マスク意味ない論争の展開と論評―対インフルエンザ効果、WHO見解など

新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大で混乱に陥った2020年初頭の世界。その間、国内外で医療専門家のマスク要・不要説が対立し、人々の間には混乱が広がりました。

新型コロナにせよスタンダードなインフルエンザにせよ、果たしてマスクに対ウイルス効果はあるのでしょうか? 今回は、WHO(世界保健機関)や厚生労働省等の見解とその変化を時系列で追い、論評を加えるとともに、誤情報が飛び交うこの時代に私たちはどう行動すればいいかを考えていこうと思います。

目次

WHO(世界保健機関)の当初の見解

WHO(世界保健機関)は、新型コロナウイルスの一般向け特設ページに”When and how to use masks”という項目をもうけ、文章および動画でマスクを使うべき場面と正しい使い方の情報を提供しています。

世界的な感染拡大が始まって以来、WHOサイト英語版には以下のような見解が掲載されていました。英語版原文を日本語に翻訳します。

  • 健康であるならば、マスクが必要なのは、コロナウイルス感染が疑われる人のケアを行う時のみです。
  • せきやくしゃみが出る場合はマスクをしてください。
  • マスクに効果があるのは、アルコールまたはせっけんでのこまめな手洗いを行っている場合に限られます。
  • マスクをする場合、正しい使用方法と処分方法を知っておかなければなりません。

以上の通り、WHOの見解では、健康なら、感染が疑われる人に接するとき以外はマスク不要としていました。マスクをすべきなのは、自分にせきやくしゃみの症状があるときとなっています。

布マスクは意味ないとWHOは明言していた

4月1日、日本の安倍晋三首相は一世帯に2枚ずつ布製マスクを配布する方針を発表しました。発表当初は不明な点が多く、Twitterでは同布マスク2枚を”アベノマスク”と呼んで皮肉る厳しい反応が広がりました。後日全戸マスク配布の予算規模が466億円にのぼると判明すると、批判はさらに厳しくなりました。

同政策にともない、日本国内では布マスクには効果があるのかという問題提起がなされます。

実は、1月時点ですでに、WHOは「綿やガーゼのマスクは、どのような状況でも勧められない」と明言していました。

文書の最後で「綿やガーゼのマスクはどのような状況下でも勧められない」と明言している。(アンダーラインは筆者による)

WHOは2020年1月29日、感染が広がる地域のコミュニティ、家庭、医療機関での医療用マスクの使用方法に関するアドバイスを発表しました。この文書は保健専門家や医療関係者などに向けたものですが、WHOサイトは海外へ旅行する人向けアドバイスでも参考資料としてリンクをつけています。つまり、一般人が読むことも想定しているといえるでしょう。

この文書では最初に、「感染拡大防止にマスクはひとつの手段であるが、それだけでは十分でなく、正しい手洗いなどが行われなければならない」「必要ないのにマスクをするのは、不要なコスト、供給のさまたげ、さらには誤った安全の感覚を生み出し、手洗いなど欠かせない対策の無視につながりかねない」ことが強調されています。

続いてマスクの正しい使い方や廃棄方法を説明していますが、これは上で紹介した一般向けの説明とまったく同じです。

そしてWHOは同文書を、「綿やガーゼなど布製のマスクは、どのような状況でも勧められない」と締めくくっています。

出典へのリンク:Updated WHO recommendations for international traffic in relation to COVID-19 outbreak

WHO(世界保健機関)の変更後の見解

WHOは4月6日公表の新ガイドラインで、発症前の人が他人への感染を起こしうる点を指摘していました。

そして6月5日、WHOはマスクの見解を突如変更。サイトの特設ページをリニューアルし、新たな一般向け動画と画像を掲載しました。

左がWHOの旧見解、右が変更後の見解。

同ページでは、布マスクと医療用マスクに分け、「すべきこと」と「してはいけないこと」を解説してあります。以下は筆者による全日本語訳です。

布マスク使用で「すべきこと」の翻訳

  1. マスクを触る前に手を洗ってください
  2. マスクに破れや汚れがないかを確かめてください
  3. 顔の横にすき間ができないよう調整してください
  4. 口と鼻とあごを覆ってください
  5. マスクは触らないでください
  6. マスクを外す前に手を洗ってください
  7. ひもを持って外してください
  8. (外したマスクは)顔から離してください
  9. マスクが汚れたり湿ったりしておらず、再び使用する予定であれば、清潔なプラスチックか封のできるバッグに入れてください
  10. バッグから取り出す時はひもを持ってください
  11. 最低でも一日一回、石鹸か洗剤で、できれば湯で洗ってください
  12. 外した後は手を洗ってください

布マスク使用で「してはいけないこと」の翻訳

  1. 損傷しているマスクは使用しないでください
  2. ぶかぶかなマスクはしないでください
  3. 鼻を出さないでください
  4. 1メートル以内に人がいるときはマスクを外さないでください
  5. 息が苦しくなるマスクはしないでください
  6. 汚れている、または湿っているマスクはしないでください
  7. 他の人と共有はしないでください

以上に加え、最後のコメントでは布マスクによって周囲の人々を守ることができるとし、「あなた自身を守り感染拡大を防ぐためには、1メートル以上の距離とこまめで正しい手洗い、顔やマスクに触らないことが必要だ」としています。

医療用マスク使用で「すべきこと」の翻訳

  1. マスクを触る前に手を洗ってください
  2. マスクに破れや穴がないかを確かめてください
  3. どちらが上かを確認してください。金属か堅い部品がついています
  4. 色のついたほうを外にしてください
  5. 金属か堅い部品を鼻に沿って当ててください
  6. 口と鼻とあごを覆ってください
  7. 顔の横にすき間ができないよう調整してください
  8. マスクは触らないでください
  9. ひもを持って外してください
  10. マスクを外す時はあなた自身から離してください
  11. 使用し終わったらすぐに、できればふたのあるごみ箱へ捨ててください
  12. 外した後は手を洗ってください

医療用マスク使用で「してはいけないこと」の翻訳

  1. 裂けていたり湿っていたりするマスクは使用しないでください
  2. 口か鼻だけしか覆わないマスクは使用しないでください
  3. ぶかぶかなマスクはしないでください
  4. マスクの表面は触らないでください
  5. 誰かと話したりマスクを触らなくてはならないことをするときにマスクを外さないでください
  6. 他人が触れるかもしれないところに放置しないでください
  7. 再利用はしないでください

以上に立ち、「マスクだけでは感染は防げない」と強調した上で、人と1メートル以上の距離をとることと、こまめかつ正しい手洗いは、マスクをしている間もすべきだと記載しています。

厚生労働省の見解

厚生労働省は、「新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)」を発表しています。

その「問20」が「マスクをした方がよいのはどのような時ですか?」で、マスクの予防効果についての見解が示されていました。

厚生労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)」(2020年3月23日時点版)スクリーンショット。

このように、厚生労働省は当初、マスクが高い効果を発揮するのは、せきやくしゃみからウイルスを飛散させてしまうことに対して、つまり、自分がウイルスにかかっている場合としていました。

予防効果については、換気が不十分な場所では感染予防策の一つであるとするものの、「マスクを着用することによる予防効果はあまり認められていません」としています。

Q&Aから消えた「マスクの効果」

ところが、「新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)」6月13日版では、マスクに関する設問が品薄に関する一つだけに減りました。

マスクの設問が、たった一つに。

マスクの効果については、別の設問「感染を予防するために注意することはありますか。心配な場合には、どのような対応をすればよいですか。」中でさらりと言及しています。

マスク着用をさらりと挿入した厚生労働省。(新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)6月13日版。アンダーラインは筆者による。)

また厚生労働省は「新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)」とは別途、「布マスクの全戸配布に関するQ&A」を公表。この問4で効果について回答しています。

布マスクの全戸配布に関するQ&A(5月28日版)

このように厚生労働省は布マスクに3つの効果があるとの考えを示していますが、3番目は品薄に対する不安の解消、2番目はのどや鼻を湿潤させての風邪対策ということで、COVID-19に直接関係しているのは1番目だけといえます。その1番目の見解は主として、布マスクでせきやくしゃみなどの飛散を防げるという立場です。

問5では国民から疑問視されていたマスクのサイズについて答えています。サイズが大人には小さすぎないかとの声に対しては「口と鼻がしっかり覆われることが重要」として大きさは十分だとしていますが、これは「あごまで覆うべき」としている上記WHOの見解とは相違しています。

CDC(アメリカ疾病管理予防センター)の当初の見解

比較対象として、もう一つ医療専門機関の見解を確認します。アメリカの保健福祉省所管であるCDC(Centers for Disease Control and Prevention、疾病管理予防センター)です。

CDCの旧特設サイトスクリーンショット。

アメリカCDCは、一般向けに提供する予防情報”How to Protect Yourself”で、マスク着用に関して、自分の具合が悪い場合とそうでない場合に分けて、2020年3月27日時点では以下のように記載していました。

  • 自分が具合悪いとき:ほかの人のそばにいる時(ルームメイトがいる、乗り物を利用するなど)はマスクをすべきです。マスクをすることができない場合(たとえばマスクをすると呼吸が困難になるなど)は、せきやくしゃみをできるかぎり覆い、あなたのケアをする人はあなたの部屋に入る時に着用すべきです。
  • 自分は具合が悪くないとき:具合が悪い(さらにマスクを着用できない)人のケアをするわけでないなら、マスクをする必要はありません。マスクは品薄になり得るのであり、医療関係者の分が確保されるべきです。

このように、アメリカCDCも当初、自分に症状がない場合はマスク不要説をとっていました。

CDC(アメリカ疾病管理予防センター)の変更後の見解

ところが、日本時間の2020年4月5日、CDCは同ページを突然変更。各国メディアはアメリカが「マスク不要」から「マスクはすべき」に変更したと報じました。

CDCの見解変更に先立ち、トランプ大統領は3日の記者会見で、新型コロナウイルスの感染拡大を阻止するため、国民にマスクなど布で顔を覆うことを推奨すると発表していました。

この頃、ウイルスに感染しても症状が出ない人が25%にのぼるとの報告があるとして、アメリカの医療研究者間では要・不要説の対立が激化していました。最終的に要マスク説の陣営が勝利したといえます。

以下が、変更後のCDC見解日本語訳になります。

  • たとえ具合が悪くなくても、他人にCOVID-19を広めてしまう可能性があります。
  • 食料品店に行くなど生活に必要な行動で公共の場所へ出かけなければならないときは、誰でも布のフェイスカバーをするべきです。
  • 布のフェイスカバーは、2歳未満の子ども、呼吸に困難がある人、意識のない人、補助がなければマスクを外せない人はすべきでありません。
  • 布のフェイスカバーは、あなたが感染している場合に他の人を守るのが目的です。
  • 医療関係者用のマスクは使わないでください。
  • 他人との距離は約6フィート(訳注:約1.8メートル)とるようにしてください。布のフェイスカバーは、人と距離をとることの代わりにはなりません。

アメリカが「マスク不要」から「マスクをすべき」に見解を変更したといいますが、このように原文を読んでみれば、アメリカCDCは「マスクは自分がウイルスを持っていた場合に自分からの感染拡大を防ぐ目的だ」という見方は変えていません。

CDCが医療関係者用のマスクを使わないよう大文字で強調している点には、医学的に効果のある医療用マスクの品薄を防ぎたいというアメリカ当局の意向が表れていると考えられます。公共の場では誰でもすべきだとするマスクに「布のフェイスカバー(原文でcloth face cover)」という微妙な言い方をあてているところも注意に値するでしょう。

インフルエンザ予防の効果はどうなのか?

このように、新型コロナウイルスにおけるマスクの要・不要論争は、政争の種へと変貌していきました。そのため現在、マスクの効果は実際どうなのか、医学的かつ第三者の立場での見解はきわめて手に入りにくくなっています。

そこで、マスクについての客観的な一般論として、インフルエンザにおけるマスクの効果を参考にしてみようと思います。

調べてみると、実はインフルエンザウイルスにおいても、マスクに感染予防の効果があるとの医学的な証拠はないことがみえてきました。

医療マスクにインフルエンザ予防の効果があるという証拠としてたびたび引用される研究があります。これは2009年に行われた、一般的な医療マスクと「N95リスピレイター」という医療専門家向けマスクの効果を比較する調査で、アメリカのJAMAに発表されました。この研究では446人の看護師を医療マスクを着用するグループと「N95リスピレイター」を着用するグループに分け、インフルエンザに感染したかどうかを調査したところ、「N95リスピレイター」グループの77%に対し、医療マスクグループの76%が感染しなかったとされています。この数値から、医療マスクにはインフルエンザへの高い予防効果があるとされたのです。

しかし、この研究結果は、裏を返せば24%の看護師は医療マスクを着用してもインフルエンザにかかったということでもあるわけです。さらに、同研究はあくまで医療マスクと「N95リスピレイター」の比較なので、マスクを着用しなかった場合については言及がありません。したがって、一般論として「マスクに感染予防効果あり」とする証拠としては適切でないのです。

結局のところ、インフルエンザの予防には、こまめな手洗いと手で顔に触れないことが最も効果的といわれています。

参考:Can surgical masks protect you from getting the flu? – The Conversation

論評

最初に見解変更したアメリカの背景とその結果

感染拡大が始まった1月より、世界は一貫してマスク不要説で固まっていました。

その姿勢を最初に変更したのは、アメリカ政府です。

4月3日のトランプ大統領の記者会見は、アメリカCDC見解変更の前段となったといえます。ここでトランプ大統領がマスク推奨発言をし、翌々日の同5日、CDCはサイトを突然がらりとリニューアル。「マスクの目的は感染拡大の防止であって、自分の感染予防のためではない」という根底の部分はそのままだったのですが、メディアの報じ方は「アメリカ政府が要マスク説に見解を変更した」というものでした。

問題なのは、見解変更に至る過程です。トランプ大統領の発言に沿った説が新見解としてCDCに採用されたことで、アメリカ国内では「保健当局がトランプ大統領に追従しているのではないか」という見方や憶測が広がりました。アメリカ国内では依然研究者同士で説が分かれている最中のことであり、CDCの見解変更を受けて「マスクを過信しないように」と市民に警告を鳴らすマスク不要派の研究者も現れました。それだけCDCへの不信感が高まったのです。

CDCの見解変更や、そこから生じたアメリカ国民による政府批判、憶測などの背景にあるのは、大統領選をひかえたトランプ大統領をめぐる政争です。新型コロナウイルス感染対策がその一部に組み込まれたという側面は見逃してはならないでしょう。本来の目的がひとたび政治化されてしまえば、泥沼にはまり、あるべき情報開示はなされなくなる。アメリカの動向は、そのことを示しています。

【更新】混線につぐ混線のアメリカ

以上のように、4月初頭時点で、国内外メディアやSNSには「反トランプ勢がマスク不要論」という論調がみられました。つまりここでは「トランプ=要マスク vs 反トランプ=マスクの効果に懐疑的」という構図が描かれていたわけです。

ところが、この構図はじつは一面でしかありません。対立を深める共和・民主二大政党を背景に、アメリカにおけるマスク論争は、人種や銃所持など他の政治的論点と絡み合った複雑な様相を呈しています。

アメリカのマスク事情について、朝日新聞に興味深い記事が掲載されました(「マスク義務化 対立の火種」2020年8月10日朝刊)。これは新型コロナウイルスではなく2020年アメリカ大統領選をめぐる報道なのですが、その背景には、混線に混線を重ねる現代アメリカの姿が映し出されています。

記事によれば、ノースカロライナ州では飲食店や公共交通機関でのマスク着用を義務付けた知事令が市民の自由を侵害するとして、クーパー知事(民主党)への反対運動が展開されています。つまりここでは、「トランプ=マスク不要 vs 反トランプ=要マスク」の構図となっているのです。

同記事記者が取材したマスク義務付け反対を訴えるマルコ・アマヤさんと妻ジャネスさんは、銃所持の「権利」を主張しています。アメリカの典型的な保守派に当たります。しかし、彼らがクーパー知事への反対運動において白人警官の暴行で亡くなった黒人男性の言葉を引用する点では、彼らはむしろ「民主党的」といっていいでしょう。ここにおいては、「共和へ民主が流れ込んでいる」といえます。

それとパラレルに、民主側に「保守的」なカラーが浸透している現象を私は指摘したいと思います。記者が取材中、このマルコさんにトランプ反対派の男性が怒鳴りかかったというのですが、男性がしていたマスクは星条旗柄。保守派が鼓舞するナショナリズムを批判しているはずのトランプ反対派もまた、愛国心を引っ張り出しているのです。この男性に限らず、反トランプ勢の間では「トランプ大統領はマスクをしない」との批判がしばしばなされています。マスクの効果は根拠が宙ぶらりんであるにもかかわらず、着用するよう同調圧力をかける強権的、全体主義的な態度が、民主党支持者にみられるのです。

私は以前より、アメリカの左派・民主党支持層が民主的プロセスを否定し、強権化していると指摘してきました。アメリカ政治に関心がある方は以下をご覧ください。

強権と民主の「ねじれ」を見た(「映画『華氏119』:マイケル・ムーア監督が映したトランプ当選を考察!」より)

反トランプ運動がこの底の浅さでは、再選を許しかねない(「アスペルガー症候群の有名人が特徴ある話し方のスピーチで残したもの」より)

「トランプ=要マスク」との構図があるかと思えば、他方では「トランプ=マスク不要」という正反対の構図が描かれている――当惑してしまうのは無理ありませんが、この混乱をひもとくには、どちらかが真実でもう片方は見誤りだと判定しようとするのではなく、相反する見方が混在しているのがありのままの現代アメリカ社会だととらえるべきでしょう。

同朝日新聞記事は、米大統領選に関する報道として、保守派で根深い科学への懐疑論を取り上げ、共和党や保守系メディアが新型コロナウイルスへの楽観論に立っていると指摘しています。ただ、今回の新型コロナウイルスについて言うなら、感染拡大当初は米リベラル紙はウイルスの毒性の弱さを報じていました。リベラル系メディアが楽観論の旗を振っていたのです。共和・民主両陣営ともウイルスやマスクへの見方や態度はコロコロ変わり、どちらがどの立場に依拠するとは一概に言えない様相となっています。

支持する政治勢力への根拠づけのためにマスクの要・不要説を選ぶ、あるいは作るという順序が、共和・民主両党含め誰ひとり疑問を呈さないほど深く浸透しています。論争の政治化は、本来は事実を確認して世に伝え論評を加えるべきメディアにも起こっています。

以上からいえることは、アメリカにおける議論に触れるときは、メディアも含めて政治化されていることを頭に置き、ただちに事実とはとらえず、報道自体を対象化して、引いた目で考察すべきだということでしょう。とりわけ日本メディアとなれば現地報道の二番煎じとなるため、文脈がさらに混乱しがちだと感じています。

アメリカへの考察は、肝心かなめの「マスクに効果があるのか」は論じられていないのだという点をあらためて強調して結びます。

不要→要へ「スライド」したWHOの時系列

6月5日、WHOは突然見解を変更します。アメリカCDCの要マスク説と比較すると、細かい点では相違があるものの、大筋で同じ見解となったといえます。

WHOは特設ページで、「ウイルスと感染対策の研究は続けられており、その結果によって情報はアップデートされる」とくり返し記載しています。

ただ、これまでの展開を追っていけば、WHOが大衆の動きや超大国アメリカに引きずられている印象は否めません。

大衆の動きに引きずられて

3月20日にWHOのテドロス事務局長が「若者は無敵ではない」と警告を発したのは、その走りだったと考えています。

当時、WHOは特設サイトQ&Aの”Should I worry about COVID-19?(訳:私はCOVID-19を心配すべきでしょうか?)”という設問で、次のように答えていました。

COVID-19感染による病状は、一般的には軽いです。とくに子どもや若者ではそうです。しかしながら深刻な病状を引き起こすこともあり、約5人に1人は病院での医療が必要になります。

当時はアメリカCDCも、具合が悪い場合の対処の説明で次のように記していました。

家にとどまる:COVID-19に感染したほとんどの人は病状は軽く、医療なしに自宅で回復することができます。(以下略)

ところが、アメリカなど世界の一部ではこういった情報が過度にとらえられ、若者がわざと盛り場へ外出する現象が起こります。テドロス事務局長が警告を発したのは、そういった人々の動きを受けてのことでした。

WHOは、発信した情報が大衆の一部にあらぬとらえ方をされたため、医学的な裏付けのある客観的データを引っ込めるはめになり、大衆ともつれ合う形になったと見ることができるでしょう。

アメリカ政府との「かけ引き」

さらにその後の経過を以下のように再構成していくと、アメリカの存在が重くのしかかっているWHOの姿が浮き彫りになってきます。

4月3日には米トランプ大統領がマスク推奨発言をし、5日にはアメリカCDCが要マスク説へ転換。

そして4月14日、トランプ大統領はWHOが中国寄りだとの持論を展開した上で「基本的義務を果たさなかった」とし、WHOへの資金拠出停止を指示したと表明。これにWHOが反論を発表するなど、両者間に亀裂が深まります。

5月18日、トランプ大統領はテドロス事務局長に書簡を送り、WHOに対し30日以内に「大きな本質的改善」をするよう求め、変化がなければ資金を恒久的に引き上げると通告します。

そして5月29日、トランプ大統領はWHOとの関係を打ち切ると発表しました。

WHOが要マスク説へ転換したのは6月5日。その内容は、細部を除いてアメリカCDC見解と同じスタンスに立っています。

ここで、WHOとアメリカの関係を資金の面から確認しましょう。WHOへの資金拠出でアメリカ政府は世界最大となっており、2019年は4億ドル以上とWHO予算の約15%を占めています。

これらの事実と時系列を踏まえれば、WHOはアメリカ政府に手を焼き、引きずられ、「ご機嫌うかがい」せねばならなくなっているとの見方をされてもしかたないのではないでしょうか。

国際協力組織において「脱退」や「資金拠出停止」をちらつかせるアメリカ独特の行動原理は、ブッシュ政権などでも国際社会から批判を浴びてきました。身勝手な国だと思われているアメリカですが、こうした感覚の起源は州(=国)が集まって連合したというアメリカ建国の歴史に由来しています。代表的なアメリカ映画『スターウォーズ』に銀河共和国からの「分離主義者」たる勢力が登場するのにもよく表れている通り、「連合からの脱退」という発想法が深く根付いているのだということは、アメリカという国を理解する上では頭に置くべきでしょう。ただ無論それをもって問題が問題でなくなるわけではなく、今回その発想と行動原理は、カネを利用してWHOを懐柔しようとする利己的な外交政策となって表れました。

一貫性を失っていったWHO

原文を確認してみれば、WHOは要マスク説への見解変更後も「マスクだけでは自分への感染は防げない」という根底の部分は覆していません。表面的な結論部だけを不要→要に「スライド」させた、といった態度でした。

当初は信頼筋のソースとして活用できたWHOの情報でしたが、4月以降は外交に埋もれていった印象が否めません。世界のメディアでも「もう何が正しいのかわからない」といった市民の戸惑いやいら立ちが報じられています。

ああすべきだった、あの時こうすればよかった、と論じるには、新型コロナウイルスが収束してWHOや各国の動きの情報が出そろい、総括が可能になる時を待たなければならないでしょう。ただ最小に見積もったとしても、「公的機関の一貫しない姿勢は人々の憶測を生みやすい」という事実は、すでにはっきりと露呈されています。

日本のマスク騒動とメディア

新型コロナウイルスの感染拡大が始まった1月は、日本ではまったくの別件と重なる時期にあたります。花粉の飛散が始まるので、例年マスク需要が高まるのです。

新型コロナウイルスの世界的感染拡大が始まった1月から、薬局やスーパーにはマスクに連日長蛇の列ができ、まもなく品薄、品切れ、ネットオークションではマスクが異常な高騰をみせるなど、人々にはパニックが続きました。

そんな騒動が起こっていた時期、「新型コロナ感染予防にマスクは意味ない」との指摘は、メディア上・一般人ともに盛んに行われていました。この時点でのWHO見解は、「健康な人はマスク不要」で安定していました。

しかしその後、日本メディアからはマスク不要説を唱える医療専門家の姿が消えていきます。国民の間からは「そちらの派は黙らされた」と解する声が聞かれました。

4月1日には安倍首相が布マスクの全戸配布を発表。この時点では、WHOは「布マスクはどんな状況下でも勧められない」との見解をとっていました。

筆者の家に届いた”アベノマスク”。

しかしこの後、アメリカCDCが要マスク説に転換し、6月にはWHOが「マスクの予防効果に医学的根拠はない」としながらもアメリカの説にすり寄ったため、マスク意味ない論争はうやむやなまま立ち消えつつあります。

マスクのイメージと文化の違い?

日本では花粉症対策という現実的かつ日常的な生活用品のマスクですが、WHOや各国の文書・報道等を並べていくと、欧米人はそれを「文化」の問題としてとらえることが今回浮き彫りになっていると感じます。マスクは、服飾における「顔を隠すもの」というイメージなのです。

感染拡大防止の研究が進むにつれ、欧米の一部研究者からは、マスク着用が広く行われているアジアで感染拡大が食い止められているとして、マスク推奨を唱える声が出始めます。自らの文化にない新しい知恵のように映ったのでしょう。WHOの発表にも一部、文化への言及が見られます。

「Updated WHO recommendations for international traffic in relation to COVID-19 outbreak」スクリーンショット。「どのようなタイプのマスクも健康な人の感染予防になるという証拠はない」と明言しつつ、「文化によっては普段からマスクが着用されている」と文化の話が。(アンダーラインは筆者による。)

ただ、私はこの見方に一言申したいと思います。

アジアでの感染が少ないというデータですが、これはもう一段階掘り下げて事実を確認する必要があります。COVID-19感染症は5人に4人は医療を受けなくても自然に治るとも言われ、国によっては検査態勢が十分でなかったために実際の感染者数より少ない数値が出ているとの指摘がかねてよりなされているからです。

海外の事情や文化を学ぶのは、自らを相対化し、また新たな知恵を得て問題解決の糸口をつかむ方法の一つとして有用かつ重要です。ただその過程では、新しく、物珍しく、フレッシュな感動がある外国の文化に過度な期待を抱き、自らに都合がいいよう理想化する現象が起こりやすいのもまた事実です。そうしたエキゾティシズムは、相手文化への理解と尊重どころか、かえって理解の浅さを示すものとなります。

「アジア」への過大評価は、欧米人が非欧米を見たいように見るエキゾティシズムに陥ってはいないか。冷静さを求めたいと思います。

出典へのリンク:Updated WHO recommendations for international traffic in relation to COVID-19 outbreak

総評

以上、マスク論争が停滞し、立ち消えていった次第をみてきました。

その原因には、次に挙げる3つの「関係のもつれ」が大きく関わっていました。すなわち、「WHO – 大衆」「トランプ政権 – CDC」「WHO – アメリカ」です。

WHOや各国公的機関の見解が不安定化・政治化してしまった現時点からふり返れば、最初の暗雲は、理性を欠いた大衆にWHOが反応をせざるを得なかったことだったと思います。忠実かつクリーンに一般人へ医療情報を提供していたWHOに、決定的なほどではありませんでしたが、大衆の反応を横目に大衆を操縦せねばならない事態が生じたのです。

WHOは世界各国が集まって共通の課題解決に取り組むための国際協力組織であって、主権者国民が道を誤れば衆愚政治・恐怖政治に陥る危険性を内包する民主主義国家ではありません。しかしながら、WHOの今回の対応は、大衆の感情と軽薄が、国際協力機関に機能不全を招く可能性を示唆していると思います。WHOが国際的な保健機関としての本旨をまっとうしていくためには、世界の社会に民主主義を維持することができる精神がなければならないということが、今後の世界の課題として立ち現れたと考えます。

アメリカCDCがトランプ大統領の発言に沿った見解変更をしたのは、CDCが公的保健機関としての独立性を失ったとみることができるでしょう。保健当局が感染症予防情報を変更するのは市民に重大な影響を及ぼすため、その理由に明確な根拠がないなら、公的機関として態度が無責任であり、その信頼は失墜します。何を隠そう筆者は、まさかCDCの特設サイトが書き換えられ旧ページの文章が抹消されるとは予想だにしていませんでした。CDCの公的機関としての非常識には開いた口がふさがらず、この論評を書くにあたっては頭を抱えました。

このように「WHO – 大衆」「トランプ政権 – CDC」間の関係がもつれた後、WHOは超大国・アメリカとの関係に手を焼くようになっていきます。

こうしてWHOのマスクの見解は、感染拡大当初の医療情報を提供する目的から、大衆の動きを操縦するため、および政争のさなかで組織の立ち位置を探り確保するための発表にシフトしていきました。

では、3つの関係のもつれに直接登場しない日本はどうだったのか。こちらは二つの問題点を指摘できるでしょう。一つは、マスク不要説の医療研究者がメディアから消えていった理由の不透明さ。こちらは言論・報道の自由にかかわる重大事項なので、原因究明が待たれます。もう一つは、4月以降、国内政治および世界の動きがからみ合う状勢下で、論争自体が消えてしまったという問題です。

日本のジャーナリズムにおいては、ファクトチェックおよび「論評」は感染拡大が始まった1月以来全体として絶えず行われており、マスク不要説が「黙らされた」以降も随時現れ続いていました。しかし、アメリカCDCが見解を変更したころから先細り、立ち消えになっていきます。この4月初頭、日本ではアベノマスク配布のため、安倍政権にその正当化根拠となる要マスク説が必要になるという政治的状況が生じていました。このタイミングで世界におけるマスク見解の不安定化と政治化が重なったこともあり、ジャーナリストにとってはファクトチェックするも論評するも一体どうしていいやら、途方にくれたのが論争自体の立ち消えの原因だと思われます。

総じて言うなら、肝心の新型コロナウイルス感染対策およびマスク要否の医学的研究が政争の一部分に追いやられてしまった点が、根源的な問題だといえるでしょう。

WHOと公的機関が市民へ客観的な情報を提供するという本来の役割に、ジャーナリズムが事実に対し批判的見方・評価を示す「論評」を行うという本来の役割に忠実であることは、現実の政争に対比される机上の理想どころか、民衆の理性や冷静さを保ち、国や社会が混乱に陥るのを防ぎます。

政治権力、国際協力組織、メディア、そして国民・市民。これら全組み合わせの健全な在り方が問われます。

誤情報・フェイクニュース時代に私たちができること

まちがった情報や根拠のないうわさ、フェイクニュースがネットで爆発的に広がる時世です。

誤情報やフェイクニュースの騒動というのは、遠巻きに傍観して「なにバカなことをやってるんだ」と後ろ指を指していられる対象ではありません。一般の人でも、デマやフェイクニュースを信じて大騒ぎしたり、SNSで何気なく「いいね」やシェアをしたりすれば、「拡散」の片棒をかつぐことになってしまうからです。

なのでここから先は、一般の個人がそうした失敗を犯さないための方法を整理していこうと思います。私たちが学ぶべきなのは、「正しい情報を得る方法」そして「誤情報やフェイクニュースに加担しない方法」の二つです。

誤情報やフェイクニュースを見破るには?

誤情報やフェイクニュースを見破る最も効果的な方法は、情報の出どころを突き止めることです。

近年は、説明付きの画像や動画がSNSでシェアにつぐシェアを重ね、もはやそれが誰による投稿だったのかよくわからない、ということが頻発するようになりました。ユーザーが「こんなのが友達からSNSでまわってきた」などと表現しているのをよく見かけます。「まわってきた」ような実感なのでしょう。

しかしそれでも、友達の前にシェアしたのは誰それ、その前は誰、その前は……と元をたどっていけば、最後は必ず、一人の情報発信者にたどりつきます。その情報発信元は、WHO(世界保健機関)等のこともあれば、「もしかしたらこうなんじゃない?」と思いつきをツイートした一般人や、デマをでっちあげて人々を混乱に陥れてはおもしろがる悪質な人物の場合もあります。

出どころを確認すれば、情報の信ぴょう性が分かります。今回のケースでは残念ながらWHO見解が不安定化して信頼が落ちてしまったのですが、それでもどこの馬の骨ともわからぬ一般人のゴシップレベルのつぶやきとの間には、永遠に埋まりようのない雲泥の差があります。

正しい情報を得る方法

さらに、情報それ自体の真偽を確かめるには、なんといっても自分でファクトチェックしてみることでしょう。

具体的には、WHOや厚生労働省など信用筋の情報をいくつか自分で読み、比較検討するのです。外国の公的機関や医師の任意団体など第三者機関をまぜるとさらによいでしょう。信頼置ける情報源複数に当たって比較・照合していけば、最初に得た情報を客観化することができ、正しい情報の落としどころがみえてきます。

私は以前SNS疲れについて書いた時、日本人のツイッター上の人間関係がガラパゴス化している旨を指摘しました。ネット上には国境も税関も大海原もないのですが、日本人が日本人だけで密集してガラパゴスを勝手に形成してしまう現象はツイッター以外にもあります。「海外のサイトは見ない」もその一つ。おそらく読者の多くは「外国のサイトなんて行かなくて当たり前じゃん」とか「なに、じゃあイギリス人はフランスのサイトを見るの?」などと驚いたのではないでしょうか。ネットの世界ではせっかく飛行機で飛び立たなくていいのにそれでも「外」へ出ようとしないのは、日本人の心の中で、まだ鎖国が続いているからでしょう。しかしそれではあまりにもったいない。「海外の英語サイト? じゃあムリだ」とか「授業じゃあるまいし、英語を読むなんてめんどうくさい……」ではなく、「英語なら読める!」と前向きに積極的にとらえて果敢に外の世界へ出ていけば、WHOの情報は誰でも無料でかんたんに手が届きます。

テクノロジーは使いようです。インターネットのおかげで誤情報やフェイクニュースが爆発的に生まれてしまいましたが、同時にファクトチェックも、思い立った時に家にいながらできるようになりました。インターネットをプラスに生かせるかが、誤情報・フェイクニュースとの闘いのカギとなるでしょう。

誤情報やフェイクニュースに加担しないために

ここまで、「正しい情報を得る方法」をみてきました。なので次には、「誤情報やフェイクニュースに加担しない方法」を考えていこうと思います。

誤情報やフェイクニュースを見破るには情報の伝播をさかのぼって情報源を確かめるのが最良でしたが、多くの人には「投稿の大元をたどる時間的余裕はない……」という現実的な壁にぶつかるでしょう。

実はこの局面でどう行動するかが、誤情報やフェイクニュースに加担せずにすむかどうかの分岐点になります。

まず、出どころ不明の情報は決してうのみにしないこと。加えて、絶対に拡散させないことです。「いいね」もシェアもせず、ノーリアクションを決め込んでおけば、あやしげな情報を自分のところで食い止めることができるのです。

逆に、そういうあやふやな投稿をシェアをすれば、たとえ悪気はなかったとしても、自分がデマや混乱に加担することになってしまいます。場合によっては、法的責任を問われる可能性もあります。

新型コロナウイルスについていうなら、不確かな予防法や治療法は絶対に広めないこと。また、うわさ話や自分の思いつきは決して投稿することなく、不確かな情報が「SNSでまわってきた」としても絶対に「いいね」やシェアをしないことが何より大事です。

政治利用や差別の影に注意

さらにデマ等と関連して、今回のような感染症のケースでは、情報が人々の恐怖をあおっていないか、あるいは逆に実態や被害を小さく見せようとする試みがないかどうかは意識しておくべきです。

私は、人種、性別、宗教、そして健康状態を「人類の四大鬼門」だと考えています。歴史上、人類はこれら四つを理由におびただしい差別や抑圧、戦争を行ってきました。これら四つの鬼門のうち「健康状態」というのは、病気、障害、遺伝病、そしてそう、感染症……。「うつる、うつる」と騒ぎ立て、感染者をバイ菌扱いし、緊急事態だから許されるといって人ならざる扱いを平気でする。人類はこの過ちを幾度も繰り返してきました。

残念ながら、2020年の新型コロナウイルスの事例は、人類にとってそんな過去の克服はまだ道半ばであると示したと言わざるを得ません。

騒動が始まった当初から、医療従事者を親に持つ子がクラスで「コロナ」などとあだ名をつけられいじめられた、という悲鳴が報じられました。スーパーや薬局の店員が客に怒鳴られたとの報告も多く聞かれました。

介護の現場からは、「お年寄りが『あの人はあやしい』などと陰口をまくし立て、うんざりした周りの人が生返事をしたら『私の話を聞かないとは何事だ』とブチギレて手に負えなくなった」「お年寄りが戦争中毎日遊びでやっていた民族差別をまたやりだした」「お年寄りたちの間で『あの人には近寄っちゃダメ』などといじめが行われている」といった報告が続出しました。

その後も、感染者の確認された店舗等が何者かから嫌がらせを受けたと訴えています。医療従事者への中傷や施設利用拒否なども相次いでいます。

以上のような日本における中傷や差別は、国の情報開示が不十分であることが大きな原因となっています。さらに視野を世界へ広げれば、米トランプ大統領がCOVID-19を意図的に中国と結び付ける発言を立て続けに行い、中国系アメリカ人への差別をあおっているとして問題になりました。

このような愚行を未然に防ぐには、新しい感染症が出たという時点で、「差別や政治利用が行われる可能性がある」とまず頭に置いておくことが大事です。

新型コロナウイルスをいいチャンスに、政権が法改正をする、政治家が個人的野望を果たそうする、権力が国民への監視を始める・強める、誰かが特定の人種・国籍等の人々をスケープゴートにしようとする。そういう動きが国や社会にないかどうかは、常に気を付けているべきです。

責任―自分は正義の味方だと信じた時、人は道を誤る

歴史をふり返れば、人類の蛮行・愚行は「人助け」や「社会貢献」の仮面をかぶって行われてきました。人権侵害は、被害者や第三者にとってはとうてい許しがたいものですが、加害者のほとんどは、その行為をやっている最中に「今自分は相手の人権を侵害をしている」とは夢にも思っていないのです。

ごく普通の一般人であれ、「自粛呼びかけ」「マナー呼びかけ」などを不用意に行えば、そこでの言動によって誰かの人権を侵害し、国や社会に深刻なダメージを与える加害者となりかねません。

そのような失敗を犯して後悔しないための苦くて強力な「予防薬」があります。「責任」を考えることです。責任というのは、自分がしたことの「結果」に生じます。

「よかれと思って」行動することこそが落とし穴だと、過去の事例から学んで肝に銘じるべきでしょう。

ネット以前から存在してきた無責任行為とその代償

今どき、「無責任な行為」といえばネットでの軽率な発言が指摘されがちです。軽い気持ちで有名人をバッシングをしていたらある日突然警察が家のドアをたたいてきて、「まさかこんなことになるなんて」と青ざめた時にはすでに遅く、人生を台無しにしてしまった、といった事例がごまんとある時代だからです。

しかし実は、「軽率な言動のために人生を台無しにしてしまう人」というのはネット時代に新しく生まれた存在ではありません。ごく普通な人、とりわけせまい世界を生きてきた高齢者が、地域活動などをしているうちに自分では気づかぬまま他人の人権を侵害し、想像だにしなかった責任問題に発展するという事態は、インターネットどころか携帯電話すらない時代から多発してきました。

読者の大部分にとっては、「そんなことあるの?」となじみのない話に聞こえたのではないでしょうか。しかし行政にかかわる分野を勉強すれば、そういう苦々しい事例はもはや常識というか、ごく普通に山ほど出てきます。ここでは私が聞いた事例のなかから、スペースの関係で二つだけ紹介しましょう。

ある高齢男性は町内会に「やりがい」を感じて長年活動してきました。ある時、男性は、役所から町内会への委託で、町内の家々に国勢調査の用紙を配ります。男性の主観では、いつもの町会活動のはずでした。ところが彼は、ある地域住人を激怒させてしまいます。法律的に誤った発言と横柄な態度のためでした。男性は玄関口で思いもかけぬ猛烈な非難を受け、「なんでこんなことに」とショックし落胆します。が、これはただ人を怒らせてしまったというだけですまされる事態ではありません。行政にとって、国民の人権を侵害するのは憲法が禁止する根源的な違法行為だからです。重大な「不祥事」を起こした男性は役所からも公式に厳しく責任を問われ、謝罪の行脚をすることになりました。男性は処分を受け、不祥事は決着しましたが、彼はあまりの気落ちから自宅から一歩も出られなくなり、ずっと良好だった家族との関係も冷えきってしまいました。彼は、軽率な言動で不祥事を起こしたために、それまで何十年もがんばってきたのに人生の最後ですべてを台無しにして、約半年後に世を去ったということです。

……にわかに信じられなかった読者もいるでしょう。しかし実は、この男性は例外どころかこの手の事例の典型です。私はほかにも、高齢の女性が地域の防犯パトロールをしていて家族連れに「注意をした」ところ、人権侵害だと彼らを激怒させ、責任問題となって公式に謝罪することとなり、ショックと憔悴のためやはり自宅から一歩も出られなくなり、3か月後に亡くなったという事例も聞いています。

以上のような高齢者の事例からは、凶暴でもなんでもなかったごく普通の一般人が自覚なきまま人を激怒させるほどの人権侵害を行ったのだという驚くべき事実、そして彼ら自身が背負いこんだ罪と逃れられない恥から精神的に憔悴した様が、ありありと伝えられています。

自覚なく人権侵害した人々の5つの共通項

このように、軽卒かつ無責任な言動をして人権侵害だと訴えられ、思いもかけぬ高い代償を払うことになった人はSNSの出現より昔からあまた存在してきました。

以下では、自覚ないまま人権侵害行為へ突入してしまった人の心理を分析しようと思います。どこにワナがあるのかを予習しておけば、彼らの二の轍を踏むのを防ぐことができるからです。

上記高齢者の失敗例を比較していくと、いくつかの共通項が浮かび上がってきます。すなわち、

  1. 自分のしようとしていることが他人や社会に与える影響を、行動する前に立ち止まって考えなかった。
  2. 政治や行政(=世の中の仕組み)を理解していなかった。
  3. 「自分は人の役に立つことをしている」と信じ込んでいた。
  4. 人を非難することに「やりがい」を感じていた。
  5. 燃え上がって我を忘れた。

これら5点について、詳しく解説しようと思います。

まず1について。過ちを未然に防ぐには、何かを言ったりやったりする前には必ず立ち止まり、「自分の考えが仮に誤っていたとしても相手や社会に危害が出ないですむ言動」を選ぶのがポイントです。小さな親切、大きなお世話。人権侵害に手を染めないためには、「ひかえめすぎるかな」と思うくらいでちょうどです。

続いて2について。地域活動で不祥事を犯した高齢者たちはいずれも、「行政にとって国民の人権を侵害するのは憲法で禁止された重大な違法行為である」というごく基本的なことを理解していませんでした。もし統治機関の役割や原則、相互関係が頭に入っていたなら、彼らは他人の人権に土足で踏み入れてしまう前に、「この活動はラジオ体操の延長ではない」と気づくことができたはずでした。

新型コロナウイルス感染拡大防止策について役所に届けられた苦情や、”自粛警察”と名乗る者による店舗等への「休業しなければ警察に通報するぞ」などといった脅迫は、行政への理解がない点で、不祥事を起こした高齢者たちと共通しています。

事実を述べれば、役所(=国や地方公共団体)や警察は、近代法のコントロール下で職務を行う機関です。したがって「お上」や「密告先」ではありません。江戸時代の庶民(=被支配民)に課せられた密告型相互監視システム・五人組はもうなく、今日町にある役所や警察署は時代劇に出てくる情緒的な奉行所でも徳川幕府でもないのに、そのような世界観を頭に描いていたことが、彼らの的外れな言動と人権侵害行為につながりました。

以上より、日ごろから世の中の仕組みについて知識をつけておくのは、過ちを事前に防ぐのにとても効果的といえます。

そして失敗例の5つの共通点で特に重要となるのは、自分を「正義の味方」だと信じ込むことの危険性です。

地域活動中に人権侵害をした高齢者、ネット上で有名人の誹謗中傷をした人、新型コロナウイルス感染者や医療従事者への差別やバッシングをしている人・店舗への嫌がらせをしている人などに共通する特徴は、本人は「よかれと思って」やっているという点です。第三者から見れば荒唐無稽であり、人権を侵害された人や被害を受けた店舗等にとっては迷惑至極なのですが、本人は他人に害をなしているどころか「人の役に立つこと」「社会をよくすること」をしているつもりになっているのです。

では、どうして本人はその失敗に気づくことなく、ずぶずぶと泥沼にはまっていってしまうのか。その答えは5番、燃え上がって我を忘れることにあるといえるでしょう。人は、「自分(たち)は善いことをしている」と信じ込めば、自省を忘れ、どこまでも暴走します。またこの認識は「やりがい」「生きがい」などという言葉で表現される高揚感につながり、高揚感はやがて、ごく普通だった人を他人に命令する権力の快感におぼれさせてしまうのです。

さらに指摘しておくなら、新型ウイルス感染拡大防止がテーマである今回のケースでは、「協力」というキーワードが「自分は社会に貢献している」という自負や満足感、”自粛警察”仲間の内での一体感を生んでいます。「協力」という観念は、次の一歩で「協力しない者は悪だ」に転化する危ういものです。こうしてエスカレートした人々は「自分(たち)は正しく、他はすべて悪である」というカルト宗教の心理に自らを追い込み、自分のアタマで冷静に考えることができない状態に陥っている。

では、このような心理状態にはまった人が自分のしていることの意味に気づいて、来た道を引き返すには何が必要でしょうか? この問いは今後取り組むべき課題ですが、少なくとも店舗等が”自粛警察”の脅迫におびえて要求をのむならば、それはちょうど、家に押しかけてきた新興宗教の勧誘員におびえて見も知らぬ宗教に入信してしまうのと同じです。自らが損害を被るだけにとどまらず、社会にとっても大変有害なので、脅迫行為に対しては毅然とした態度でのぞまなければなりません。

さて、こうして無自覚に人権侵害をした一般人は、公的な場で責任を問われた時にはじめて、「自分は自分のしていることの意味をまったく理解していなかったのだ」「よかれと思ってしてきたことは見当はずれだったのだ」という厳しい現実に直面します。「そんなつもりじゃなかった」「まさかこんなことになるとは思わなかった」と青ざめた時には、後悔すでに遅し。責任は、引き起こした結果に対して生じます。熱い夢から覚めた時には人や社会を傷つけた罪を背負い、「自分は人権侵害をした人間なのだ」「馬鹿なことをした」という恥から、自分への自信を失います。それきり、人生は変わってしまいます。

人類の蛮行・愚行は、自分は「人助け」や「社会貢献」をしていると思い込んだ人々によって行われてきました。世界を血の海に変えた植民地主義・帝国主義、異なる文化の抹殺、先住民の子どもの隔離政策などもそうだった、と言えば、マナー呼びかけなどにうかつに手を出す気は失せ、慎重な自分になりたくなるでしょう。

「自分は人の役に立つことをしている」という主観は、有害なのです。

「人の役に立ちたい」という欲求は、誰の心にも内在しています。辺境で特殊な慈善事業を営むような人だけでなく、何気なく暮らしているごく普通なおじさんおばさん、自分に自信がないとうつむき加減の人や周囲から自己中心的だとみなされている偏屈者などであっても必ず備わっている、人間の根本的な欲求なのです。一見無条件に輝かしい性質のようですが、多くの人が道を誤るきっかけとなってきた以上、人間はこの欲求をコントロールする術を学習すべきです。

「人の役に立ちたい」のと同時に、「愚行に手を染める自分でありたくない」「罪を犯して批判されたくない」というのもまた人の本音でしょう。過去の事例から学ぶことは多いです。

出典へのリンク集・関連記事

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WHO(世界保健機関) “When and how to use masks” – WHO(世界保健機関)の特設サイトです。

厚生労働省 新型コロナウイルス感染症について – 厚生労働省サイトです。こちらも要チェック。

アメリカ疾病管理予防センター “How to Protect Yourself” – アメリカの保健当局による、予防方法の解説です。マスクの使い時や使い方は、その一項目として触れられています。

SNS疲れのパターン4選&リフレッシュ方法! – SNSは「とりあえずは使わない」が基本だと提案しました。あって当たり前というほど重要な代物ではないSNS、なんとはなしにした投稿やシェアで思わぬトラブルに見舞われないよう、ほどよい距離をとって付き合いたいものです。

人工知能(AI)の問題点5選と、人間が全然心配しなくていいこと – 誤情報やフェイクニュースに関連して、ネット上の情報やその巨大な影響について興味のある方はまずこちらからご覧ください。ほかの記事でも随時扱っています。

性質上、この記事は更新されることがあります。

公開:2020年6月25日

2020年7月8日、インフルエンザの予防効果の項を追加。

2020年8月11日、「混線につぐ混線のアメリカ」の項を追加。