SDGsの定義、取り組み具体例リスト&批評

いま、SDGsという言葉は町のいたるところにあふれています。「エコ関係のことでしょ?」「小学生向けガイド」「わが社は性的マイノリティの方を採用することで貢献しています」「渋沢栄一にもみられる」「ヨガでは昔からやっている」……などなど。朝日新聞が全国5千人に行った「SDGs認知度調査(第7回)」では、ほぼ2人に1人が「聞いたことがある」と回答しました。

と、言葉だけは聞いたことはあっても、具体的な中身まで知っているかといえばなかなか、ではありませんか? あるいはネットを縦横に見ていくと、何かが腑に落ちなくてモヤモヤしている感じの人や、近年問題となっている陰謀論の影もチラチラ……。

このように静かに混乱した状況を前にして、私は「SDGsとは何なのか」という基本事項の「確認」と、それをめぐって起こっていることへの「批評」が社会に存在すべきだと考え、今回これを書くことにしました。そもそものところから知りたい方、調べ学習をしている学生さんから学問的に深く掘り下げたい方まで、ぜひ参考にしてください。

SDGsとは?―原文から理解しよう

まずは肝心の定義から確認します。世間では「また聞き」のあやふやな情報が爆発的に増えているので、私は原文に忠実であることにこだわっていこうと思います。

SDGsとは、2015年に国連総会で加盟国が採択した合意「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)」の略称です。

この国連合意文書は、英語等の原文はもちろん、外務省の訳で日本語でも読むことができます。以下にリンクを貼っておくので、コピーするなど手元に置いておくといいでしょう。

リンク:「持続可能な開発のための2030アジェンダ」仮訳(以下、「アジェンダ」)

「アジェンダ」では、2030年までに達成すべき17の目標(原文:Goals)と、より細かな169のターゲットが定められています。各国が2030年までに行うことは

  1. あらゆる貧困と飢餓に終止符を打つこと。
  2. 国内的・国際的な不平等と戦うこと。
  3. 平和で、公正かつ包摂的な社会をうち立てること。
  4. 人権を保護しジェンダー平等と女性・女児のエンパワーメントを進めること。
  5. 地球と天然資源の永続的な保護を確保すること。
  6. 持続可能で、包摂的で持続的な経済成長、共有された繁栄及び働きがいのある人間らしい仕事のための条件を、各国の発展段階の違い及び能力の違いを考慮に入れた上で、作り出すこと

と規定されています(「アジェンダ」宣言 – 導入部 – 3)。

SDGsのシンボル、カラーホイール

国連総会では全会一致で採択されました。もちろん日本もその一か国であり、日本政府の取り組みに関する参考資料が公開されています。

17の目標とは?

では「17の目標」とは具体的に何のことなのでしょうか? 本稿では「また聞き」ではなく「実物」にこだわるので、国連原文に忠実な翻訳資料で確認することにします。

  • 目標1(貧困):あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる
  • 目標2(飢餓):飢餓を終わらせ、食料安全保障及び栄養改善を実現し、持続可能な農業を促進する
  • 目標3(保健):あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する
  • 目標4(教育):すべての人々への包摂的かつ公正な質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する
  • 目標5(ジェンダー):ジェンダー平等を達成し、すべての女性及び女児のエンパワーメントを行う
  • 目標6(水・衛生):すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する
  • 目標7(エネルギー):すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的エネルギーへのアクセスを確保する
  • 目標8(経済成長と雇用):包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する
  • 目標9(インフラ・産業化・イノベーション):強靱(レジリエント)なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノベーションの推進を図る
  • 目標10(不平等):各国内及び各国間の不平等を是正する
  • 目標11(持続可能な都市):包摂的で安全かつ強靱レジリエントで持続可能な都市及び人間居住を実現する
  • 目標12(持続可能な生産と消費):持続可能な生産消費形態を確保する
  • 目標13(気候変動):気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる
  • 目標14(海洋資源):持続可能な開発のために海洋・ 海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する
  • 目標15(陸上資源):陸域生態系の保護、回復、持続可能な利用の推進、持続可能な森林の経営、砂漠化への対処、ならびに土地の劣化の阻止・回復及び生物多様性の損失を阻止する
  • 目標16(平和):持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し、すべての人々に司法へのアクセスを提供し、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度を構築する
  • 目標17(実施手段):持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する

以上が17の目標となります。

国連での合意である以上、SDGsを推進する主体は第一義的には各国政府ですが、国連は民間への普及に力を入れています。この輪っかやカラフルなアイコン、いろんなところで見かけませんか?

17の目標アイコン(日本語版)。

このようにわかりやすく親しみやすいロゴやアイコンを作成し、一定の条件のもとで広く一般に使用を認めているのも、民間や一般市民の認識を高める施策の一環です。

……ただ、本来はPDFファイルで35ページにのぼる合意文書を極限まで単純化した結果、このアイコンにはかえって人々の誤解を招くような部分ができてしまった苦い側面もあるんですよね。これについては下記で指摘、批評します。

主要原則

SDGsの主要原則は、国連憲章の目的と原則です。世界人権宣言、国際人権諸条約、ミレニアム宣言、2005年サミット成果文書にも基礎が置かれ、その他の合意も参照の対象となっています(「アジェンダ」宣言 – 導入部 – 10)。

歴史

SDGsには前身があります。2000年採択の「ミレニアム宣言」に基づき2001年に策定された「ミレニアム開発目標(MDGs)」です。

MDGsでは、極度の貧困と飢餓の撲滅をはじめとする2015年までに達成すべき8つの目標が掲げられており、一定の成果を上げたとされました。その期限である2015年に採択された「アジェンダ」には前文で

これら目標とターゲットは、ミレニアム開発目標(MDGs)を基にして、ミレニアム開発目標が達成できなかったものを全うすることを目指すものである。

とあることから、MDGsの後継だということが分かります。

解説―かなり意外な4つのポイント

以上、定義や原則を確認してみていかがだったでしょうか? 「なんかイメージと違った……」と驚いた読者もけっこういるのではないかと思います。

なので、ここでは世間を見渡して誤解されがちではないかというポイントを4点、指摘したいと思います。

まず第一に、私たちがカラーホイールや17のアイコンを見かける場面は、最近では大部分が企業関係になりました。「わが社は持続可能な開発目標(SDGs)を支援しています」というお決まりの文言、「サステナブル素材を使用しています」という文字が誇らしげに躍る商品説明……。しかし先ほど確認した通り、SDGsを推進する主体は、第一義的には企業や学生などの民間ではなく、国連に加盟する各国政府です。この立場関係は、状況を正しく理解するうえでしっかり頭に置いておくべきでしょう。

第二に、世間ではリサイクルや環境保護のイメージが強いSDGsですが、実際のところを確かめてみれば、貧困への支援が中心に据えられていることがわかります。「アジェンダ」前文で

我々は、極端な貧困を含む、あらゆる形態と側面の貧困を撲滅することが最大の地球規模の課題であり、持続可能な開発のための不可欠な必要条件であると認識する。

明言されていて、17の目標第1番は世界の貧困、2番目は飢餓。しかも「アジェンダ」をよくよく読んでみれば、目標1で課題となっている「極度の貧困」とは「現在1日1.25ドル未満で生活する人々」のことなんですよ。つまり、1ドル=100円としたら、1日125円足らずで生活しているということ……。食費だけでなく着るものや住むところまで含めて1日125円しかないのでは、文字通り何の行動もとれません。貧しさから脱しようがない。生きようがない。明らかな人道危機なのです。国際協力機関たる国連が念頭に置いているのはそういうレベルの危機的状況なのだ、ということは頭に置いておくといいでしょう。しかも、SDGsの有名な文言「誰一人取り残さない」は「アジェンダ」の宣言の導入部の4にありますが、そこでは「最も遅れているところに第一に手を伸ばすべく努力する」とされています。

さらに三つ目、17の目標では、差別など人権問題への取り組みも多く掲げられ、主要なテーマとなっています。「企業が性的マイノリティの人を採用するのと『持続可能性』にどういう関係があるんだろう?」などと話の筋や論理にピンとこなかった人は、「SDGsとは17の目標であり、そのなかには人権問題への取り組みが入っているのだ」と分かればその間のつながりが見えるはずです。

最後に、SDGsの掲げる貧困や飢餓の撲滅、子どもたちへの教育の保障などの取り組みはこれまでも国際社会で行われてきたのであって、少しも目新しいことではありません。町にあふれる標語で「未来」が連呼されたり、メディアで「若い世代の活動」が取り上げられたりするので「新しい」イメージが強くなっていますが、実際にはそうではないということが明らかになったと思います。もし読者が「飢餓の撲滅」や「不平等の是正」と聞いて「なんだ、そんなの当たり前じゃないか」と拍子抜けしたなら、その通りなのです。

以上、17の目標がカバーする内容は非常に範囲が広いということ、また特段目新しい動きではないという点を押さえておくのは、SDGsの理解する上で欠かせないと思います。

SDGsへの取り組み(と呼ばれていること)の具体例

では、定義を確認できたところで、次にはSDGsへの取り組みの具体例を見ていくことにしましょう。

(なお、以下取り組みの具体例は、政府や各企業が公表したデータをもとにしています。筆者がそれら企業・団体・製品・政策等を支持する、宣伝する、公表データの正確性や活動実態等を保証する意図ではありません。読者の皆様には自己判断をお願いいたします。)

日本政府

まず、推進の第一義的な主体である各国政府の具体例として、わが国を紹介しましょう。

日本政府は2016年5月、政府内に「SDGs推進本部」を設置しました。総理が本部長、官房長官および外務大臣が副本部長を務め、全閣僚が構成員となります。

同本部の下には「SDGs推進円卓会議」が設けられ、有識者が集まり意見交換を行っています。構成員をみていくと、国連関係者、経済団体関係者、学者・研究者、市民団体関係者などが連なっていることがわかります。

また政府は、自治体による目標達成に向けた取り組みを公募し、優れた提案をした都市を「SDGs未来都市」に選定して、関係省庁より支援しています。その中で先導的取り組みを行う都市を「自治体SDGsモデル事業」として、資金的支援を行っています。

優れた取り組みへの表彰

さらに2017年には「ジャパンSDGsアワード」を創設。政府は円卓会議の意見を踏まえ、目標達成に資する優れた取り組みを行う企業・団体等を毎年表彰しています。

過去の本部長賞は

  • 北海道下川町(2017年)
  • (株)日本フードエコロジーセンター(2018年)
  • 魚町商店街振興組合(2019年)
  • みんな電力株式会社(2020年)

となっていて、副本部長賞やパートナーシップ賞の一部を紹介すると、

  • 住友化学(2017年副本部長賞(外務大臣))
  • 吉本興業(2017年パートナーシップ賞)
  • 滋賀銀行(2018年パートナーシップ賞)
  • フジテレビ(2018年パートナーシップ賞)

などの企業、

  • 福岡県北九州市(2017年パートナーシップ賞)
  • 大阪府(2019年副本部長賞(官房長官))

など地方自治体、

  • 江東区立八名川小学校(2017年パートナーシップ賞)
  • 岡山大学(同上)
  • 青森県立名久井農業高等学校環境研究班(2020年副本部長賞(官房長官))

など教育機関、ほか財団法人、協同組合などが同アワードを授与されています。

リンク:これまでの全受賞者リスト(外務省)

官民ファンド

政府は、取り組みを行う民間への支援策を実施しています。

内閣府には「地方創生SDGs官民連携プラットフォーム」といういわゆる官民ファンドが創設され、普及促進イベントを開催したり、課題を解決したい会員と解決策やノウハウをもつ会員とのマッチングを支援するなどしています。会員には、各省庁、地方自治体、一般企業、医療関係や地方の弁護士会など専門職の団体、さまざまな分野の団体やNPO法人など、5423団体が連なっています(2021年5月31日時点)。

リンク:内閣府「官民連携プラットフォーム」

リンク:官民連携プラットフォーム全会員リスト

ほかにも、経済産業省が「SDGs経営ガイド」、環境省が「持続可能な開発目標の活用ガイド」を作成するなど、情報を広く市民に提供しています。

「SDGsへの取り組みの評価が高い企業ランキング」

いま、持続可能性への取り組みを公表している企業は世にごまんとあります。すべてを紹介・批評するのは不可能なので、今回は便宜的に、取り組みが評価されているとされる代表的な企業を具体例として取り上げようと思います。

2020年3月、一般市民のSDGsや関連する企業活動への認知、理解や評価を調査する「企業版SDGs調査2020」が、民間調査会社・ブランド総合研究所によって実施されました(アンケートはインターネットで行われ、回答は1万500人、調査対象は日本を代表する210社)。それによると、一般からの評価が高い企業ランキングは以下になります。

1~20位まで抜粋。(100位までのランキングはダイヤモンド・オンラインにて。)

本稿では具体例として、1位・トヨタ自動車と2位・アサヒビールが公表している取り組みを紹介します。

<トヨタ自動車>

自動車メーカー・トヨタは、2015年10月に「トヨタ環境チャレンジ2050」を掲げました。技術開発によって、2050年までに自動車の環境負荷ゼロを目指しています。

2019年6月には「サステナビリティ推進室」を新設して取り組み体制を構築。

トヨタ自動車はかねてより

  • 被災地への車両の貸し出し
  • 小学生向けの化学工作教室開催(人材育成)
  • 環境保護活動への助成(森林保護等)
  • アマチュアオーケストラのイベント開催(文化活動)

をはじめ様々な社会貢献活動を行っており、現在はそれらも「SDGsへの取り組み」として公表しています。

参考リンク:トヨタ自動車株式会社公式ホームページ

<アサヒビール>

アサヒビールは、代表取締役が統括する「SDGs推進会議」を中心に取り組みを行っています。

具体的には

  • 貴金属のリサイクル拡大
  • 産業廃棄物の無害化やリサイクル拡大
  • CO2排出量削減(2015年比50%減を目標、2020年時点で12%達成)
  • ワークライフバランス
  • 従業員のボランティア活動を推奨・支援

などが掲げられています。

参考リンク:アサヒホールディングス公式ホームページ

筆者からの補足2点

以上、代表的な企業を紹介しましたが、その読み方に関して2点ほど補足しておきたいと思います。

まず、様々な企業の公表データを調べていくと、大規模な企業ではほぼ例外なくトヨタの「サステナビリティ推進室」と似たような部署や連絡会などが設けられているのだと分かります。上のように紹介するとトヨタとアサヒビールだけが特別なことをしているかのような印象を与えてしまうかもしれませんが、そういう意味ではありません。

もう一点、企業にとって社会貢献活動を行うのは、国連の「アジェンダ」採択以前からごく普通にあることでした。企業が地元の子ども達に体験教室を催した、障がい者の方から意見を聞きながらより性能のいい電動車イスを開発している、森林保護に出資している、といったことに心当たりはありませんか? 企業はなにも新たに社会貢献活動を始めたのではない、という点を補足しておきたいと思います。

筆者の身の回りにもある!サステナブル製品

「サステナブル」をアピールする製品は日に日に増えていますね。

なので参考に、ここでは筆者の身近にあるサステナブル製品を紹介しましょう。

リサイクル素材が使われているものでいちばん身近といったら、衣料品ではないでしょうか。たとえば、スポーツウェアメーカーのナイキでは多くの製品に「サステナブル素材」を使用しているといい、私が運動する時に着ているシャツにもリサイクルポリエステルが含まれているそうです。同社オンラインショップの商品説明によれば、ペットボトルを洗浄し、フレーク状に裁断加工してペレットに変換、これを原料にして高品質の糸を紡いでいるのだとか。リサイクルポリエステルによって無駄を減らし、かつ新しいポリエステルと比べてCO2排出量を最大30%削減できる、ということです。

リサイクル関連品は、今これを書いている手元にもあるんですよね。パソコンメーカー・HPが2020年に発売したノートパソコン「HP Spectre x360 14-ea」の商品説明には、「世界初の自然で再生可能な素材で作られたキーボード構造」で「サステナビリティに配慮した素材を活用しております」とあります。キーボードの内部構造の一部が再生可能素材で作られている、ということです。

このように、最近では私たちの身近な愛用品にもリサイクル素材が利用されています。あなたの身の回りでも探してみてはいかがでしょうか。

筆者の持続可能性への取り組み

「社会の持続可能性」は、私の文筆活動の主要テーマのひとつです。主には国内の社会問題を扱ってきましたが、グローバル規模の問題に取り組むこともあります。私の場合は文士なので、社会への提言や正しい知識の普及に努めるという形でSDGsに関連する活動をしてきました。

ここでは、当ブログ内で持続可能性を扱った記事を紹介します。本稿の読者にはどれも関心のあるテーマだと思うので、ぜひ読んでいってください。(記事は新しいタブで開きます。)

持続可能なビジネスのあり方

日本の企業文化「井の中の蛙」―その特徴と変革への指針7選

日本社会でいたるところに見られるようになった、長時間労働が人手不足を生み、事業継続不能に陥るパターンを指摘しました。東京医科大学が入試の採点において女子受験生を不利に扱った不正事件にも触れ、原因分析とともに批判を表明しています。「満身創痍のこの社会は、一人ひとりが大海へ出ることによってはじめて持続可能になる」と結びました。

(関連する目標―3:すべての人々の健康的な生活、5:ジェンダー平等、8:持続可能な経済成長・働きがいのある人間らしい雇用)

鼻をつまむだけでは解決しない!タレント本の問題点とは?

知名度が高くもともとファンをかかえるタレントに本を出させれば確実に金になる、という刹那主義的経営のままではゆくゆくは出版業界が立ち行かなくなると指摘。言論が弱り、民主的な社会にとって危機的なので、持続可能な経営を訴えました。

(関連する目標―8:持続可能な経済成長)

教育・児童労働問題

苦しいなら不登校のままでいい7つの理由

なぜ人間には教育が必要なのか、なぜすべての子どもたちに行き渡るべきなのかを、小中学生の読者も念頭に置いて順序立てて説明しました。いじめなど様々な理由により学校へ通えないなら、もと通っていた学校にこだわらず、安全な場所で自分に合った教育を受け、のびのび育ってほしいと訴えました。

(関連する目標―4:すべての人々への包摂的かつ公正な質の高い教育)

『千と千尋の神隠し』考察と論評―両親、坊、湯屋が表象した戦後日本

児童労働が子どもの将来をいかに破壊するか、自分の人生を選べなくさせるか。その害悪や経済格差との密接な関係を解説しました。また、児童の性的搾取を絶対悪として、批判を表明しました。

(関連する目標―1:貧困を終わらせる、4:すべての人々への包摂的かつ公正な質の高い教育、5:ジェンダー平等)

有名子役のその後や未成年ユーチューバーと「子どもにやらせる」産業の倫理

元子役が精神的に崩壊したり、中学受験の経験者が後の人生で壁にぶつかる問題を取り上げ、人間が自分らしく、自分の意志で人生を歩んでいくためにはきちんとした教育を受けられることが必要かつ重要だと指摘しました。プロダクションや塾に代表される子ども関連産業に求められるコンプライアンス及びモラルを論じました。

(関連する目標―4:すべての人々への包摂的かつ公正な質の高い教育)

グローバル

ファーウェイはなぜ問題になっているのか~日本の選択、世界の分岐点

米中の貿易対立問題と、その渦中で重要な存在となった中国の大企業・ファーウェイの経済活動について解説しました。中国ウイグル自治区での人権問題にも触れています。

(関連する目標―10:各国間の不平等是正、16:すべての人々への司法へのアクセスを提供)

「現象」としてのSDGsを5つの視点から批評する

以上、「SDGsとは何か」の「確認」はいかがだったでしょうか? 多くの読者には、何がしか意外な箇所があったのではないかと思います。

というのも、SDGsは2019年あたりからは一種ブームのような状態にあり、語の使われ方や使われる場面はまちまちで、質の低い情報があふれかえっているのが現状なんですよね。なので、あなたがどこかを誤解していた、疑問を感じていた、あるいは「なんかウソっぽい……」などと腑に落ちなかったとしても無理はないと思います。

このような混乱した現実を目の当たりにして、私は国連で採択された17の目標だけではなく、一種のブームとなっている状況やその雰囲気なども含めて、「現象」としてのSDGsに批評を加えることがいま社会に必要だと考えています。

なのでここからは、以上で確認してきた定義や具体例への「批評」に入りたいと思います。今回はスペースの関係上、誤解があったり、何かが府に堕ちなくてモヤモヤしている読者を主な念頭に、筆者が重要だと考える論点だけを厳選します。

言ってることとやってることが違う!「SDGsウォッシュ」

広く一般に普及させたゆえの帰結。最初の指摘は「やっぱりな」という感じかもしれません。内情は「アジェンダ」の理念や17の目標からかけ離れているのに、表向きは「推進しています」と発表する者が現れる。くだけて言えば、「言ってることとやってることが違う」というケースが出てきているのです。

企業が実態をともなわなくても「取り組みを行っています」と宣伝する――このようなケースは、ビジネス界では「SDGsウォッシュ」と呼ばれています

これを念頭に置いて、先ほど紹介した評価の高い企業ランキングを見直してみてください。100位まで目を通していくと、劣悪な労働環境で知られている企業、従業員が過労死・過労自殺した企業、過去に女性差別が司法で争われた企業などが続々登場しています。読者のみなさんも探してみてはいかがでしょうか?

一つ例を挙げておくと、63位にランクインしている東芝は、2004年から「東芝うつ病事件」が司法の場で争われ(業務の負担からうつ病を発症し、休職していた従業員が解雇された事件。従業員が解雇無効と慰謝料を求めた裁判で、東芝側は一貫して争う姿勢をとったが、2014年には最高裁で原告の全面勝訴が確定している)、2008年には従業員の過労自殺が労災と認定され、ほかにも訴訟になっていない自殺が確認されています。「働きがいのある人間らしい雇用」とは真逆の事態が足元で起こっているのです。

従業員の健康や雇用だけではありません。東芝は2015年の経営陣による不正会計に続き、2021年にはいわゆる「モノ言う株主」に経済産業省が不当な圧力をかけたとして国際的に大きな問題となっています。経済活動での不正が連発しているのです。

そんな東芝は他の企業と同様、自社ホームページにて「SDGsへの取り組み」を公表しています。その一つには「従業員の安全健康サポート」を挙げ、「3:すべての人に健康と福祉を」「8:働きがいも経済成長も」のアイコンが掲げられおり、社内のメンタルヘルス対策に取り組んでいるとしています(2021年6月時点)。しかし、同社内で起こった過労自殺や過重労働への言及はありません。これでは説得力はなく、美辞麗句の書かれたアイコンが独り歩きしていると言わざるを得ないでしょう。自社内で起こった人権問題や不正事件と真摯に向き合い、原因を解明して、反省し、組織の体質を刷新することこそ、持続可能な社会への最高の貢献ではないでしょうか。

このような「ウォッシュ」が頻発する原因は、SDGs自体に内在しています。内容が貧困、差別、環境保護など非常に広範で、漠然としているので、誰でも何かしらやっていると言えてしまうのです。環境への配慮といえば、今時職場にリサイクル品がひとつもない会社というのは考えにくいですし、人権問題のほうは抽象的なので、少しでもそれらしい――たとえば社内に一人、性的マイノリティの従業員がいた、など――外形があれば、17の目標どれかしらにひっかかってくる。なので、実態いかんにかかわらず、「取り組みを行っています」とこじつけることは事実上誰でも、どんな企業でもできてしまうのです。

国連は民間への普及を図り、親しみやすいロゴやアイコンでポジティブなメッセージを発したはずでした。しかしそんな意図とは裏腹に、「SDGsウォッシュ」が乱立すれば、誤解を生じやすくなり、人々や社会からの視線は冷たくなります。「どうせただの建前、美辞麗句だろう」と。ともすれば、その矢は国連に飛んでいきかねません。

本当にこれでよかったのか。2030年に検証すべき課題ではないでしょうか。

なぜSDGsに「学級会的」な雰囲気がしみついたのか?

「みんなで考えよう」「子どもと考える」「地球のために協力しよう」「いっしょにがんばろう」――メディアや書籍でこんなふうに取り上げられているSDGsに、モヤモヤと違和感を覚えてはいないでしょうか? なんだかやけに「いい子」っぽい。読者の性格によってはそれほど気にならないかもしれませんが、人によっては身の毛もよだつとばかりに拒絶反応を起こすのでは、と推察します。

「アジェンダ」は国連加盟国の合意文書です。本来は、グローバル規模のタフな問題に対応する、大人中の大人の世界なのです。

にもかかわらず、なぜ未熟さを感じさせる、いわば「学級会的」な気質がしみついてしまったのでしょうか。この問いに対して、日本特有の現象を指摘したいと思います。

アイコン日本語訳で混入した「道徳的」ニュアンス

「アジェンダ」は国連の合意文書なので、原文は日本語ではありません。企業サイト等では17個のアイコンをこれでもかと見かけますが、アイコンに書かれている標語も翻訳版です。

翻訳者の主観によって原文の意味やニュアンスがねじ曲がってしまった、というのは映画などでもよくある話。なので、ここで原文の一つである英語版アイコンを確認してみましょう。

17の目標アイコン(英語原文版)。

いかがでしょう。読んでみて、さっきの日本語版と何か違った印象を受けませんか?

私がここで指摘したいのは、英語版アイコンに書かれている文言です。英語版のアイコンでは書かれているのが全て「名詞」だということに気づいたでしょうか?

一方、日本語に訳されたアイコンはどうか。比べてみましょう。

17の目標アイコン(日本語版)。

英語原文版と日本語版を比較すると見えてくるのは、日本語版ではアイコンの文言が「~しよう」「守ろう」と「命令形の文」に変化しているということです。

英語版アイコンの文言はすべて名詞であり、シンプルに「17の目標が何なのか」が説明されているだけだったのが、日本語翻訳時に命令形の文に変わったことで、SDGsの目標に「道徳」のニュアンスが混入してしまった――私はこのことを非常に問題視しています。

目標は道徳化された瞬間、全体主義のスローガンへと変貌します。「絶対的に正しいこと」のようなニュアンスを帯びる。神聖不可侵となり、無言のプレッシャーからノーを言えなくなる。同調圧力が生まれる――。

「海の豊かさを守ろう」のアイコンが掲示された下では、「みんな」が参加する週末の浜辺ゴミ拾いボランティアを断りにくくありませんか? 疑問を口にしたら白い目で見られるかもしれない、先生におこられるかもしれない、「みんな」から外されてしまうのでは、と怖くなるかもしれません。

個人の独立性がなくなり、質問できない雰囲気、疑問をはさめない雰囲気になるのは、地球上いかなる集団にとっても危険な兆候です。人々が熱い心で「協力しよう」を連呼していた戦前の軍国主義を想起すれば、誰もが青くなるのではないでしょうか。

新しいことをしているつもり、社会貢献活動をしているつもりの人が、あれこれやっているうちに結局は軍国主義の型に行き着いてしまう――私はここに、近代日本始まって以来の重い病を見た気がしました。

小学生まで推進主体?―素人翻訳が与えた間違った印象

その命令文が文法的にあいまいなのも大きな問題です。「アジェンダ」は国連の合意文書であり、こうした法的文書を作成する際には「名宛人」を明確にするのは基本中の基本です。なのにアイコンの日本語訳が「~しよう」「守ろう」と主語なしの命令文にした結果、SDGsの推進を「誰がやるのか」があいまいにされてしまった。これではまるで一般市民、小学生までが

  • 貧困をなくすこと
  • ジェンダー平等を実現すること
  • 産業と技術革新の基盤をつくること
  • 人や国の不平等をなくすこと
  • 気候変動に具体的な対策をすること
  • 海の豊かさを守ること
  • 陸の豊かさも守ること
  • パートナーシップで目標を達成すること

を国連の合意文書から義務付けられているかのような間違った印象を与えかねません。私が本稿で「第一義的な推進主体は各国政府だ」と何度も意識的に確認したのは、世に出回っている情報の大部分にそうした誤解がしみこんでいるのが見えるからです。

以上のように、日本語版アイコンの、SDGsが「みんな」が守るべき「道徳」かのような誤解を招く表現は、致命的な問題です。

17のアイコン翻訳の責任者は?

では、こんな誤訳に限りなく近い日本語訳は、いったい誰が行ったのでしょうか?

その答えは国際連合広報センターサイトにあり、「日本語コピー制作協力 博報堂クリエイティブ・ボランティア」とされています。

博報堂は広告代理店なので、なるほど、コピーライティングに関してはプロ集団でしょう。しかし、彼らは法政策や人権の考え方では素人です。商品がよく売れるキャッチコピーと、法政策や人権論で求められる文はまったく違うのです。

17の目標アイコン翻訳時に「道徳的」ニュアンスが混入したことで、人々のSDGsに対する認識や世間のイメージはゆがんでしまったと思います。「アジェンダ」をしっかり読んでみれば、そこに書かれているのは飢餓への食糧支援などであって、本来は賛成派と反対派に分かれるような内容ではないのですが、「道徳」となれば反発が生まれるのは避けられません。この「道徳化」という忌むべき事態が、私が「基本事項の確認」と「批評」の2点が必要だと訴えている所以でもあります。

「みんなで守ろう一人の人権」という誤謬

以上は日本語訳に含まれる致命的な問題でしたが、では、翻訳にあたった博報堂のボランティアはなぜ根本的な部分を正しく理解できていなかったのか、その原因にも触れておきたいと思います。SDGsを「道徳」に変えてしまう、その思考回路です。

私がSDGsを扱うメディア、特にネットメディアを見ていると、いわば「学級会人権論」とでもいうべき質の低い情報が氾濫しているのが気がかりです。いま多くのメディアで語られている差別反対や平等推進の声は人権論として未熟であり、誤った意識がみられることを、ぜひともここで指摘したいと思います。

人権概念への根深いかん違いは、なにもいまに始まったことではありません。たとえば、小学生の「人権ポスター・標語コンクール」で「みんなで守ろう一人の人権」といった標語が優秀賞に選ばれ、自治体の選考が問題になった、といったケースは、残念ながら前々からずいぶんあります。

「『みんなで守ろう一人の人権』のどこが問題なの?」と疑問に思った方もいるかもしれません。なので事実を説明すると、まず、人権という概念は第一義的には対国家です。最近では「人権侵害」というとほとんどは私人同士のトラブル、それこそ長時間労働やパワハラ、小学生だといじめのことを指すようですが、もとをただせば、「人権を侵害してくる人」といったら誰より先に国家権力なのです。

……次のように考えれば分かりやすいでしょう、いくら横暴なパワハラ上司でも、部下を拉致監禁するとは思いませんよね? でも、国家にはそれをする権力があります。王様や政府が、気に入らない国民を逮捕する。こういう場面を想定して、国家に対して「正当な理由なく逮捕するのは人権侵害で違法です」と主張する、これが第一義的な人権概念です。したがって、「みんな」に向かって「守ろうよ」を呼びかけるのは、人権概念の本道からはズレているのです。

加えて、あなたの人権は、この世にいるすべての他者と緊張関係にあります。たとえどんなに仲のいい相手、信頼できる相手であっても、です。もしあなたが誰もいない宇宙にたったひとりでいたとしたら、何をするのも絶対的に自由です。人権侵害は起こり得ません。しかし、そこに一人でも他者が加われば、あなたの自由には制限が生じます。他の人にも自分と同じ人権があるので、調整が必要になるからです。したがって、「一人の人権をみんなで守る」等々は、話として破綻している。「人権」への理解としては誤りなのです。

人は誰しも小さな世界から人生をスタートするもの。「みんなで守ろう一人の人権」という標語を考えた小学生は、きっとクラスでのいじめを想定して、「いじめられている子がいたら孤立させないで、みんなでその子を守ろうね」というつもりだったのではないかと思います。ただ、こうした学級会の世界での人権論を自治体が優秀賞に選んだ、となったら問題です。これと似たようなケースがあちらこちらで報告されていることから、日本社会にはかん違いされた人権概念が広く深く浸透してしまっていることが浮き彫りになっています。

SDGsについて新聞やテレビで発言したり、ネットに記事を書いたり、アイコンを翻訳した広告代理店従業員の思い描く「人権」が、じつは「学級会人権論」止まりだった――そういうケースがあまりに多いんですよね。「学級会人権論」で頭が固まっているなら、やることなすことすべてがそのレベルになってしまう。悪意はなかったかもしれませんが、それによって質の低い情報やまちがった人権意識を人々に広めてしまっているのは事実です。SDGs関連団体に所属して活動を行っている、学生で「ファシリテーター」となって文を書いたりしている、などという人は、人権に対する自分の考え方や意識が本当に適切かどうか、直ちに見直すべきでしょう。

玉石混交な情報があふれる状況では、受け手側の態度も大事です。テレビ、新聞、書籍、ネットメディア……その情報が正しいかどうかは自分で判断する、主体的で自立した態度が大切です。

SDGsの大衆化―質の低い情報があふれた背景

SDGsには前身、MDGsがあります。しかしMDGsの一般への知名度はないに等しく、一応ロゴはあったのですが、町で見かけることは一度もありませんでした。

なのになぜ、SDGsは2人に1人が聞いたことがあるほど有名になったのでしょうか?

その理由は、国連が民間への普及を目指したことにあります。そこに、普及先である「民間」が現代においては「大衆社会」を意味する、という時代背景が重なりました。

活動への門戸をあらゆる人に開くのは、民主的といえばそうではあります。

しかし大衆社会に広まるなら、上で指摘したような誤解のある人、読解力が十分でない人などが参入する結果となります。そういう人を含めた「伝言ゲーム」によって、あやふやな情報、誤った情報は爆発的に増えました。学生や市民団体レベルのメディアで「学級会人権論」が堂々と語られているのもその一つです。

情報とは、なにも新聞やテレビ、ネットメディアの記事やSNS投稿だけをいうのではありません。CM、パンフレット、本の帯……広告の類も情報のうちです。ひとたび「流行語」となってしまえば、国連が本来意図しなかった宣伝文句にも登場するという結果は当然生じてきます。「渋沢栄一はSDGs」などというのはそのいい例で、たまたま大河ドラマをやっていて売り出し中だから、話題性にブーストをかけようと別の流行語を引っぱってきた。

流行語である以上、言及する人や場面も様々になります。筋肉を鍛えるフィットネスジムのヨガクラスなど……。

21世紀のいま、人類社会には世界的な大衆化が起こっています。

社会運動の大衆化は諸刃の剣です。一方では、民衆に広まり親しまれ、多く語られることで人権問題が告発されたり、人数の多さと熱気をおびたうねりが社会を改善する原動力になったりと、民主的な社会に接近していく。他方では、いいかげんな情報やデマ、感情論が爆発的に増え、誤解や混乱を招き、社会改善運動を台無しにすることもあります。近年ではポピュリズムが世界各国を荒らしまわったりSNS上の陰謀論やヘイトスピーチが猛威を振るうなど、大衆が大衆自身に破滅を招く例には事欠きません。

国連が目指したSDGsの「民間への普及」は、現代においては「大衆化」とならざるを得ませんでした。そういう時代、そういう社会環境なのです。練りに練られた「アジェンダ」が大衆化、俗流化して質の低い情報が氾濫したことは、今後検証すべき課題だと考えます。

取り組みはバラバラなほうがいい理由

先に確認した通り、「アジェンダ」で掲げられている目標に新しさはありません。これまでも数多くの企業、団体、あるいは個人が貧困への支援や途上国の教育支援、不平等の解消を目指す活動などをしてきました。

ところが、国連のアジェンダが世間に広まり、大衆化すると、人々の間にはある流れが生まれてきます。さまざまな企業や団体、あるいは個人によって行われてきた「持続可能性」にかかる活動が、「SDGs」という概念に吸収、統合されていく現象が生じたのです。

本当にそれでいいのか、問題はないのか――ここに新たな論点が出てきます。

ビジネスで加速する同調圧力

いま企業がこぞってSDGsへの取り組みをアピールしているのは、社のイメージアップやビジネスチャンスにつながるからです。一般消費者に自社製品を選んでもらえる。同じアピールをしている企業と新たな取引の可能性が開ける。会社によっては、官民ファンドに入りたい、政府からアワードをもらいたい、などという意図もあるでしょう。

もとよりビジネスは魔物です。いともかんたんに暴走する。ビジネス系のメディアでは、「SDGsを打ち出さなければ取引してもらえなくなるのでは」というプレッシャーがささやかれており、公表のやり方への需要が高まっているのが目につきます。

これでは同調圧力です。みなが一つのものへなだれ込む。

たとえSDGsへの取り組みが最初は好感をもって受け止められたとしても、それが市民の間に同調圧力を生じさせ、猫も杓子もやらざるを得なくなり、暴走状態になるなら、問題案件に変貌していくことが予測されます。

たいてい、上記で扱った通り、企業の取り組みアピールと実態は必ずしもイコールではありません。にもかかわらず、取引相手をパンフレットにカラフルなアイコンが踊っているかで決めてしまっていいのでしょうか?

それに、論理上、持続可能な経営の鏡とでもいうべき会社がそうは名乗らなかった、といったケースはあり得ます。SDGs推進は一義的に国連加盟国の政府が行うべき取り組みであって、一般市民にこの概念にすり合わせる義務はないからです。にもかかわらず、事業や社会貢献活動を通じて貧困への支援を行ったり、製品にリサイクル素材を使用したり、多様な人が働きやすい職場環境を整備している企業は「SDGs」だと名乗らなければならないのでしょうか? 社会への取り組みを自らの言葉、自らのビジョンで主導する自由がさまたげられていることに、私は息がつまる思いがします。

筆者は、ビジネス界で生じたこのような動きが直ちに社会の害悪になるとまでは考えていません。言い換えれば、この点への危機意識はそれほど高くない。ただ、すでに指摘した「道徳化」の問題然り、同調圧力然り、もし読者がSDGsをめぐる状況がどこか腑に落ちない、何かいやな雰囲気がただよっていると感じていたとしたら、それには確固たる理由があると思います。

表現・言論は独立すべし

先に紹介した通り、私は社会の持続可能性を執筆活動の主要テーマの一つにしてきました。

その私から見て、表現・言論分野の自立性なき現状には苦言を呈さざるを得ません。表現者・言論者は、国連という巨大な影響力を持つ組織から独立していなければならないと、この場で訴えたいと思います。

大衆社会に放たれたSDGsという言葉が「吸引力」をもつに至った現状において、表現者・言論者の活動がそれに吸い寄せられたり、あるいは吸収されその一部になってしまうということがあれば、それは表現の自由が事実上機能しなくなることを意味します。表現者・言論者が国連ととけ合ってしまうなら、誰がチェック機能を果たすというのでしょうか。

言論は、着眼や立論も含んで言論であるということを忘れてはなりません。何が問題か、複雑で多層的な現実のどの範囲までを区切って論じるのか……そういった論の枠組みを決めるのは、表現者・言論者自身です。

「アジェンダ」は当然ながら一般市民に義務を課しているわけではないのですが、企業がなだれ込んだことで「統合」の流れが生まれてしまったのは、自由な表現の委縮につながり問題です。

自由という観点からは、社会問題や持続可能性への取り組みはSDGsに統合されることなく、各個が独立して行っているほうが適切なのです。私はこれからも、独立した立場で、自分の言葉、自分のやり方を貫きます。

結論:「現象」としてのSDGsはカオス

以上、SDGsをめぐって社会で起こっていることを見てくると、状況はもはやカオスである――私はそうとしか言いようがないと思います。

取り組みを公表している企業・団体は多かれど、その実態はさまざまです。片方には、従業員が長時間労働から辞めていったら会社は続かない、このまま資源を消費すればゆくゆく原材料がなくなる、といった考えから組織づくりに励んでいる経営者がいるかと思えば、口だけの会社、政府からの利権目当ての会社、トレンドに流されているだけの会社もある。

情報もまた、玉石混交を極めています。発信元が大手メディアならそうそう間違っていないことが多いですが、一般の財団などになれば、たとえサイトのデザインは立派でも「学級会人権論」に陥っていたり、バッシング趣味の感情論に走っていたりするのはしばしばです。かと思えば、大手メディアでも「学級会」になってしまって成熟した議論ができず、誤解を招くような場合もある。

宣伝文句もそうです。リサイクル素材を使用した衣料品メーカーが「リサイクル素材を使用しました」と商品説明に書いたなら、それは本当のことなので何も問題ありません。また、ヨガインストラクターであれ誰であれ、世間で話題になっていることを話題に出すのは自由です。やましいことではありません。しかし他方には、便乗的な宣伝文句もあふれかえっている。

皮肉なことに、国連がSDGsを一般市民に親しみやすい形で広めたゆえ、一般市民には情報の質を判定できるより高度な知識が求められる状況となっていましました。

もっとも、国連というのは、1日125円未満で生活している人々など命にかかわる人道危機を念頭に置いているような国際機関です。国連は今日この瞬間も、貧困支援にノンストップで取り組んでいる。とある先進国で従業員を過労死させた電機メーカーが「働きがいのある人間らしい雇用」をうたっていようが、そのせいで食糧や医療物資の輸送トラックが止まるわけではありません。地球規模の大きな視点で見れば、CO2排出量削減に取り組む企業の数が増えれてさえいれば結果は出るでしょう。グローバル規模の問題に取り組む国連にとっては、言説や活動の大衆化や質の悪い情報はローカルな問題にすぎず、眼中にないのかもしれません。ロゴ・アイコンの使用ガイドラインには免責事項として

ある主体によるカラーホイールを含むSDGsロゴとアイコンの使用は、国連が当該主体、その商品もしくはサービス、または、計画中の活動に支持を表明していることを示唆しない。

さらに翻訳についてまで

国連は、SDGsアイコンの非国連公用語への翻訳により生じるいかなる責任も負わないものとする。

と最初から記載されています。

それでもなお、ローカル規模とて、上記のようなカオス現象は無視はできないはずではないでしょうか。いいかげんな情報が氾濫する、人々に誤解や混乱が広がる、個人の独立性がおびやかされる……それらもまた、人類が自らに破滅を招く原因になるからです。

このカオスは、2030年には終わることがすでに確定しています。2030年には、国連はSDGsの民間普及、大衆化、俗流化、カオス化について検証すべきだと提言します。

結びに―確認と批評を終えて

以上、SDGsの「基本事項の確認」と「批評」はいかがだったでしょうか。疑問の解消、資料探しの手助け、あるいは自分の頭で考えるきっかけなどになったなら幸いです。

わが国、またグローバル社会のそれぞれで、持続可能性はまさにいまの課題として取り組みが急務になっています。人類はこれまでも人道危機に立ち向かい、平和の構築にいそしんできました。国連で採択された「アジェンダ」はその延長線上にあります。

論点はまだまだあります。人類社会の持続可能性という目標と、それを達成するための手段。あなたはどこにどんな角度から着眼して、どう評しますか?

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