これまで個人情報流出事件やSNSアカウント乗っ取りに関する記事で、私たちの個人データが現在どのように扱われているか、そしてそれが悪用された最悪のケース等をそれぞれ論じてきました。今回は、その時には触れなかったポイントカードと私たち消費者のプライバシーについて、旧Tポイントの盛衰を追いながら解説していこうと思います。
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目次
(旧)Tポイントが変えた、ポイントカードの世界
従来、ポイントカードといえば、各店舗やチェーン店が独自に出している紙のスタンプカードなどのことを指していました。
例えば、町のラーメン屋で「スタンプを5個ためると次回チャーシュー1枚プレゼント」とか、アパレルショップで「1000円お買い上げごとにスタンプを1個、全部押し終われば1000円の割引券になります」といったもの。あるいはスーパーや家電量販店などは「100円=1ポイントでそのまま現金として使えます」というように独自のサービスをしていました。
こうしたポイントカード事情をがらりと変えたのが、旧Tポイントカードでした。
旧Tポイントカードは、もとはレンタルビデオ店・ツタヤのポイントでした。それが、コンビニやレストランなど他の店でも使える共通のポイントカードにしたことで一気に急伸。「共通ポイントカード」というジャンルを打ち立て、その業界で一強と言われるほど勢力を拡大したのでした。
一般消費者にとっては、共通ポイントカードは財布に一枚入れておけばいろんな店のレジで出せるので便利です。そして何より、ポイントをあちらこちらでためたり使ったりできるので、お得感もあります。
ただ、いまはコンピュータープログラムが発達したデジタル時代。Tポイントのような共通ポイントカードには、一般消費者のプライバシーに深い危険性があります。IT業界にある程度詳しい人なら即座に身構えるほど怖いのですが、世の中全体を見渡せば、「便利」と「お得」の裏側に気付いている人はごくわずかにすぎません。
「データ分析産業」の急な台頭
では、ポイントカードのどこがプライバシーの危険につながるというのでしょうか? ここからは、その背景や事の成り行きを解説していこうと思います。
さて、あなたは「データ分析産業」というのを聞いたことがあるでしょうか。データ分析は、近年急激にのし上がった巨大産業です。私はこれまでの記事でも繰り返し取り上げてきました。
この産業を可能にしたのは、コンピュータープログラム(最近はオシャレに「人工知能(AI)」と呼びたがる人が多い)の発展です。
データの検索、照合、並べ替えは、コンピューター(=電子計算機)がもっとも得意とする作業です。かつて、企業はいくらお客のプロフィールやアンケート結果等(コンピュータープログラムの発展にともなって「ビッグデータ」と呼ばれるようになった)を集めても、手間がかかりすぎるので手のつけようがありませんでした。それが最近のコンピュータープログラムにより、処理可能となったのです。放置されていたデータの山が、ここ十数年で突然スポットライトを浴びるようになりました。
巨大産業にのし上がった、ということは、データ分析産業にはたくさんの顧客が付いたわけです。データ分析会社の客は、企業です。つまり、企業は大金を払ってまでデータ分析会社からデータを購入しているということ。これが、データ産業側がビッグデータを「21世紀の資源」と呼んでもてはやす所以です。
また、GoogleやFacebookをはじめとするIT企業は、データ分析プログラムの開発に巨額の投資をしています。巨額投資に勝る巨大な利益を生み出せると考えているからです。
では、大金をはたいてまで人々の行動パターン、願わくば個人のデータを手に入れると、一体何ができるというのでしょうか?
いま何が起こっていて、何が問題なのか~SNS史上最悪の事件
私は以前より、「個人情報」と聞いたら米トランプ大統領を連想するよう提案しています。まず最初に最も怖いケースを頭に置けば、問題点がはっきりと見えるからです。
結論を一言で言えば、個人情報を手に入れれば、人々の心理を裏から操作できるのです。……SFホラー映画みたいな話ですが、それを現にやってのけたのがトランプ陣営でした。トランプ氏に雇われたデータ分析会社Cambridge Analytica(ケンブリッジ・アナリティカ)は、Facebookから流出した8000万人以上の個人データを分析し、選挙戦の広告などに利用することで、人々の心理をトランプ氏への投票へ誘導したとみられています。
Cambridge Analyticaはトランプ氏の勝利パーティーに出席しており、”We did it!(やったぞ、成功だ!)”と喜び祝っていた。「良心の呵責に耐えられなかった」という同社元従業員は、そう証言しています。クライアントであるトランプ氏を当選に導いたことで社の実力を証明できた、というわけです。トランプ氏の予想外の当選は、個人データとその分析・活用によってもたらされたのだ、とまでいわれています。
個人情報を集めれば、極端な話、世の人々を大統領選挙であんな情緒不安定な人物に投票するよう誘導することだってできてしまう。怖いどころの騒ぎではありませんよね。SNS史上最大最悪といわれる同事件については、以下の記事で詳しく解説しました。
事件詳細:インターネットからの個人情報流出事件解説と、自分でできる対策
最悪なケースから見えてくる、個人情報の本当の意味
すべての行動には、その人の人物像が表れます。
行動データを分析するという行為は、まるでタンスの引き出しを順々開けていくかように、あなたの頭の中身を閲覧して、あんなものがあった、こんなものが入っていた、あれとこれはこう関係していて……などとこねくり回すことに他なりません。
こうしてあなたの行動を分析し、まとめ直したデータ分析会社は、それをあなたとはまったく関係ない誰かのために利用できるのです。自分の行動データは、一体誰に買われているのか? ……想像しただけで気分が悪くなったかもしれません。
個人情報を手に入れた者は、人々の心理を陰から誘導できてしまう。あなたに特定の商品を買わせることも、特定の政治家に投票する気を起こさせることも……。私たちは、それが可能になった危うい時代の真っただ中を生きているのです。
人の頭の中身は、モノではありません。プライバシーは、人間の尊厳に直結しているのです。
ポイントカードがかつてない「ストーカー」に
では、以上のようなデータ分析の怖さと「ポイントカード」は、どこでどうつながっていくのでしょうか。
結論を一言で言えば、買い物するたびにポイントをつけるポイントカードには、個人情報が大量に集まります。
Tカードのような共通ポイントカードの場合、収集されるデータには、
- 氏名
- 住所(居住地域)
- 電話番号
- メールアドレス
- 生年月日(=年齢)
- 性別
- 職業
- 家族構成
- 購入した商品名
- 購入日時(何年何月何日何曜日何時何分まで正確に)
- 購入した店舗の位置/ネットショップならインターネット接続環境等
- クレジットカード番号
- クレジットカードの利用履歴
などがあります。
そりゃあ会員登録したし、レジでカードを出したんだからそうだろう……といえばそうなのですが、もしかしたらこの時点ですでにぎょっとした人もいるかもしれません。
たとえば、もし見も知らぬ人から「あなたは2018年11月14日水曜日7時34分にコンビニ○○駅前店でホットコーヒー(S)と週刊××を、同日12時13分に薬局○○通り店で鼻炎薬と裏起毛くつ下(紺)2足、12時24分にコンビニ○○通り店でチャーハン・シューマイ弁当を、17時26分にスーパー○○店で30品目サラダ2パック、ケチャップ(中)1本、健康緑茶(500ml)2本、ティッシュペーパー1箱……(中略)……を買いましたね?」なんて言われたらどう感じますか? どんなストーカーだ! 一体今までどこに隠れてつけ回してたんだ! そんなふうに悲鳴を上げるでしょう。ところが、現代社会ではこういったことは広範に行われています。この新手の「ストーカー」は目に見えにくい、というだけなのです。
「Google社は、生涯の大親友よりも配偶者よりもあなたをよく知っている」という有名な格言があります。オンラインショップやSNSはもちろん、スマホアプリなどを介して、本人すら覚えていないような事細かな行動データがどこかに記録されていることは、現代社会ではよくあります。ポイントカードも、使いようではそういった「ストーカー」の一つとなり得るのです。
買い物履歴からはこんなことまで分かってしまう!
さらに、企業による分析が加わると、集まったデータは姿を変えます。あなたのライフスタイルはもちろん、個人的な心の奥深くや、社会的立場、健康状態など、極めてデリケートな情報まで描き出される可能性があるのです。
たとえば、ネットショップで「このアカウントの人は粉ミルクを買った」というデータがあれば、その人には離乳前の赤ちゃんがいる、と推測できますよね。その購入日時から3年が経っているなら「おそらく現在3歳の子を育てているだろう」という推測が成り立ちます。これらの推測は、高確率で当たります。「粉ミルクを買った」というデータだけで、本人に直接質問するまでもなく、その人の年齢や家族構成がまるわかりになってしまうのです。
さらに、「ある男性が、バイク雑誌と、政治家××を批判する本と、コレステロールはどうすれば下がるかについての本を買った」というデータを見たら、あなたはどう考えますか? おそらく彼はバイクが趣味で、政治家××に批判的で、コレステロールが高いことに悩んでいるのだろうと推測できますよね。つまり、買い物履歴さえ手に入れれば、彼の個人的な悩みや政治思想、健康状態まで分かってしまうということ。さらに、買った商品や購入場所のデータがたくさん積み重なっていけば、彼の購買力、つまり収入まで推測できるかもしれません。
このように、ポイントカードには、あなたの極めてデリケートな個人情報や、驚くほど深い心理まで集まります。「お得なサービス」なのは見せかけにすぎず、本質的にはポイントサービス自体がビジネスなのです。
心理誘導の今昔―人の欲望は作り出せる
以上のようにして、集められ、分析された個人の行動データは、企業側の販売戦略に利用されます。
販売戦略といったら、どの商品がよく売れているかなど客全体の動きをつかんで仕入れに活かそう、というのは容易に想像できるでしょう。これだけなら、消費者としてはあまり抵抗感はないかもしれません。しかし、企業はもっと個人を見ています。商品を買いそうな人をはじき出して宣伝を送り、買わせようとするのです。
最近買った物、ほしいと思っている物、望む生き方。それらは本当にあなたの意思だったでしょうか?
「人の欲望は作り出せる」ということ自体は、新しいことでもなんでもありません。コンピューターがない昔から、人にモノやサービスを買わせたりする方法はありました。そしてそのような心理誘導は、ごく普通に行われてきました。
一例として、「マイホーム神話」はあまりに有名です。テレビのニュースやドラマ、娯楽向けの雑誌、映画やマンガに登場する家族をはじめ、世間のあちらこちらで「マイホーム」が話題にのぼっている。繰り返し流れるテレビCMでは、陽光さし込むすてきな戸建住宅で、夫婦と子どもが笑っている。こうして、本来はまったく別の話のはずの「住宅」と「幸せ(のイメージ)」が人工的に結び付けられ、人の心の奥に眠る競争心もあいまって、やがては猫も杓子も「マイホーム」をほしがるようになる。このようにブームを人工的につくることで、人々の心理を誘導するわけです。マイホーム神話の時代、純粋に自分の意思で住宅を買うと決めた人などいったい何人いたのでしょうか。世を席巻したマイホーム願望のほとんどは、姿も見せぬどこかの業界人が、田植えマシンのごとく人々の心に植え付けた欲望にすぎませんでした。
新しく登場したのは「パーソナライズ」された心理誘導
では、最近の心理誘導は何が違うのでしょうか?
その新しさは、高度な「パーソナライズ」にあります。従来のテレビCMなどは不特定多数に向けた広告ですが、コンピュータープログラムの発展により、いまではあなただけにぴったり合った販売戦略がはじき出される時代になりました。
上記の「この人は3年前に粉ミルクを買った」というデータがあれば、3歳児向けの子供服やおもちゃ、教材などのカタログを郵送するとか、ネット上でそれらの広告を表示させるといった販売戦略が可能となります。また、もしあなたがネット上でバイクの広告ばかりを見かけたなら、それは偶然ではありません。最近バイクについて検索したとか、バイクのサイトを見た覚えがあるはずです。とりわけネット上では、あなたのこれまでの行動履歴によって表示される広告が決まりがちです。
テクノロジーの発展により、こうした広告のパーソナライズはさらに加速していくと考えられます。「バイクに興味のある方はこちらにも興味を持っています」という形式の「おすすめ」が暴走すれば、しだいにどこからがあなたの意思だか分からなくなるということが起こるのです。
「お得」への疑問符今昔
ポイントというのは長年、お店の売りでした。お得意様になってくれるよう、特典をつけるわけです。一般消費者の側でも、「ポイントをためてお得に買い物」は「生活の知恵」として語られることすらありました。
ポイントカード普及のデメリットが指摘されることは、かねてからなかったわけではありません。市場全体でみれば、商品の価格が割高になりかねないからです。たとえば、家電量販店Aで独自のポイントシステムをやっていて、商品価格はあまり下げないけれど「ポイント還元」という形で値引きをしているとします。ところが同業のBやCもそれぞれ同じことをしている。なら、家電量販という業界でポイントが普及していなければ、商品自体の価格をもっと下げられたはず。ポイントシステムが普及しないほうが、市場の価格競争は活性化されるのです。
それでも、指摘されるデメリットは「囲い込み競争の弊害」でした。ポイントはあくまでおまけだったので、一般消費者が「怖い」と言うことはあまりありませんでした。
サービスしているのは、ポイントをもらう側である
それがいまや、無料でサービスしているのは、ポイントカード利用者のほうだ。しかも皮肉なことに、お得意様になればなるほど、事細かな行動データを企業にゆずり渡している。その人の尊厳にかかわる大切な個人情報をたった数ポイント=数円と引き換えるなら、フェアなトレードとはいえません。こういうシーンを見かけるたび、私は何とも言えない気分になります。
コンピューター関連技術は、急速に移り変わる分野です。10年前の常識は、もう通用していません。
プライバシーは人間の尊厳に直結していると言いました。各ポイントカードとの付き合い方は利用者一人ひとりが決めることだ、とも。しかしその判断がどうであれ、私たちが今どういう世の中を生きているのかを知っていなければ、主体的な判断や自己管理はできません。
2019年消費増税とキャッシュレスでのポイント還元解説
一世を風靡したTポイントカードでしたが、世の中の情勢はしだいに移り変わっていきました。その一つが、ポイントというジャンルに登場した「キャッシュレス決済(スマホ決済)」という新参者です。「〇〇ペイ」の類です。
2019年10月、政府は消費税を10%に引き上げると同時に、キャッシュレス決済によるポイント還元事業を開始しました。
この制度は、消費者が対象店舗で買い物するときにキャッシュレスで支払うと、中小規模事業者では5%、フランチャイズ店では2%がポイントで還元されるというもの。ポイント還元が行われるのは、2019年10月1日~2020年6月末までの9か月間です。消費増税で客足が遠のくであろう競争力が低い中小店舗を支援することが、本制度の主な目的とされています。
「こんなにお得に!」と盛り上がり、ポイント還元を存分に利用する方法を解説する雑誌。どのスマホ決済がおすすめか、表を載せる比較サイト。スマホ決済の始め方をやさしいイラストで説明するパンフレット。巣鴨へ撮影に行き「デジタルに弱いお年寄りがキャッシュレスを使えない」様子を流すテレビ――。
しかし、ここまで読んできた読者には、キャッシュレス支払いの裏側がもう見えているはずです。
企業の「買い物履歴争奪戦」
ここで、スマホ決済サービスを展開する企業の立場に立ってみましょう。
スマホ決済には、代表的なだけでもLINE(LINE Pay)、ヤフー系列(PayPay)、楽天(楽天ペイメント)、NTTドコモ(d払い)、メルカリ(メルペイ)、KDDI(au Pay)、みずほ銀行(J-Coin Pay)など、多くの企業が次々と参入しています。比較的かんたんに参入できるからです。今回のポイント還元制度では、政府がこういったキャッシュレス決済業者に補助金を出しています。
スマホ決済業界は、競争がいちだんと激しくなっています。では、先に挙げたような企業は、具体的に何を奪い合っているのか? スマホ決済業者の競争とは、「買い物履歴の争奪戦」のことをいいます。一般消費者はぎょっとするかもしれませんが、法人・投資家の視座に立てばこれは常識。多くの利用者を獲得した業者は、それだけ多くの買い物履歴を手に入れられるのです。
スマホ決済とは、買い物履歴の分析・利用によって利益を出す「ビジネス」です。「無料であなたのお財布を軽くしてあげますよ」などというボランティアではありません。
ポイント還元という甘言
これはえげつない! 今回のポイント還元制度の中身を読んだとき、私は閉口しました。以下、4点を指摘しておきます。
第一に、先ほど、政府がキャッシュレス決済業者に補助金を出していると言いました。もっと突き詰めると、補助金を受け取っているのは決済業者だけではありません。政府は、キャッシュレス支払いを導入する店舗にまで補助金を出し、決済業者への手数料は一部、端末代は全額を負担しています。つまり、政府はキャッシュレス決済業を全面支援しているのです。
第二に、消費増税の負担軽減措置と言いながら、ポイント還元が行われるのはたったの9か月間です。それに誘われてスマホ決済などのアカウントを開いた人は、制度が終わったあとはどうするのでしょうか。せっかくだから、とそのまま使い続ければ、決済業者は引き続き買い物履歴を手に入れられます。たとえそれきり忘れ去ったとしても、決済業者側はそれまでに得たデータを利用できます。
第三に、データ分析が近年巨大産業になってきたことはすでに解説しました。一般消費者に無料でアカウントを提供し、ポイントをプレゼントするのと引き換えに、買い物履歴を獲得する。のちにデータ分析・売買で入ってくる巨額の利益を考えれば、1円、2円分のポイントをあげるなど「安い買い物」です。
最後に、本制度では、一般消費者への還元はポイントで行われます。現金で、ではありません。ということは、消費者は還元されたポイントでまた買い物をするのだから、決済業者にはここでもまた買い物履歴が流れ込むわけです。
以上のように、本制度において、キャッシュレス決済業者はどう転んだってもうけられるのです。一方、私たち一般消費者は、尊厳ある人間であるにもかかわらず、「21世紀の資源」として鉱山の石炭や海底の石油のごとく掘られる立場に。本制度は、最新のテクノロジーが可能にした「データ産業」が野放しにされた先例となったといえるでしょう。
消費増税の負担感をうやむやにしつつ、国民をキャッシュレス決済業者へ誘い込む――消費増税にともなう「ポイント還元」は、とことんえげつない制度でした。
巣鴨で「スマホ決済はわからないわ」と話すお年寄りがテレビに映れば、「キャッシュレスを使えないのはデジタルに弱いお年寄りだ」というイメージが暗黙のうちに伝わります。政府関係者が「海外ではキャッシュレス決済が普及しているのに、日本ではまだまだ現金払いが主流だ」などと口走るのは、「キャッシュレス=進んでいる、現金払い=遅れている」のイメージを国民に植え付け、キャッシュレスに走らせようとの意図でしょう。
事実は、正反対です。デジタルに詳しくなればなるほど、キャッシュレスには手をつけない。それこそが現代社会の最先端です。
私たちのプライバシーを、データ産業からいかにして守るのか。この問いは、国内だけでなく世界においても議論道半ばです。国際的な議論を深めつつ、国内では立法により規制していくべきですが……。現状では、自分の身は自分で守っていくしかありません。
ポイントとは、どうつき合っていくべきか
では、ポイントとは今後どう付き合っていけばいいでしょうか? ここではアイデアをざっと机に広げ、関連する知識を雑記しておきます。
個人情報の第三者提供を拒否設定に
まずは第三者提供の有無をチェックし、見知らぬ第三者への提供があるならオプトアウトする。これはポイントカードに限らず、どんなサービスでも気づいたときに必ずしておくことを強く勧めます。そうすれば人間関係は自分と相手企業の二者間になるので、自分に関する情報を自分のコントロール下に置いておける度合いが一気に高まるからです。
個人情報の第三者提供設定は、各サービスが、アカウント設定の画面などに設けています。迷った場合は、根こそぎ拒否してしまうといいでしょう。
参考リンク:dポイントカードの使い方から解約まで―リンク付き完全ガイド
いらなくなったらスパッと退会
もしあなたに背筋が凍るような出来事があって第三者提供オプトアウトだけでは気が済まないというのなら、いっそ退会して、もう戻らないも手です。ポイントカードがストレスになっているなら、ばっさり断捨離して肩の荷を下ろすのは賢い選択といえるでしょう。
いらなくなった会員登録、アカウント等は、ほうっておくのではなく、削除・退会するのは、情報漏洩がらみのリスクを下げるための重要なポイントです。とりわけSNSや、職歴、健康などデリケートな内容を含む会員サービスは要注意です。心当たりがあれば、すぐに退会してしまうといいでしょう。
共通カードでは使う先をしぼっておく
共通カードの場合は、個人的に使用先を限っておくのも手です。
たとえばTカードを使うのはツタヤとレストラン何々だけと決めておく、など。こうすれば、相手企業に渡す情報量はうんと減ります。
ちなみに私は、Tカードを持っています。利用は限られた店で月数回あるかどうかですが、ちょっとした楽しみになることはあります。たとえば先日、キーボードをたたきすぎて指が痛くなったことがありました。それで急にアームレスト(手首用のクッション)がほしくなった時、ちょうどたまっていたTポイントで引き換えることができて、なんか得したとうれしくなったものです。そんなこんなでいまのところは持っているつもりですが、永遠にとまでは思っていません。必要性がなくなったり、あるいはサービス自体の変化や社会情勢にともなって不愉快になったりした場合は、スパッと退会してしまうかもしれません。先のことはこの先次第、という感じです。
ビジネスの仕組みを学ぶ
カードの利用者ではなく法人の視点からアプローチしてみるのは、ポイントカードの仕組みを学ぶのにとても効果的です。たとえば、自分がラーメン屋を開いたと想像してみましょう。「Tカードに加盟するとどんなメリットがあるのか」を、店舗の立場から調べてみるわけです。もうひとつ、投資家向け情報にアクセスして決算書や取引先を閲覧すれば、「ポイントカードを運営すると、どこから利益が出るのか」がわかります。
私たち個人にできることはここまで。相手企業は自ら定めたプライバシーポリシー通りにデータを扱っているのか? プライバシーポリシーに記載がない事柄がある場合、それはどうしているのか? そこから先は、他のいかなるサービス同様、あなたが相手企業を信用するかどうかの問題です。
今までを後悔した人のために
データ利用の実態をこの記事で初めて知り、「今までの自分のデータがどこかに出回っているなんて……。どうしよう……」と青くなった読者の姿が目に浮かびます。「会員登録した時にタイムスリップして最初から第三者提供を拒否したい……」とか「現実を知っていたら、最初からTポイントカードなんてつくらなかったのに……」などと後悔はつのるばかり。それでも退会はしにくい、という場合はありますよね。
今までに提供してしまったデータは、もうどうにもできません。
ただ、一つ、救いになる事実があります。
データは、古くなるにつれて価値が下がります。利用価値が減るからです。
たとえば、大手ネットショップで10年前にしきりとフラダンス関係の商品を買っていた人が、今もフラダンスに興味を持っているとは限りません。とっくのとうにあきてしまい、教室をやめ、忘却の彼方である可能性はかなり高いですよね。なら、その人にフラダンス衣装の広告を見せるのは、販売戦略上効果的でありません。会員登録の内容から、その人の年齢や性別がわかる可能性はあります。それでも「10年前にしきりとフラダンスグッズを買っていた」というデータは、もうほとんど役に立たないのです。
なので、今までの自分に青ざめたなら、時が経つのをそっと待つというのも一手です。いかがでしょう。多少は救いになったでしょうか。
おわりに―さようなら、Tポイント
「共通ポイントカード」の先駆けとして一世を風靡したTポイントでしたが、繁栄は長くは続きませんでした。
2019年から2020年にかけて、ヤフーをはじめとした大手加盟店の脱退が相次ぎます。理由は、加盟する店にとってメリットが薄かったことでした。
当初は、「人気のTポイントカードを使える店になれば客を呼び込める」と見込んで、町中の店が我も我もと「T」ののぼりを出していきました。しかし、Tポイント事業に加盟するということは、Tポイントの運営会社・カルチュアコンビニエンスクラブ(CCC)に対してシステム利用料や「ポイント原資」といった費用を払わなければなりません。この負担が重い割には、お客さんに再来店をうながす効果は薄かった。ポイントをよその店でも使えるゆえのことです。しかも、CCCは、加盟店が買い物履歴のデータにアクセスするには別途料金を取るという仕組みを敷いていました。上記で、企業は販売戦略のために買い物履歴を分析していると言いましたが、そこでさらに負担がかかってしまう。加盟店は、自ら独自のポイントサービスを展開したほうがメリットが大きいのだと気付いて、次々離脱していったのです。
こうして「Tポイント離れ」が進み、メディアでは「CCCは非常に苦しい状況にある」と関係者の声が報じられるようになりました。そしてとうとう、2024年4月にはSMBCグループの「Vポイント」に吸収される形で統合され、「T」のロゴは町から姿を消したのでした。
冒頭で紹介した、筆者の初期デザインのTカード。裏返すと、Tポイントが拡大し始めた当時の加盟店が並び、お客様相談係の電話番号は2006年現在のものと書かれています。
初期のTポイントカードは、「共通」にしたゆえの急伸と衰退を背中で物語っているかのようです。
テクノロジーやビジネスと健全な関係を築く
さて、今回は、SNS乗っ取りや、個人情報流出事件、人工知能を扱った時にはもれてしまったポイントカードについて書き下ろしましたが、いかがだったでしょうか。
私はこれまでIT関連にいくつもの記事を割き、夢中でタイピングしてきました。それくらい重要な案件だと考えているからです。インターネットや関連技術、関連ビジネスによっていま起こっていること――ぎょっとするような一大事も含まれる――は、一般にはあまり知られておらず、関心も薄いのが現状です。
正しい知識は、広く共有すべきです。
発展していくテクノロジーを、いかに正しく健全に使っていくのか。
時には魔物に化けてしまうビジネスを、いかに制御下に置いて、真の「豊かさ」につなげていくのか。
冷静な頭をもって、事実に基づき、ていねいに思考して、きちんと話し合う。人類社会を持続させるための知性は、どんな時代が来ても決して変わることがありません。
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著者・日夏梢プロフィール||X(旧Twitter)|Mastodon|YouTube|OFUSE
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インターネットからの個人情報流出事件解説と、自分でできる対策 – FacebookとCambridge Analytica、そして米トランプ氏の事件を徹底解説しました。徹底解説する価値がある、徹底解説すべき事件だと思ったからです。今回の記事を読んで気になったという人は、ぜひこちらもご覧ください。
公開:2018年11月16日、最終更新:2024年5月19日(Vポイントへの統合に伴い、旧Tサイトでの個人情報第三者提供停止方法の箇所が意味をなさなくなったので削除した上で、体裁を整えるよう再編集しました。本稿はこれが最後の更新になります。)