出現し、アメリカ、イギリス、オランダなど世界各国で基地局襲撃が続発。陰謀論はYouTube動画やSNSで広まり、なかには襲撃を煽動するものもあったと報じられています。

こうした混乱を前に、アメリカでは国土安全保障省のサイバーセキュリティ機関CISAがデマへの注意情報を出したり、世界保健機関(WHO)がホームページや動画で「ウイルスは電波やモバイルネットワークに乗って移動することはできません。COVID-19は5Gモバイルネットワークがない国でも広がっています」と訴えたりと、各国政府や国際機関が対応をせまられました。

現代のSNS環境を生きていくには、「たまたま見かけた動画ひとつのためにごく普通の人が豹変してしまうのはあり得る出来事なのだ」という予備知識は備えておくべきだと思います。

5G危険説にアメリカ発が多い理由

SNS上の不確かな情報が猛威を振るうこの時代。デマに振り回されないために、情報の出どころを探ることは以前に増して重要になっています。

そこをいくと、5G危険説の出どころにはかなり特徴的な部分があります。情報の大部分がアメリカ発だったり、アメリカでの動きを根拠としていたりするのです。

実際、アメリカでは各地で5Gを規制する動きがあります。2019年にはオレゴン州のポートランド市議会が潜在的な健康リスクを研究するよう連邦通信委員会に求める決議を行い、またルイジアナ州でも、同様の研究を州の環境省と環境基準局に求める決議がなされました。カリフォルニア州でもミルバレーなど一部の町で、ガンへの懸念から居住地域でのインフラ設置制限が決議されています。こういったアメリカでの規制の動きから、「規制しなければならないようなものなのでは」という不安感が生じているのです。

なぜアメリカで5Gへの懐疑や嫌悪が広まっているのか。その背景には、同国の政治的・外交的事情があります。中国との貿易対立です。

世界一の超大国として君臨してきたアメリカですが、近年では、世界における影響力は斜陽となっています。と同時に、新興国・中国がぐんぐん台頭。経済力で中国に差を縮められているアメリカは、中国系IT企業を排除する口実としてセキュリティ上の懸念を乱発しています。人気動画投稿アプリTikTokの禁止措置はその典型例で、トランプ政権は証拠を示すことができないにもかかわらず、セキュリティ上危険があると主張し続けました。

ここで、5Gと中国系企業には密接な関係があります。その基地局の世界シェアでは、中国系のファーウェイが第1位。焦るアメリカにとって、5Gは脅威を感じる新興国と連想がつながっているのです。

参考:ファーウェイはなぜ問題になっているのか~日本の選択、世界の分岐点

このように、アメリカには5Gを悪く言い立てたい政治的理由があるのです。「電波が人体に悪いのでは」という健康ネタとは一見まったく縁のない、超大国の外交関係。デマは、背景を知っておくことで見破れる場合もあるのです。

それでも不安/どう説得しても危険だと言い張る、という場合は?

以上、健康不安や陰謀論がどのようにして生まれてくるのかをざっとみてきました。多くの読者は「なぁんだ、そういうことだったのか」と安心できたのではないかと思います。

ただ、なかには、専門家の解説をいくら読んでも不安感が消えないとか、あるいは自分ではなく家族や友人がいくら資料を見せても納得しないのでほとほと困っている、という方がいらっしゃるかもしれません。

こういう場合、私は発想を転換することを勧めたいと思います。それ、不安感や被害妄想が出る病気ではありませんか?

というのも、「電波によって体に悪いことが起こる」という話を聞くたび、私は昔近所で一人暮らしをしていたKさんを思い出すんですよ。

Kさんは高齢の女性で、おとなしく、積極的に人と関わるタイプではなかったのですが、ある時から「家に誰か入ったのではないか」「嫌がらせを受けている」などと近隣にたびたび訴えるようになりました。Kさんは高齢だったので、多くの人は認知症ではないかとささやいていたのですが、話し方などは整然としていたのもあって、一部の人は真剣に耳を傾けていたんですよ。その一部の人まで「これは認知症だ」と悟ったきっかけ、それが「電波」だったのです。Kさん曰く、「隣の人が押し入れから電波を出して、遠隔で私の腕を刺したりしてくる」――これは健康な状態ではない。Kさんの長話に一生懸命付き合ってきた人も、そう認めざるを得ませんでした。その後、Kさんの娘さんに直接聞いてみれば、もう何年も前から認知症の被害妄想が出ていたと判明。それから半年ほどして、Kさんは介護施設に引っ越していきました。

同様に「電波」が持ち出された例は、認知症だけでなく統合失調症が疑われる方などでも聞いたことがあります。人は目に見えないものを恐れる、と言いました。古代の人なら「悪霊のしわざだ」といったとらえ方をするところ、現代人の場合はどうも「電波」が想像をかきたてやすいようなんですよね。

死に対する本能的な恐怖や、現代のネット環境など、人が健康不安説を信じる代表的な原因は上記で指摘しました。ただ、もしいくら専門家の見解を読んでも不安が消えないとか、周りの人がいくら説得しても聞かないという場合は、不安やパニックを引き起こす病気、被害妄想が出る病気が心配になってきます。高齢であれば、Kさんのように認知症の可能性があるでしょう。こうした病気は、早期発見・早期治療が悪化を食い止めるカギとなります。なので、これからは「こういう性格の人なんだ」「健康マニアが高じたんだ」などで済ますことなく、言動をそういう目で見て、症状に該当しそうであれば早めに受診にもっていってあげてほしいと思います。

結びに―デマを拡散しないために

以上、5Gには人体への危険性があるという流説について解説してきましたが、いかがだったでしょうか?

SNSでのデマ拡散や陰謀論が社会に深刻な害を与えるデジタル時代。最後には、デマを拡散しないためにはどう行動すべきかを確認して結ぼうと思います。

まず、5Gに限りませんが「〇〇には人体に危険性がある」という系統のうわさ話は、決しておもしろがらないこと。騒がないこと。「あれって体に悪くないのかなぁ」などとあやふやな気持ちを画面に打ったときは、投稿ボタンを押す前に思いとどまること。もしポンとタップで世界へ放ってしまったら、できるだけ早く削除すること。もし特定の製品などについてこういう内容を投稿すれば、誹謗中傷となり、偽計業務妨害罪などに当たる場合があります。見も知らぬ人々を不安がらせたり混乱させたりするだけでなく、自分のためにもなりません。とりあえずは口を開かず、冷静になることが大事です。

そして、不確かな情報を得たときには、決して「いいね」やシェアをしないこと。たとえ「社会を混乱に陥れよう」などという悪意がなくても、結果的にはデマ拡散の片棒をかつぐことになってしまうからです。不確かな情報は、いつもスルーで。

親しい友人との会話であれ、ネットであれ、自分が何かを話すということは他人に情報を与えることを意味します。なにげないつぶやきが、想像だにしない巨大な害悪に化けないように。ネットリテラシーはいつも心がけていたいですね。

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著者・日夏梢プロフィール||X(旧Twitter)MastodonYouTubeOFUSE

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参考リンク

WIRED 「5Gの電波」は人体に悪影響がある? 専門家が出した結論

総務省 電波利用ホームページ

NTTdocomow 電波の安全性について

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