ネットの誹謗中傷具体例7例と、新たな問題点3点解説

人間の苦しみは「生老病死」だと言われてきた。それがいまや「生老病死インターネット」である。――そんなことすら言われるほどネット上での誹謗中傷は深刻化しており、被害者が自殺に至る悲しい事件が繰り返されています。

誹謗中傷自体は、新しいトラブル・犯罪ではありません。犯罪類型や対処法はすでに確立されています。ただネットでのそれにはいくつか特殊性があるため、従来の考え方では対処できない場面が出てきている――それがいま問題になっているのです。

本稿では、誹謗中傷の具体例を全部で7例紹介し、インターネット以前にはなかった新しい問題点を指摘・解説したいと思います。

具体例1:木村花さん事件

2020年5月23日、フジテレビの恋愛リアリティ番組「テラスハウス」に出演中だったプロレスラーの木村花さん(22)が遺書を残して亡くなりました。木村さんは、共演者に激怒するシーンが放送された3月以来、SNSで誹謗中傷を受けていました。

「テラスハウス」はシェアハウスで同居生活する男女の恋愛模様を観察するリアリティ番組シリーズで、2012年からフジテレビで放送されていたほか、ネット配信大手・ネットフリックスでも世界約190の国・地域に配信されていました。

フジテレビは番組を打ち切るとともに、公式ホームページに追悼の言葉を掲載している。(2020年12月20日現在)

誹謗中傷のきっかけとなったのは、2020年3月31日に放送された回で、木村さんが大事にしていたプロレスのコスチュームを共演者が誤って乾燥機にかけてしまい、怒った木村さんが同共演者のかぶっていた帽子をはらうというもの。この回の放送以後、ネット・SNS上では「ひどすぎてあぜん」「観てて不快」「死ね」「消えろ」などと木村さんを罵倒するコメントが相次ぎ、誹謗中傷の対象は木村さんの母親にも及んでいました。

このシーンは番組で「コスチューム事件」と呼ばれ、木村さんが亡くなる9日前の5月14日には「“コスチューム事件”その後」という動画3本がテラスハウス公式YouTubeで公開されていました(2019 – 2020シリーズの動画は現在すべて削除されている)。

「テラスハウス」は「台本なし」を売りにしたリアリティ番組でしたが、実際には、番組制作者の編集や演出によって出演者の「描かれ方」や人間関係の行方などは方向づけされています。木村さんは生前、スタッフから共演者の男性をビンタしてはどうかと持ち掛けられたと母親に打ち明けていました。木村さんと同様に出演者が自殺に追い込まれる事件はイギリス、アメリカ、韓国など海外でも問題になっており、リアリティ番組という番組の型自体に誹謗中傷を娯楽として提供する残酷さが内在しているとも指摘されています。

同12月、Twitterに「性格悪いし、生きてる価値あるのかね」「いつ死ぬの?」などと誹謗中傷を投稿したとして20代の男が警察に逮捕され、侮辱容疑で書類送検されました。別の男も同様に立件されました。

警察によれば、他にも約600アカウントが同様の中傷を行ったことが確認されています。ただ、他のアカウントユーザーは特定、立件されないまま時効となったこと、および有罪判決が出た2名に関しても刑罰が科料9000円にとどまったことで、現行刑法規定が同様の犯罪抑止につながるか、疑問が呈されることになりました。

誹謗中傷は何罪にあたるのか?―7つの犯罪類型と発言具体例

と、罪名が出てきたことですし、早めの段階で確認しておこうと思います。誹謗中傷が刑事事件になると、具体的にどのような犯罪として扱われるのでしょうか?

まず、「誹謗中傷」という言葉自体は犯罪名ではありません。言い換えれば、刑法用語ではないのです。なので、言ったこと・やったことの具体的な中身によって、刑法で定められた犯罪類型のどれかに振り分けられることになります。したがって「誹謗中傷はどの犯罪なのか」は個別事案によるので、ざっくりとした説明しかできないのですが、ここではできる限り具体的に、かつ分かりやすく紹介しようと思います。

<脅迫罪>

脅迫罪は、「生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知」することをいいます(刑法222条)。

たとえば次に述べる具体例2で、男が「ナタを買ってくる予定。」などとツイートして女性を脅したのが、「生命や身体に害を加える旨の告知」にあたります。

<強要罪>

強要とは、脅迫して「人に義務のないことを行わせ、または権利の行使を妨害」することをいいます(223条)。もう一歩具体化すると、「○○しろよ」または「○○するな」という形の発言と考えればよいでしょう。

これは後で挙げる”自粛警察”などによくみられ、店を閉めろと迫る行為などはしばしば強要罪に該当します。

<名誉毀損罪>

名誉毀損は「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損」することで、「その事実の有無にかかわらず」成立します(230条1項)。

つまり、「誹謗中傷された人の名誉が毀損された」という客観的事実さえあれば、被告人が「だって本当のことじゃないか」と叫んだとしても通用せず、名誉毀損罪となるのです。憶測やでっちあげなど、事実と異なる情報で他人の名誉を傷つけた場合は言うまでもありません。悪気があったかどうか、という主観も関係ありません。

名誉毀損は誹謗中傷事例では典型的な犯罪類型で、軽い気持ちでバッシングしていた多くの人がその罪に問われています。

<侮辱罪>

「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱」するのが侮辱罪(231条)です。

名誉毀損との違いは、「この人は何をした」等の内容や文脈を示さないで、ただ軽蔑する発言をしたという点にあります。たとえば「こいつ馬鹿だ」とか「性格悪い」と書き込んだりするのが侮辱罪にあたります。ざっくり言うなら、「罵り」のことだと考えていいでしょう。

木村花さん事件で12月に逮捕された男も、容疑は侮辱でした。誹謗中傷事例では侮辱も名誉毀損と並んで該当することの多い犯罪類型です。

<信用毀損罪>

信用毀損は、「虚偽の風説を流布し、または偽計を用いて、人の信用を毀損」することです(233条前段)。

上記の名誉毀損はその人の人間性について、信用毀損はビジネス上での信用を傷つけること、という住み分けです。

ネットでの誹謗中傷には「この商品には異物が混入している」「あの会社は品質管理が悪い」などと商品の品質をおとしめるデマがありますが、この系統は信用毀損や、次に述べる偽計業務妨害などにあたる可能性があります。どれにあたるかは、やったことの細かい部分によって決まります。

<偽計業務妨害・威力業務妨害罪>

「虚偽の風説を流布し、または偽計を用いて、人の業務を妨害」(233条後段)するのが偽計業務妨害です。

偽計業務妨害罪は、相手をおとしいれようとしてデマを流した場合に限らず、誤ってうその情報を発信してしまった場合にも成立します。不確かなうわさなどをネットに書いた人が、警察署の取調室に入れられた後になってから「そうだと思って書き込んだけど、よく確かめはしなかった」と青ざめるケースが多発しています。

「威力を用いて人の業務を妨害」(234条)するのが威力業務妨害で、これで逮捕・立件されたケースも多いです。威力業務妨害は、たとえば、芸能人が脅しのためにイベントを取りやめざるを得なくなった、などという場合に適用されます。

刑事裁判だけではすまないシビアな現実

誹謗中傷は、だいたいの場合は以上7つの犯罪類型のどれか、または複数に該当します。加害者が逮捕されると、警察署で強制的な取り調べが始まり、起訴後は指定された裁判日程を待つことになります。被告人は公判日に出廷して弁論等を行い、最後に裁判官の判決を聞きます。有罪判決が確定すれば、そこに書かれた通りの刑を受けることになります。

ただ、以上はあくまで刑事裁判の話。加害者には多くの場合、民事裁判も提起されます。つまり、被害者から精神的苦痛と経済的損失の損害賠償を求められるのです。

後で詳しく述べる通り、ネットでの誹謗中傷はバーチャル感覚、しかも多くは遊び気分で行われています。

しかし、我に返ってみればそれは何だったのか。割に合わないもいいところです。現実に直面した時になって「大変なことをしてしまった」と後悔する加害者は後を絶ちません。木村花さん事件で逮捕された男も、木村さんが亡くなった翌月に遺族にメールで謝罪していたということですが、その時にはもう永遠に取り返しのつかないことになっていました。

木村花さん事件の有罪判決が出た時、ネットには、刑罰が科料9000円だったことを指して「たったこれだけですむなら言いたいことを言ったほうがいい」などといった投稿がみられました。しかし、これは思い付き程度の発言にすぎまぜん。現実はそこまで単純ではないのです。警察に逮捕された、刑事裁判で有罪判決を受けたということになれば、その日を境に人生は変わります。警察官や検察官によって強制的に刑事手続きが進められ、公判までの間には突然やったこともない裁判の準備をしなければならず、当日は有無を言わせず被告人席に立って弁論しなければならない。裁判官が有罪の判決を言い渡したなら、今度は刑罰の手続きが進んでいきます。それまでの日常は途絶え、大きな負担を背負うのです。家族や友人、職場など、周囲との人間関係も以前のままではいられません。仕事で支障が出たとか、家族にあきれられ関係が冷え切ってしまった、家庭崩壊となったという事例もよく聞きます。民事訴訟で損害賠償を請求されたなら、債務(いわば借金)を背負い、支払いが始まります。

つまらないネット投稿ひとつ。はたと現実にかえって後悔しても、壊してしまったものは、もうもとには戻りません。

インターネットやSNSの出現によって一般の人が自由に発言できるようになったことは輝かしい可能性を拓きました。しかし他方には、「犯罪へのハードルがうんと下がってしまった」という怖い一面もあります。古典的な銀行強盗などと違って、ネットで侮辱、名誉棄損、業務妨害などをした人は、犯行当時はそれが犯罪にあたると分かっておらず、決断してそれをやったわけでもありません。ナイフや目出し帽をそろえたり、銀行へ下見に行ったり、といった準備計画段階もなし。「やっぱりこんなことはやめよう」と犯行を思いとどまる機会にも乏しいです。彼らは、日常を普通に歩いているつもりでいつの間にかハードルを越え、犯罪の領域へ踏み入れてしまったのです。

言論に伴う責任は、ネットによってなくなったわけではありません。人々が意識しなくなっただけです。スクリーンの向こうには、必ず生身の人間がいます。だから私は、ネットには「とりあえず投稿しないが基本」だと世に伝えてきたのです。

上記の誹謗中傷の犯罪類型リストが、ネット上・SNS上でも何ら変わることのない現実社会のシビアさ、公の場――ネットが世界規模の「公の場」であるのは言うまでもない――で発言することの重大さ、そして他人に非難を浴びせるという行為の重みに気づくきっかけになれば幸いです。

具体例2:在日コリアン女性脅迫事件

木村花さん事件はテレビ出演者に対するバッシング事例でしたが、ここではヘイトスピーチの事例も紹介しておきましょう。

2018年5月、ヘイトスピーチに反対する活動をしていた川崎市の在日コリアン3世・崔江以子(チェ カンイヂャ)さんをツイッターで脅したとして、男(50)が脅迫容疑で警察に逮捕されました。

報道によれば、2016年1月にヘイトスピーチに反対する市民団体が結成され、崔さんの発言がメディアで取り上げられると、翌月からネット上で誹謗中傷や脅迫が始まったということです。崔さん本人だけでなく、当時中学生だった息子も対象となっていました。警察に逮捕された男はツイッターで「極東のこだま」と名乗り、「ナタを買ってくる予定。」などと投稿していて、崔さんは不眠や難聴などを発症し刑事告訴していました。男はその後、神奈川県迷惑行為防止条例違反容疑で略式起訴され、罰金の略式命令が出されています。

2020年1月、NHKが取材のため男の自宅を訪問したところ、父親が「その件は勘弁して欲しい」と応じ、その後連絡が取れなくなったと報じました。

国内外の誹謗中傷5例

私は本稿以前にも、インターネットやIT業界の問題についてたびたび論じてきました。

そこで今度は、私がこれまでに触れてきた誹謗中傷の具体例5つをダイジェストで紹介しながら、互いを比較し、ケースそれぞれの特徴的な部分を指摘していこうと思います。

YouTube動画デイビッドくんへの中傷コメント

一つ目は、YouTuberのこれからについて論じた際に取り上げた動画「歯医者帰りのデイビッド(David After Dentist)」です。

参照:ホームビデオのつもりが大ヒット(「YouTuberの行く末~問題とその後を解説」より)

「歯医者帰りのデイビッド」は、今日のように「YouTuber」が職業となっていなかった初期のYouTubeで、親が投稿したホームビデオが思いがけず大ヒットしたケースです。デイビッドくん(2009年当時7歳)が歯医者に行った後、口に麻酔が残っていて気持ち悪いと叫ぶ様子が「ユーモラスだ」と世界中で評判になり、再生回数は2020年12月までに1億4000万回近くにのぼっています。他方、「子どもが痛がっているのはおもしろいことではない」とか「親が子どもを(金や名声のために)利用している」といった批判意見が大手メディアで取り上げられるなど、動画には一部で議論もありました。

デイビッドくんは、動画のせいで学校でいじめに遭う、一般社会で嫌がらせを受けるといったことはなく、大学生になってから「クールな体験だった」とポジティブに語っています。

ただ動画が話題となった当時は、彼の両親は不適切なコメントの削除に忙殺されていたといいます。内容的にはデイビッドくんをからかうコメント、性的なコメントなどが付けられたといい、現在ではチャンネルがコメント不許可に設定されています。

「Star Wars Kid」ギスランくんへの「からかい」

二つ目もデイビッドくんと同じく、YouTuberの問題を論じた際に取り上げた動画です。

「Star Wars Kid」は、カナダの高校生ギスランくん(2002年当時15歳)が人気SF映画『スターウォーズ』作中のアクションをそっくりコピーしたところを自分で撮ったビデオで、彼の友達がネット上に公開すると、その見事な技に世界中で称賛の嵐が巻き起こりました。

見ての通りすばらしい技なのですが、ギスランくんはこの動画をきっかけに膨大な「からかい」を受け、精神的に追い詰められてしまいます。学校では生徒たちにからかわれ、ネット上を含む一般社会でも同様のからかいに遭ったといい、ついにはうつ病と診断されて転校を余儀なくされました。

幸い、ギスランくんの悲劇は長く尾を引いたわけではありません。彼はその後大学を卒業して、社会で活躍しているということです。

しかし、現在のネットはデイビッドくんやギスランくんのころより陰惨になっていると言われます。今日であれば、同じようなことでもより深刻な事態に発展するかもしれません。

環境活動家”グレタさん”への誹謗中傷

ここまで2例はいずれも遊びの動画でしたが、三つ目の事例は社会活動や言論にかかわっています。

2019年に、当時16歳の環境活動家グレタ・トゥーンベリ氏(「グレタさん」)が国連に招かれ、そこでの「涙のスピーチ/怒りのスピーチ」が話題性やドラマ性から世界の注目を集めたことがありました。彼女のムーブメントには「感動した」などと称賛の声が上がりましたが、他方では様々な問題点を含んでいるため、疑問や批判もわきました。

同時にネット上では誹謗中傷も吹き荒れ、日本での具体例としては「お嬢ちゃん」と馬鹿にした呼び方をするといったSNS投稿がみられました。

トゥーンベリ氏のケースは極めて特殊です。なぜなら、トゥーンベリ氏は肩書き上は「言論者」に入りますが、メディアや社会においては芸能人モデルで話題にされているという微妙な立ち位置にあるからです。この微妙な立ち位置を可能にしているのは、現代の大衆社会とポピュリズムの潮流だと考えられます。

このケースは論点が多く、非常に複雑な問題なので、詳細は長文になりますが以下をご覧ください。

参照:アスペルガー症候群の有名人が特徴ある話し方のスピーチで残したもの

警察に逮捕された”自粛警察”

四つ目は、2020年の新型コロナウイルス感染拡大に際して、皮肉にも警察に逮捕される者が続出した”自粛警察”です。

”自粛警察”とは、営業自粛や外出自粛をしていないとみなした店舗等や個人を非難したり、脅迫したりする行為を指しています。ネット上では新型コロナ感染者や医療従事者などへの誹謗中傷が相次ぎ、社会問題となりました。

名誉毀損罪や業務妨害罪等で警察に逮捕・立件される者も全国に現れました。

具体的には、長野県で、特定の会社について「感染者が勤務しているらしい」などとネットの掲示板にうその書き込みをした男が名誉毀損の疑いで書類送検されました。会社側が刑事告訴し、警察が捜査していました。

また山形県では、ツイッターで飲食店を名指しして「この店にはコロナ感染者がいるから行かないでくださいね。コロナの巣窟だ」などとうその情報を投稿し、店の営業を妨害したとして、男が偽計業務妨害罪で逮捕・起訴されています。

こうした”自粛警察”には、加害者が誹謗中傷を行っている最中には良いことをしているつもりだったという特徴がありました。ごく普通だった一般人が突然過激化して「ゆがんだ正義」を振りかざし、犯罪行為に至ったことは、社会に衝撃を与えました。

参照:”自粛警察”の心理~逮捕者はどこで道をまちがえたのか

逮捕された芸能人へのバッシングの激化

最後は、犯罪を犯した芸能人に対するネット上でのバッシングについて触れておこうと思います。

SNSが普及してから、芸能人へのバッシングは過度に至るようになりました。たとえば、2019年に俳優でミュージシャンのピエール瀧が薬物を使用したとして逮捕された際には、ネットで「犯罪者」と罵るなどのバッシングが大規模化したのを背景に、テレビ局が出演ドラマから降板させる、レコード会社がCDの出荷を停止するなどの現象が起こりました。

参照:芸能人の薬物依存疑惑・逮捕と自主規制―「作品に罪はない」議論を徹底解説

かねてより、俳優や歌手などは「浮名を流すのも仕事のうち」などといわれてきました。芸能人が世で叩かれるのは普通だ、という意識は、人々の中にも芸能人側にもあったといえるでしょう。

ただ現実には、相手が芸能人だからといって人格への攻撃や罵言暴言が許されるわけではありません。それは根拠のない思い込みにすぎず、ネット投稿者が逮捕されたり訴訟を起こされた後になって現実を知るケースがこれまでに多発してきました。

また、ゴシップがインターネットで行われた場合は、顔が見える範囲で話のタネになっていたころとは事情が違ってきます。バッシング投稿は、全世界に公開されているのです。SNSを介して芸能人本人に直接誹謗中傷がなされることも少なくありません。

ネットは匿名で互いに顔が見えないため、おそろしい暴言であっても抵抗感なく書き込んでしまう傾向があります。芸能人へのバッシングはエスカレートしており、木村花さん事件のような悲劇の原因となっています。

ネットでのまったく新しい問題点3点

以上、ネットでの誹謗中傷を全部で7例みてきましたが、いかがだったでしょうか。

これまでも、誹謗中傷を行った人々は、侮辱罪、名誉毀損、脅迫、強要、威力業務妨害、偽計業務妨害といった犯罪で警察に逮捕され、処罰されてきました。刑法にきちんと犯罪類型ができており、対処方法やその理論的根拠も形作られているのです。

しかし、インターネット上、とくにSNSでの誹謗中傷では、従来想定されていなかった深刻な事態が次々と起こり、まったく新しい問題も浮上しています。対応は十分には追いついていません。新しいテクノロジーが、誹謗中傷に対する考え方の前提をがらりと変えてしまったのです。

ここからは、ネット特有な問題点について述べていこうと思います。

感情が急激に高まりやすいネットの特性

木村花さんが追い詰められて自殺した事件ですが、誹謗中傷のきっかけは、木村さんがプロレスのコスチュームを乾燥機にかけた共演者に激怒した、ということにすぎませんでした。しかもそれは娯楽番組の中の話。いくら「テラスハウス」が「台本なし」を銘打っていようとも、一般的な視聴者には大なり小なり演出があるだろうという共通認識はあるはずです。たかだかそんなことで人を死に追いやったとなれば、世人がいぶかしく思うのは無理ありません。

なぜネットの誹謗中傷は過度に至ってしまうのか。その原因として、私はまず最初に「メディアとしてのインターネットの特性」を指摘したいと思います。

インターネットは、その黎明期から「感情が急激に高まりやすいメディアだ」といわれてきました。

若い人がネット上で知り合った相手に会ったら犯罪に巻き込まれた、というケースは長年問題になっていますよね。じつはこの背景には、ネット上のやりとりでは「この人は信頼できる」「こんなに自分を理解してくれる人は他にいない」といった思いが急激に高まりやすいというネットの特性があります。

急激に高まるのは、プラスの感情だけではありません。インターネットでは負の感情、つまり「ひどい」「こいつは悪い奴だ」「許せない」といった感情も急激にふくれ上がりやすいので、それが深刻な誹謗中傷につながっているのです。

ネットではあっという間に感情が高まって、こうなりやすい。

たかだか娯楽番組内のプロレスのコスチューム。冷静に考えれば、そんな真剣に怒って非難するような出来事ではありません。しかし、そんな些細なことへの反応が、ネットだと「生きてる価値あるのかね」などというとてつもない領域まで高まってしまう。

話題のカテゴリが何であれ、「ネットでは感情がエスカレートしやすい」というのは同じです。”自粛警察”の「ゆがんだ正義感」はそのよい例です。彼らは、自分の主観では感染拡大防止のために良いことを真剣にやっているつもりでしたが、一歩引き、冷静に見直してみれば、その文面等は木村花さんへの罵言と何ら変わるところがありません。トランプ大統領支持者のツイートや、無我夢中のヘイトスピーチなどもそうですが、ネットでの感情論や攻撃性の高まりは現代社会に深刻な害悪としてのしかかっています。

インターネットを利用するなら、「ネットでは感情が急激に高まりやすい」という特性は必ず頭の隅に置いておくべきでしょう。時にはパソコンから離れスマホを置き、感情がエスカレートしていないか自分で確認する時間が必要だと思います。

手ごたえはないのに、精神的苦痛はかつてなく甚大

新しい問題の二つ目も、インターネットの特性に関わります。発言する側に手ごたえが乏しいことと、被害や精神的苦痛の甚大さです。

ネット上では、相手の顔が見えません。なにせ手ごたえがなく、しかも匿名性が高いので、面と向かった相手にはまず言えないような暴言であっても「バーチャル感覚」で次々投稿してしまう傾向があります。

しかも、ネット上では集団心理も働きます。「みんなやってる」「だから平気だ」と思い込みやすいのです。

しかし、こうしたバーチャルな感覚とは裏腹に、ネット上の暴言は実在の人に被害・損害を与えています。手ごたえのない「ネット空間」ですが、実際にはあくまで現実社会の一部です。

ネットでの誹謗中傷の被害者は、顔が見えない相手から匿名で無数の悪口が寄せられ、悪意を一身に受ける事態に陥っています。ネット以前には、中傷事件といっても、やったのはたいてい被害者の知り人で、そうでなかったとしてもせいぜい手紙数通、伝播する範囲もたかが知れていました。傷ついたにせよ、しょせんは世界が狭かった。それがいまや、木村花さんには中傷コメントが一日に100件も寄せられたといい、侮辱等を行っていたアカウントは少なくとも600、悪口の主が誰なのかは木村さん本人には見えず、しかもそれらは全世界に公開されている。インターネットは人類に、以前には考えられなかった、途方もない精神的苦痛をもたらしてしまったのです。

インターネット以前には、こんなことはあり得なかった。

「消えない」苦痛

このまったく新しい精神的苦痛に、「ネットにアップロードされたものは消えない」という性質悪い特性が輪をかけます。

モデルケースになりますが、私は以前、ネットで流れた「トトロは本当は死神だ」というデマについて論じたことがあります。このうわさは一時まことしやかに語られたのですが、以下で詳述した通り内容的には明らかに無理があって、しかもスタジオジブリ自身が否定する公式見解をネットに発表しています。

参照:『となりのトトロ』都市伝説~作品の「読み方」を考える

この記事を書いた時にはクローズアップしなかったのですが、「トトロは死神」騒動はもう一つ深刻な問題点を含んでいました。それは、いくらスタジオジブリ自身が否定声明を出しても、ネット上には依然、無数のデマが残っているということです。そのせいで、いまなお「『トトロ』はホラーストーリーだったの?」と混乱する人が出たり、子どもが怖がったりすることがあるのです。

架空のキャラクターだったら、死神呼ばわりされたり、実は死神だという根拠無根な説がネット上にいつまでも残っていても精神的苦痛は生じないですみます(作者への損害は別ですが)。しかし、同じことが実在の人に起こったらどんなことになるでしょうか。精神的負担はもはや想像を絶する域に達しており、「消えない」責め苦から命を絶つ人は後を絶ちません。

世の中には、あげつらう対象を探してネットを徘徊している悪意ある人もいます。たとえば、小学生が友達の遊びで人気YouTuberのおふざけをまねした動画を探し出しては、スクリーンショットをネットの別のところにアップし、消せなくする。筆者も以前、問題あるワードをユーザーネームにしたSNSアカウントに自撮り写真を投稿した小学生が悪意ある大人によってさらし者にされているのを見かけ、思わず目を覆ったことがあります。こうされてしまった子は、小さいころのふざけた姿を、ネット上から半永久的に消すことができません。成人でも「老病死」に匹敵する苦しみから命を絶っているというのに、いまや、人生の出だしからネットの責め苦を生涯背負う人が出てきているのです。

「対抗言論」が通用しない

ネット上の誹謗中傷に関するまったく新しい問題点のうち、最後に論じたいのは法的理論です。表現の自由と名誉毀損に関する従来の考え方や、その理論的根拠が通用しない場面が出てきているのです。

従来、誹謗中傷には、第一義的には「対抗言論」で対処できると考えられてきました。つまり、誹謗中傷された人は「そういう事実はありません」などと、こちらも言論で対抗すればよいということです。こう考える背景には、中傷めいたものであれ一応は表現である以上、規制には慎重にならなければならないという事情があります。

実社会において、誹謗中傷を受けた人が対抗言論を出したということは慣習として普通に行われ、機能してきました。

たとえば、ある政治思想グループでメンバーAとBが仲たがいし(今の日本では政治グループといえば、悲しきかな、特殊な人々の話のように響くが、明治・大正時代にはそういったグループが無数にあって様々な論争が行われ、近代日本を引っぱってきた)、グループを出ていったBが雑誌に「Aは凶暴だ」「Aは浮気をしている」などとしゃべりまくったとします。

この場面で、従来なら、誹謗中傷され名誉や信用を傷つけられたAが今日のように一方的に悪意の矢を受け、うつむいている理由はありませんでした。なぜなら、Aは自分も言論で「Bと私の間にはこれこれこういう意見対立が生じて、あの日カッとなったBは私に罵言を吐き捨て、机をけって脱退したという経緯があります」「Bは私個人に恨みを募らせていて、あの時私がBの腕をつかんだのを誇張して私が凶暴な人物であるかのように言い立てました」「浮気をした事実はありません。Bによるでっちあげです」「こういうわけなので、Bの言ったことは信じないでください」などと対抗することができるからです。

どうでしょう、Aの対抗言論には説得力がありますよね。雑誌を手にしてAの人柄を疑った世の人も、これを読めば「なぁんだ、そういうことだったのか」と納得するでしょうし、そうなればこれにてAの名誉は回復されます。

このように、インターネット以前には「対抗言論」によって被害者が自分で名誉や信用を回復することが可能でした。対抗言論が力をもっていたので、「名誉毀損には対抗言論」という考え方はバランスがとれていたのです。

ところが、現在のインターネット、とりわけSNS環境では、誹謗中傷に対する「対抗言論」の効果はもう現実的でありません。

「テラスハウス」で凶暴な性格に描かれた木村花さんが、押し寄せる「ひどすぎてあぜん」「観てて不快」「性格悪い」「死ね」「消えろ」などという罵言に何と言い得たというのでしょうか。テレビ局との契約や力関係によって演出の内情を公言できない事情が指摘されていますが、そもそも、いま世界中で問題となっているネットでの誹謗中傷は、「反論する」という性質のものではありません。

また、広まるスピードも速すぎます。早ければたったの数時間で、ネット以前には考えられなかったほど広範囲に広まってしまいます。対抗言論は間に合いません。

しかも被害はかつてなく甚大です。たとえ被害者が事実と異なる情報に対して否定見解を発表したところで、原状回復効果に疑問があるのは、上記モデルケース「トトロは死神」騒動の通りです。

インターネットの黎明期・普及期には、「名誉毀損には第一義的には対抗言論」という考えに基づいて名誉毀損罪の成立が否定された一審裁判例もありました(最高裁では名誉毀損成立とされた。平成22・3・15)。

しかし、「名誉毀損には対抗言論」という考えの前提になっているのは、従来の出版メディアです。インターネットという新しいテクノロジーが出現して言論をめぐる社会インフラが根底から変わった現在、名誉毀損に関する理論の「対抗言論」に基づく箇所は有効性をほとんど失っていると思います。変化した現実に基づき、時間をかけて再考・再構築すべきだと考えます。

法改正の動き

以上のような社会状況や新しい問題を前提に、各法律改正へ向けた動きが出てきています。

プロバイダ責任制限法改正

2021年4月には、改正プロバイダ責任制限法が可決・成立しました。これにより、被害者が行うネット投稿者を特定するための手続きが迅速化することになりました。

具体的には、被害者が裁判所に申し立てを行うと、裁判所が決定で、SNS運営会社やインターネットプロバイダ(ネットへの接続を提供する業者)に発信者情報の開示を命令できるようになりました(同法8条)。

これまでは、加害者を特定するためにはSNS運営業者とプロバイダそれぞれに対して裁判手続きをせねばならず、それには半年から1年と時間がかかることが課題となっていました。今回の法改正によって被害者の手続きが迅速化したことは、ネット上での誹謗中傷という新しい問題への対応として前進だったといえます。

侮辱罪の法定刑引き上げの動き

刑法の罰則規定にも改正の動きがあります。

木村花さん事件を大きなきっかけとして、侮辱罪の法定刑が拘留30日未満または科料1万円未満では軽すぎて実態に合っていないという見方が広がりました。そこで2021年現在、侮辱罪の法定刑を1年以下の懲役または30万円以下の罰金へ引き上げる動きが出てきています。

この改正案に対しては、一定程度評価する声と同時に、厳罰化だけで問題が解決するわけではない、表現の自由にかかるため適用条件を明確化すべきだ、などの意見も出ています。社会インフラの変化によって侮辱行為の規模と被害の大きさが膨れ上がったいま、侮辱罪の法定刑引き上げは考えられる対応策の一つではありますが、刑罰法規である以上は十分な議論の上、粗のない適切な改正となることが不可欠だと考えます。

おわりに―インターネットは正しく利用を

人間の苦しみは「生老病死」といわれてきた。それがいまや、「生老病死インターネット」である。――木村花さんおよび誹謗中傷で亡くなられた方々に、心よりお悔やみ申し上げます。

インターネットは人類にとって「革命」でした。無数の可能性が生まれたのは事実であり、私は「第三次産業革命を活用せよ」と再三世に訴えてきました。しかし反面、新しいテクノロジーによって、人類がこれまでにはなかった問題に直面したのも事実です。

では、ネット上の誹謗中傷という新しい問題に、我々はどう立ち向かっていけばよいでしょうか。

これまで許されなかった誹謗中傷がインターネット上では許されるということはありません。なので今後の方向性は、すでにできあがっている対処法を「ネットの事例でも使いやすくする」ことだといえます。プロバイダ責任制限法改正のように、被害者側の手続きを迅速化するなど、いわば「補助」の法整備が求められています。

しかし、根本的な問題は、インターネットの使い方にあります。せっかくのテクノロジーを誹謗中傷などに悪用したから、木村花さん事件のような悲劇が生まれ繰り返されているのです。インターネットを利用するなら、正しく利用しなければなりません。バーチャル感覚でネットの世界に没入するのを避け、主体的に、賢く利用するべきです。

「第三次産業革命を活用せよ」と旗を振ってきた私は、同時に「とりあえずは投稿しないが基本」とも訴えてきました。

インターネットは使う時に使う分だけ。本稿は、「オフラインのすすめ」で結びたいと思います。

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アスペルガー症候群の有名人が特徴ある話し方のスピーチで残したもの – 難しい論点を多数抱えたグレタ・トゥーンベリ氏の環境保護ムーブメントを考察し、感情論が人心をとらえるSNS時代へ警鐘を鳴らしました。骨のある長文になりますが、渾身の論考です。言論の自由の原則やインターネットでの新たな問題点について網羅しているので、これらの問題に関心のある方はぜひ併せてお読みください。

芸能人の薬物依存疑惑・逮捕と自主規制―「作品に罪はない」議論を徹底解説 – 芸能人へのバッシングの激化について触れました。こちらでは文士など表現者に向けて「第三次産業革命・インターネットを有効活用すべし」との主張も行っています。

YouTuberの行く末~問題とその後を考える – デイビッドくんとギスランくんのケースを扱いました。ほかにも、人気YouTuber・ヒカルの”炎上”事件や海外の事件との比較、子どものSNS投稿に関する注意点などを書いてあります。

”自粛警察”の心理~逮捕者はどこで道をまちがえたのか – 逮捕されてから深く後悔した”自粛警察”の事例を紹介し、その共通項を洗い出していきました。今回とは異なり、同様のトラブルは「ネット以前からあった」という点を詳しく論じています。

東京オリンピックを開催すべきか、中止派に私がそれでも賛同できない理由を伝えたい – 私が目撃した、ある創作系のTwitterアカウントが1か月かからず暴言アカウントに変わり果てたケースを紹介しました。誹謗中傷の具体例としても参考になります。

『推し、燃ゆ』(あらすじ・ネタバレ有)~ファン活動のマナーと注意点 – 応援している芸能人に対して批判や否定的な意見を述べた評論家等に、ファンが暴言を吐いてしまうケースについて書きました。

実生活で傷ついた人が、ネットでまた……(「自殺サイト・掲示板の思い出」より) – 実生活で深い悩みを抱えた人が掲示板で交流を始めたらいわゆる「ネットいじめ」を受け、ますます傷ついてしまった、という苦い事例を紹介しました。

『となりのトトロ』都市伝説~作品の「読み方」を考える – トトロだったからほほえましいだけで、一般論のモデルケースとしては深刻な事例です。

5Gに危険性や悪影響?~人はなぜデマを作ってしまうのか – 「5G通信の電波に健康への悪影響がある」という科学的根拠のない流説を扱いました。そういったデマや陰謀論が生じる原因や、意外な側面も解説してあります。

SNS疲れのパターン4選&リフレッシュ方法! – ネットは「とりあえず投稿しない」が原則だと書きました。トラブル防止にぜひ。

(2020年12月26日公開。2021年10月22日、「法改正の動き」を追加しました。

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