『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』あらすじ(ネタバレ有)&感想―衰え知らずの圧巻手腕

『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(ジェームズ・キャメロン監督、2022年、米)は、革新的な映像が高く評価され、世界的ヒット作となった『アバター』の続編です。前作から13年の時を経て、再び映画館でしかできない映像体験が話題になっています。本稿では前作に続いてそのあらすじをまとめ、レビューと感想を綴ります。(以下、結末までのネタバレを含みます。)

リンク:映画『アバター』あらすじと感想―だからSFは面白い!

『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』あらすじ

ジェイクはネイティリと結婚し、子どもたちの父親となって幸せに暮らしていた。第一子のネテヤムは優秀で落ち着きのある戦士、第二子のロアクは兄とは打って変わってやんちゃ者、まだ小さい末っ子のトゥク、そしてもう一人、キリを養子として迎えていた。キリは、科学者・グレースが亡き後、彼女のアバターから生まれてきた謎の子だった。

だが、その平穏な暮らしは地球人が再来したことで一瞬にして崩れ去る。ナヴィは再び戦いを余儀なくされた。ジェイクはオマティカヤ族の族長として戦いを指揮するため、家族であるネテヤムとロアクにも軍人・指揮官として接しざるを得なくなる。また、オマティカヤ族にすっかり溶け込んでいたクオリッチ大佐の息子・スパイダーも複雑な立場に立たされた。

そんなころ、アバターの研究所ではクオリッチ大佐が目を覚ます。周りをナヴィに囲まれ暴れ出すクオリッチ。しかし、彼らは新型のアバターに転移した部下たちだった。クオリッチもまた、ナヴィの姿となっていた。本人は戦いに敗れて死んだが、その場合にアバターの体で再び活動できるよう人格のデータを残していたのだ。大佐の上官であるアードモア将軍によれば、いまや人類がパンドラを求めるのは地下の鉱物資源ではなく、もう住めなくなった地球からの移住先としてだという。ビデオログを見て状況を理解したクオリッチは、自分がジェイクとネイティリに倒されたのだと知り、復讐心に燃えるのだった。

遊びに出ていたロアクたちは、かつての戦場に分け入ったクオリッチ大佐らを見つける。ジェイクとネイティリは子どもたちを救出できたものの、スパイダーは連れ去られ、森には危険が迫っていた。自分を追うクオリッチらに森が狙われるからどこかに身を隠したいと言うジェイク。一方、ネイティリは、族長だった父は部族を守ってくれと言い残して形見の弓を譲ったのだから森を離れることはできないという。苦渋の決断の末、ジェイクは次期族長にその座を託し、一家はオマティカヤ族から離脱して、群島が連なる海へと旅立った。

美しい海に点在する島には、様々な部族が住んでいる。ジェイクら一家は「リーフ・ピープル」と呼ばれるメトケイナ族の集落に降り立ち、事情を説明した。彼らは森の部族とは肌の色や尻尾、腕が違う。その上、二人の子どもたちは人間との混血なので指の本数まで異なっていた。彼らがいれば地球人との争いに巻き込まれかねない、前の戦いにも参加しなかったからと、受け入れに難色を示すメトケイナ族の人々。だが最終的には、族長・トノワリは住まいを提供し、彼の子らが海での暮らしや文化を教えることになった。一方そのころ、クオリッチはイクランと絆を結び、ナヴィと同じように空を飛べるようになっていた。

こうして、ジェイクら一家は、族長の娘・ツィレヤから泳ぎや漁を教わり始めた。澄みきって陽光に輝く海や、そこで優雅に暮らす生き物たちに心をはずませながらも、初めての経験には苦戦も強いられる。だが、キリだけはなぜか最初から自由自在に泳ぐことができ、「エイワを近くに感じる」と語った。

ただ、海での新生活はうまくいったことばかりではなかった。子どもたちが、族長の息子・アオノンらに外見の違いを馬鹿にされたのだ。しかも、ロアクは外海に連れ出され、魚を狙っている隙に嫌がらせで置き去りにされてしまう。ロアクは命からがら夜になって帰ってきたが、ジェイクは族長と面倒を起こすわけにはいかないと、自分の息子を味方することができなかった。

海での生活に慣れてきたある日、子どもたちはメトケイナ族の大事な場所”魂の木”に案内させる。ところが、キリは”魂の木”と交信しようとしたとたんショック状態に陥った。ジェイクは娘を助けるため、科学者のノームとマックスを呼び寄せる。キリは目を覚まし、元気になったが、ノームたちのヘリコプターをクオリッチらに探知されてしまった。

クオリッチ大佐らは漁船を乗っ取り、ジェイクを探して群島を次々と襲っていく。海の部族は、漁船が狙う海の生き物・タルカンをナヴィと同列の存在としており、彼らを殺すことを厳しく禁じている。クオリッチはそれを知ると、タルカンを殺すことでジェイクらをおびき寄せられると思いついた。

タルカンの脳神経からビン1本分取れる液体には老化を止める効果があり、いまやパンドラ経済のほとんどはこれによって支えられているという。殺されたタルカンを目の当たりにして悲しみに暮れるメトケイナ族の人々。居場所がばれたジェイクは先陣を切って戦いに出ていくが、子どもたちが人質にされてしまった。しかたなく単身で船に向かい、ピンチに陥るジェイク。ところがその時、ロアクが仲良くなっていた仲間外れのタルカンが漁船を襲ったことで、形勢は逆転した。

混乱の中、一家はいったん脱出に成功する。だがその途中、ネテヤムは銃弾を受けていた。名もなき岩礁で治療の術はなく、ネテヤムは家族らに囲まれて息を引き取る。だが、戦いは続いており悲しむ間もない。

沈みゆく漁船で、ジェイクとネイティリはクオリッチ大佐と因縁の対決に。だが、船の浸水は進む一方だった。その上、まだ小さいトゥクは水に流され、ネイティリが助けに追いかける。逃げ道が分からず、水位が上がる船で絶体絶命に陥ったネイティリとトゥク、そしてジェイク。それを助けたのはキリだった。キリが発光性の魚たちと交信して、家族に脱出の道を示したのだ。一方、おぼれて気を失ったクオリッチはスパイダーに救出され、ひとり飛び去っていった。

メトケイナ族の集落に戻り、今後を案じるジェイク。だが族長のトノワリは、ネテヤムが海でエイワと一体になったので、その家族であるジェイクらはもうメトケイナ族だという。こうして海の部族の一員となったジェイクは、逃げたところで追ってくる地球人と戦う決意を固めたのだった。

感想・レビュー

圧巻でした。巨匠、ジェームズ・キャメロン監督の手腕は衰え知らずなのか――。

前作『アバター』はシリーズ作ではなく、一作で完成された作品でした。それに続編が加わるとなれば、期待半分、不安半分になった人も少なくないのではないでしょうか。

それが蛇足にならず、単なるファンサービスで終わることもなく、確実に新たな物語を見せてくる。『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』は上映時間が3時間に達する長編であるにもかかわらず、時間を忘れて没入できる貴重な映画体験でした。

ずっと眺めていたい海の映像

この作品についてはストーリーより先に映像のレビューから入りたいと思います。

映像の見どころは、なんといってもタイトル通り「水」。最新の「IMAX Laser」で、3D上映、しかもハイフレームレートと、最新の技術がふんだんに使用されています。

『タイタニック』や前作『アバター』で革新的な映像技術を使ってきたキャメロン監督の意志と腕前は健在でした。『ウェイ・オブ・ウォーター』の水の表現は圧倒的に美麗です。高度な技術を使っているといえ、そういう知識や理屈は一斉必要とせず、誰でもただ見るだけで「すごい!」思える映像です。水といえば映画『ロケットマン』に幻想的で美しいシーンがあって印象的だったのですが、本作はといえば全部が水。映像表現における「水」のすばらしい効果を再認識した感じです。

こればかりは劇場で実物を見なければどんなものか分かりようがないのですが、言葉でもできる限り説明しておきましょう。水面の光や、水中に差し込む陽光。そのうるわしさで右に出るものはないと思います。また海の生き物は、デザイン、動き共に優雅で美しいですね。3D上映なので、小魚の群れなどは手に取れそうなほどでした。

ストーリーと無関係に映像そのものをずっと見ていたいとまで思ったのは、『アバターウェイ・オブ・ウォーター』が初めてではないかと思います。

アバターウェイオブウォーターの大きなポスターが貼られた映画館の食べ物売り場の写真
『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』上映劇場(TOHOシネマズ日比谷)。本作の映像は、映画館の設備でなければ体験できない。

侵略者のために何もかもが狂っていく

では、ここからはストーリーについて、展開を追ってみていきましょう。

地球人が再来したことで、それぞれの立場は急に複雑化します。平和な時には意識すらしなかったであろう出身や見た目の違いが、突然ピックアップされるのです。

まずジェイクは元地球人ですが、いまはオマティカヤ族の族長で、ナヴィの危機を救ったトルーク・マクト。ネイティリにとっては夫で、子どもたちの親でもある。これが地球人と戦闘が始まれば司令官的な役目を担うので、戦士である息子には親でありながら兵として接しざるを得なくなってしまうんですよね。ネイティリがかけた言葉「家族であって軍隊ではない」が印象的でした。

新登場のスパイダーは特に複雑でした。オマティカヤ族の森で友達とあんなに楽しそうに遊んでいたのに、地球人が襲来したとたん、人間で、あのクォリッチ大佐の子であるために翻弄されていく。大佐に捕まってからは、ナヴィとの通訳をやらされる。残酷な命令を訳して伝える通訳は、現実の戦争でも辛く、また憎まれる立場です。胸が痛くなる展開でした。

『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』でわっと湧き出るように次々起こる出来事に「なぜこうなったのか」と問えば、そのいずれもが「侵略者がいる」という一点に集約されていきます。何もかもを狂わせ、泥沼化させていく、「侵略」というものに鋭い視線が向けられていました。

磨きのかかったSFらしい魅力

私は前作『アバター』のレビューで「過去の植民地主義・帝国主義やそれを支える思想・発想への批判をベースにしていて、SFらしい魅力全開」だと言いました。そうした人道的な問題を第三者視点で見られる魅力は『ウェイ・オブ・ウォーター』でも健在であり、しかも一部ではさらに磨きがかかっています。

主人公が「移民」「難民」の立場に

ジェイクとネイティリはすっかり夫婦ですが、森や部族への考え方では依然文化の違いがある様子でした。苦渋の決断でメトケイナ族の集落へ移住したものの、そこでの彼らは外から来た新参者であり、外見がみなと違い、生活や文化も新しいことばかり。末っ子のトゥクは「森に帰りたい」と言い出していますね。主人公が「移民」となり、また「難民」でもある難しい立場で葛藤するという設定は、現代の世界をよくとらえていて秀逸でした。以前『グレイテスト・ショーマン』のレビューでも述べたのですが、差別される立場の人に共感せざるを得ない見せ方をするのは芸術ならではの表現であり、心に訴えるものがあります。

特に深く考えさせられるのが、子どもたちが見た目の違いからいじめられるシーンでした。移民系や混血の子がいじめに遭うのは、残念ながら実在する社会問題です。だけど、ジェイクは「住まわせてもらっている」ような肩身の狭い立場で、しかもいじめっ子が族長の息子だから問題を起こすわけにいかないと、親なのに自分の子どもたちを味方することができず……。本作は主人公側を美化することなく、「不都合な」展開まで盛り込んでいるところに深さがありました。

それにしても族長の息子の悪いこと! キャメロン監督は映画らしい方法で「いやなやつ」を描くのが本当にうまいです。

衰え知らずの植民地主義・帝国主義への視線

前作『アバター』のレビューで私は触れなかったのですが、海外の映画批評では、地球人の建てた「英語学校」が帝国主義の一端としてしばしば指摘されています。そう、「学校を建てる」のは現実にあった帝国主義者の支配の手口。慈善活動の顔をして学校を開き、現地の子の頭を自分たちの文化で染め上げるのです。

その続編『ウェイ・オブ・ウォーター』では「家族」など別のところに重きがあるのかな、と思いきや、植民地主義・帝国主義への鋭い視線は衰え知らずでした。

あのクオリッチ大佐が復活、そしてパワーアップ。これはジェイクたちの戦いが厳しくなる熱い展開では……というだけにとどまらず、大佐はまたもや帝国主義時代の気風をいかんなく表出していました。ナヴィ語を覚えると言い出したけれど、それはあくまでスムーズに侵略するためにすぎません。ナヴィの文化を理解する気はこれっぽっちもない。これは現実に、キリスト教宣教師が世界中で行っていたことです。また、前作のジェイクと同様試練に挑みイクランと絆を結んだのも、単に戦闘で便利だから。特にイクランを「手なずけた」とでも言いたげな高慢な笑いには悔しくなりますね。

『アバター』といえば圧巻の映像が何より先に評価されていますが、本作を決定的に面白くしているのはその奥に流れる人道的な思想であり、総合力の高さが大作を大作たらしめている。感服します。

『タイタニック』の経験が生きた、沈みゆく船でのアクションシーン

私は基本的に、作品はできる限りそれ単体で評価するものだと考えています。監督等へのインタビューや劇場パンフレットなどは、たとえ読んでもあくまで参考止まり。ただ今回は考慮したほうがいいだろう部分があるので、監督のキャリアに触れておきたいと思います。

ジェームズ・キャメロン監督は、『アバター』以前にも世界的名作を生み出しています。『タイタニック』です。言わずもがな、沈みゆく豪華客船・タイタニックを舞台とした物語。この時に、浸水していく船や、そこでのパニックを撮影した経験があるのです。

『ウェイ・オブ・ウォーター』クライマックスの沈みゆく船でのアクションシーンには手慣れた印象を受けました。危機と混乱のシーンであるにもかかわらず無駄がなく、迷いのなさを感じます。体の小さいトゥクが流水に押し流されてしまうあたりにもリアリティがありました。

『タイタニック』ではパニックと悲劇、『ウェイ・オブ・ウォーター』では侵略戦争のリアルと家族救出の物語。沈みゆく船の中で描いたものは違えども、『タイタニック』での経験が生きたのではないかと思います。

もう住めない星・地球は想像の中に

地球はもう住める環境でない。いまや人類がパンドラを求めるのは、移住先としてなのだ――。そう明かされたのは、冒頭、前作と重ねられるようにクオリッチ大佐のマッチョ上官が登場するシーンでした。

タルカンの脳神経から採れる液体には老化を止める効果があるため、いまやパンドラ経済のほとんどを担っている、とのこと。つまりものすごく高価で売れているらしいですけど……だったら買っているのは誰なんでしょう? 地球がもう住めないという切羽詰まった状況にしては、「老化を止める薬」を求めるなんてずいぶんのん気では?

「不老不死」といえば、古来より権力者の夢です。もしかしたら、お金持ちは案外余裕でぜいたくしているのかもしれない。地球の人類社会には、おそろしい格差があるのかもしれない。今作でも直接は描かれなかった「瀕死の星・地球」には、またもや想像が広がります。

シリーズ3作目以降を見越した作品で成し遂げたこと

『ウェイ・オブ・ウォーター』は前作『アバター』ほど大きな話ではなく、またこれで完結という感じでもありません。

そんなシリーズ続編を見越した作品でありながら、本作は単体だけで観る価値を有していると思います。映像表現への挑戦は比類なく、タイトルにもなっている「水」の美麗さは、シリーズ続編が公開された後もずっと色あせることはないのではないでしょうか。

優れているのは圧巻の映像だけではありません。『ウェイ・オブ・ウォーター』のストーリーには都合を感じさせる箇所がありませんでした。惑星パンドラのありとあらゆる「様子」をフレームの中に収めるという映画らしい表現を最大限に用い、あくまで現実的に展開していくことで、侵略というもの自体が引き起こす一筋縄ではいかない複雑な現実が濃密に描かれています。

エンディング直後から始まるであろう3作目に期待が高まりつつ、本作単体でも見どころ満載。シリーズ作品となった『アバター』が2作目という流れの途中で成し遂げたことは特筆に値すると思います。

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著者・日夏梢プロフィール||X(旧Twitter)MastodonYouTubeOFUSE

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