戦争体験談は現在、風化どころか不足中―各世代への提言

「戦争の記憶が風化している」なんて近年はよく言いますね。実際、戦争世代では心配の声が広がっているようです。

……いや、待ってくださいよ。それ逆、逆じゃありませんか? 「証言はある。だけど人々が関心を持ってくれない」どころか、むしろ逆で「証言が欲しい。なのにない」だと思うんです。聞きたくないなんてとんでもない。私は戦争の証言を求めています。

この記事では「戦争体験が忘れられつつある」という見方に「待った」をかけ、私から各世代へ待ったなしの提言を書き連ねたいと思います。

「戦争証言=つらさの経験談」という現状について

現状、「戦争体験」と聞いて誰もが思い浮かべるのは、つらさ、ひもじさ、むごさに関する話でしょう。たとえば、出征したお父さんが遺髪になって帰ってきて毎晩枕をぬらした悲しみの記憶。学校の軍国主義教育で叱られ殴られた恐怖の記憶。食料も物資も足りず、ついには友達の食べ物を盗んでしまった罪悪感。戦場に送られ上官から「敵を殺してから死ね」と命令され、泥の中でほとんどの仲間が殺され、うめく仲間を捨て置いたあの日の光景。火の海を逃げまどううち目と耳に焼き付いた、異形と化した近所の人の断末魔。死体で水面がおおわれた川。焼野原で見つかった、個さえ奪われ一つにくっついた焼死体の塊。

私もこれまでメディアを通して、又は人づて、あるいは直接聞いてきました。それらは私たちと同じごく普通の人々が人間の尊厳を根こそぎ奪われ、無下に殺されていく出来事が現実に起こったと示す、貴重な証言です。

ただ、こういった戦時下のつらさを語る証言は、戦争証言の唯一の形ではありません。本来、戦争の証言にはさまざまな「視角」があります。「戦争の証言」と「つらい思い出/トラウマ(心的外傷)体験」がイコールでつながっているという特殊な状況が、「戦争を語る」行為の範囲をごく狭くに押しとどめてしまっている。そんな現状に対し、私は待ったをかけています。

一般庶民は戦争を始めること、進めることにどう関わっていたのか。言い換えると、政府高官や軍上層部の面々ではなく、普通の人々は開戦前どこで間違えたのか。何がまずかったのか。私が知りたいのはこのことです。

もっとかんたんに言うと、私たちは、戦争を繰り返さないために過去の失敗から学びたいわけです。そしてその「過去の失敗」とは、「日本人が先の戦争を未然に止められず、自ら惨禍を招いたこと」を指しますよね。だから私は、戦前日本社会が失敗していくただなかを生きていた人々から、当時の様子や身の回りの出来事といった体験談を聞きたいと言っているのです。

そういったアングルでの証言がゼロだとは言いません。しかし、いくらなんでも少なすぎはしないでしょうか。戦争体験談全体では、「つらさ・むごさの経験談」がほとんどを占めています。もっとも、そういった証言の中に一般庶民の言動の断片がまざっていることは多々あります。ただ、そういった断片は聞き手・読者側が探してまとめ直さなければならないし、語り手の意図がそこにない以上、やはり不足感は否めません。

戦時下の生活がいかに悲惨なものだったか、空襲や戦場での体験がどれほどむごかったかの体験談が不要だとは言っていません。今日までの語り部の活動を否定しているわけでもありません。ここは決して勘違いしないでほしい。貴重なお話はあればあるだけいいというのは動かぬ事実です。トラウマの証言は、内容のみならず、語っておられる姿や語るに至った経緯そのものが、人類にとって極めて重要な教訓となります。けれど、欲しいのに不足しているのは、戦争を未然に防ぐ手掛かりとなる証言だ。私はそう訴えているのです。

なぜ戦争体験談を求めているのか

我々が歴史を学ぶのは、過去の失敗を繰り返さないためです。人類が過去に実際おかした悪行は、筆舌に尽くしがたいほど凄惨です。私たちと全く同じごく普通の人々が、ただ痛めつけられ、人間としての尊厳を奪われ、命が消える瞬間まで心身の苦痛にもだえ、無下に死んでいきました。私たちは、自他がそういった言語道断の苦痛を受けるのを避けるため、過去の歴史から学び新しい道を選ぶことができる生物です。

さらに、2019年現在の日本社会には特有の、待ったなしの事情があります。

現在、わが国は多数の深刻な問題をかかえています。持続可能性に疑問符が投げかけられ、国内外の各界で、日本社会は近い将来破綻するとの予測がなされています。論者によっては、あと10年かからずにタイムリミットがやってくると主張します。舵を切るなら、今しかありません。誤解を恐れず強い表現を使うなら、今若い世代は、社会の破綻が決まったらその瞬間に死ねるわけではありません。破綻した社会を生きる羽目になるのです。自分個人が破滅しないためには、今、日本社会の失敗を何が何でも回避しなければなりません。

その回避策を編み出す第一のステップは、社会がここまで追い詰められた原因の調査です。つまり、日本社会がこれまでたどってきた歴史をさかのぼり、分析して原因を洗い出さなければなりません。2019年現在は、太平洋戦争の延長線上にあるからです。先の大戦は、日本史上最も重大な出来事かつ、社会が実際に破局した実例です。そう、日本社会は、現に破綻した経験をもっている。これから社会の破綻を回避するには、その時代の研究が必要不可欠なのです。

にもかかわらず、日本はなぜあの大戦に向かっていったのか、なぜ止められなかったのか、それをひも解くための情報は不足しています。軍部や政府上層部にスポットライトを当てた研究なら一定数はあります。なのに、一般庶民はなぜ戦争を行ったのか、それについての証言や研究は、全体からの比率にして少なすぎる。当時普通の人がどうしていたかという部分に、ぽっかり穴があいているのです。

社会全体を待ったなしで変えなくてはならない今、先の大戦にあたり、社会全体のほとんどを占める一般庶民がどのように破局を招いたのかを学ぶのは急務です。その情報の抜け落ちがどれほど手痛いか、理解していただけると思います。

子どもがみせる嫌悪や拒絶は、正常な反応である

語り部や小学校の先生からは、戦争体験を子どもに聞かせるとつらがる、嫌がるという声があります。これが「戦争体験が風化している」といわれる一因となっています。「大事な話なのに聞いてくれない」と焦りや憤りを感じる方もいるようです。

しかしどうでしょう。

空襲の町は地獄絵図の実体化だった、と聞きます。戦争はもう二度としてはいけないようなひどいものだ、とも。

それへの嫌悪や拒絶は、ごく自然な反応じゃないですか。話を聞いただけで怖くなるのは当たり前です。ましてや小さい子なら、その反応は素直に強く出るでしょう。

もしも「生きた人間が皮膚を焼かれ、ガラスの破片が無数に突き刺さったまま数歩歩き、川に飛び込むと動かなくなった」という話を嬉々としておもしろがる子がいたなら、特殊な嗜虐性があるのではと心配になりますよね。生育に問題ありなので、病院へ連れて行って相談するところです。

戦争体験談から顔をそむける子どもがいたら、むしろ評価すべきではないでしょうか。私は健全な子だと思います。「怖くて気持ち悪い話だ。だけどそれは現実に起こったことで、油断すればこれからも起こり得るし、起こらないようにするには過去から学ぶのが最善策だ。だから聞きたい」と諸事情を考量できるようになるのは、もっと知識と分別をつけてからのことです。

もっとも避けるべきなのは、戦争体験を聞くことが子どもにとって「義務付けでやらされる嫌なこと」、あるいは「嫌悪や拒絶を口にすることが絶対に許されない聖なるもの」となってしまうことだと思います。年齢が低い子は、「感情」という形のないものを正確に言語化することができません。モヤモヤした不満が頭にたまっているうちに、あらぬ言葉――たとえば「この世に絶対的な正義や悪はない」など、戦争体験談とはまったく関連性のない命題――とふいに結びつく危険性があります。たとえ義務だったとしても、これまで多くの人がそうだったように、大きくなってから「あの時は小さかったからそう思わなかったけど、貴重な話を聞けてよかった」と思い直す可能性は十分あるでしょう。しかしこの良き可能性は、どこかで心が屈折してしまうリスクと隣り合わせです。

別の言い方をすると、私は語り部と年少の聞き手の間でコミュニケーションが成り立っておらず、すれ違っていると見ています。

対人関係やコミュニケーションに困難を生じさせる心的外傷の性質に鑑み、私は戦争体験の語り方は定式にとらわれず、語り手個々人に合わせて柔軟であったほうがいいと思います。司会や解説を別の人が担当する等の試みは今までなかったわけではありませんが、柔軟性にはまだ不足感が否めません。先入観を捨て、語り手個人や取り巻く事情を主体的に理解し、クリエイティブに対応すること自体もまた、先の大戦をとらえ直すことを意味します。

あとは何より、語り手ご本人は素直な気持ちを率直に言葉にしていいと感じます。大事なのはコミュニケーションです。「これからする話はとても怖いし信じられないと思うけど、私の身に本当に起こったことです。とても大事な話なんです。二度と誰にもこんなことになってほしくないから語り部をやることにしました」などと、直接的な言葉で「伝えたいという気持ち」を伝えてはどうでしょうか。その気持ちが伝われば、元来好奇心旺盛で純粋な子どもたちは嫌がるどころか、興味をもって真剣に耳を傾けると思います。

政治への無関心は、最近始まったことではない

「戦争体験が風化している」と言われるとき、「若い世代が関心を持ってくれない、政治運動に参加しない」という嘆きの声がよく聞かれます。確かに地方議会選挙で20代の投票率が20%を切ったなど、諸外国と比べて客観的に見れば異常な事実はありますね。

しかし、政治への無関心は、わが国では何百年、あるいは何千年も続く根深い問題です。決して「最近の若い世代」特有の事象ではありません。

その原因に軽く触れておくなら、戦後でいえば学生運動の暴力が「政治参加」のイメージを著しく悪化させたこと、そして歴史上の大きなターニングポイントは江戸時代です。天下泰平という幻想を妄信した日本人は、自分の人生と社会に対して主体性を失いました。実際には、江戸時代は世界に類を見ないほどの監視社会でした。この国は江戸時代が刻んだ傷から、明治、大正、昭和、そして21世紀の今も立ち直れていないのです。ただ、政治を嫌いやすく関わらないのをよしとする風土なら、古来よりありました。集団全体の平穏を守るため、たとえ内容が正当であれ議論というものそのものを嫌う風土です。

もっと言うなら、人々の政治への根深い無関心は、日本が先の大戦に突入した原因の一つだったはずでは? 当時の大人世代がまじめに政治にかかわっていたら、語り継ぐも何も、戦争自体を止められたのではないか。繰り返しますが、政治にかかわろうとしないのは「今の若い世代」だけの病ではありません。

平和は古来より人類の願いです。そもそも、人類がこうして文明を発達させてきたのはすべて、明日の食べ物があるか、生きていけるのかという絶対的な不安や恐怖を克服するためですよね。生活基盤の安定を望まない人間はいません。戦争は心身の苦痛をもたらし、生活を破壊し、命を奪います。それを望む者などいるはずがないのです。

戦争を二度と起こさないためには、これまでより広い視野で先の大戦を再考し、抜本的な改善を行うことが不可欠です。

不足している戦争体験談とは

語り部の方、あるいはこれから声を残そうかと考えておられる方に向け、欲しいのに不足しているのはどういう証言なのかを挙げておきたいと思います。

そのような証言をしている人はすでに世界中に大勢いるので、決して難しいことではありません。

自分が見て聞いて感じたことを、あるがままに証言してほしい。もしできれば、それへの自分なりの分析を加えてほしい。私は以下のような視角での証言を求めています。

  • 戦争について当時の自分はどう思っていたか、およびなぜそう思ったのか。
  • そんな自分について、今はどう思うか。
  • 当時、家族や近所の人など周りの大人は、戦争について何と言っていたか(賛成・反対、熱狂、憂慮、無関心、タブー視、世間の雰囲気などなんでも)
  • 開戦に反対している人は周りにいたか。もしいたなら、それが結果として戦争を止めることにつながらなかったのはなぜか。
  • 終戦について自分はどう思ったか。周りの大人は何と言っていたか。
  • 終戦後の時代には、先の大戦をどう思い返したか。家族や同僚など周りの人々は何と言っていたか。
  • 先の大戦が起こった原因について考えたことはあるか。もしあるならそれは何だと思うか。ないなら、考えなかったのはなぜか。
  • これから戦争が起こらないようにするにはどうすればいいと思うか。

これらが、今後二度と戦争を起こさないための最重要なヒントになります。

2019年現在、大戦を経験した世代は当時の十代、小学生、あるいは幼児がほとんどです。十分な分別がなく、したがってあまり当事者意識はなかったかもしれませんが、見たこと、聞いたこと、そして自分が感じたことは重要な資料です。

そして、大戦当時社会の担い手だった大人世代(2019年現在存命中の戦争経験世代の親・祖父母世代)が戦中・戦後に何と言いどう行動していたかは、とても重要な証言です。

どんなふうに語るか迷っている方には、ドキュメンタリー番組・映画が参考になると思います。たとえば最近では、NHKのBS1でヒトラーの熱烈な支持者だったという人の証言の番組がありました。百聞は一見に如かず。「なるほど、こんなふうに話せばいいのか」と納得できると思います。

例:祖母に戦争体験を聞いてみた

と、この記事で訴えているのが一般論だけだと抽象的で分かりにくいかもしれません。そこで参考までに、私がかつて祖母に聞いたことを、要点だけにしぼって記しておきます。


日本は勝つと思ったか。

――日本は勝つと思っていた。敗けるなんて全然思わなかった。

当時の小学生は学校で軍国主義教育を受けたと聞いたが。

――歴代天皇の名前を暗記した。今でも暗唱できる。あと、体育の時間にみんなでなぎなたを練習した。(なぎなたを構える手つきをして)「ヤーッ」と。

もし東京にアメリカ軍が上陸してきたら、アメリカ兵となぎなたで戦うつもりだったのか。

――(しばらく宙を見てから)いや……。

アメリカに勝てると思ったのはなぜか。

――みんながそう言っていたからだと思う。だから疑わなかった。

補足と解説

祖母は1933年生まれ。祖母の母親は、空襲警報のたび防空壕を走って上り下りしたのが原因で体調が悪化、祖母が小学校(当時の国民学校)5年の時に亡くなった。

「鬼畜米英」に勝つと信じて疑わなかったといえ、祖母に現実感はなかったようだ。今回は分量の関係で削ったが、戦時下の生活は、夜ドラム缶に湯をはった即席の風呂に入ると「今日一日生きられたんだ」と感慨に浸るほど不安なものだったそうだ。そのため祖母は、「戦争はもう二度とやっちゃいけない」と語気を強める。しかしその割には、戦争を他人事のように感じていた様子がうかがえる。戦後の今になってみれば、彼女は「あのころはみんなだまされていた」と語る。ただ補足しておくと、祖母の戦後の経歴に「戦争を二度とやらない」ための具体的な言動は見当たらない。「だまされて」軍国主義に染まるような自分を変えようとした形跡もない。

戦時下でトラウマを負った人は、私の親族と知り合いで数名いる。彼らは戦後をそつなく生きたように見えて、内情ではそれぞれ、仕事でも家庭でも失敗した。祖母もまた、戦中母親を亡くしたトラウマに深層心理を支配され、私には人生の大きな決定から毎日の行動に至るまで、その一生を規定されている様子がが見て取れる。たとえば、祖母はあまのじゃくな言動でしばしば周囲の誤解を招くが、彼女と近しい私には、その目線の先に「そんなことないわよ」と微笑みながらいさめてくれるやさしいお母さんの姿を想像しているのがわかる。他人と会話するときはいつも、「こう答えてほしい」という独特の想定があるのだ。また、さんざん愚痴を言いながらも旧知の人や取引先から離れないことを、他人は「いやよいやよも好きのうち」なのだ、あるいは古くて閉鎖的な人なのだと解釈している。しかし、祖母の心的背景を知る私には、お母さんの残り香のある土地や人的つながりを離れられない心理が見て取れる。祖母の深層心理は会う人誰しもの中に――銀行員や警察官、自分の子どもや孫の中にまで――「お母さん」の影を探し求めている。86歳になる今も、祖母の心は、戦時下で母親を亡くし、泣いている小学生のまま、止まっているのである。


なぎなたといえば、私は祖母と同じ年代の女性の証言を聞いたことがあります。数少ない、一般庶民が戦争にどう関わっていたのかというアングルでの証言でした。私の祖母と違い、彼女は「アメリカ兵を倒そうと本気で思っていた」というので、私には印象深かったですね。彼女は、「今思えば、なぎなたで勝てるわけがない。相手はマシンガンを持っているんだから。すぐやられちゃう」そして「こんなばかばかしいことを人に信じさせてしまうところに戦争の怖さがある」と証言を結んでおられました。

身近に戦争経験者がいるなら、とりあえず話を聞いておくことだと思います。彼らが他界してからでは二度と取り返しがつきません。聞いてさえおけば、どんな形にせよいつになるにせよ、役立たないことは絶対ありません。

マスメディアへの提言:戦争証言に多様性を

「戦争証言」と「つらさの経験談」がイコールでつながる特異な状況は、いかにして作り出されたのか。なぜこれまで証言内容の幅が狭かったのか。要因はいくつもあるので別の機会に回しますが、メディアに一定の社会的責任があるのは間違いありません。

メディアにはこれから、一般人の証言に多様性を持たせてほしいと思います。「戦争証言」と呼ばれ得る範囲をくまなくカバーしてほしい。もしかしたら、取材先のお年寄りがそういう視点で語らないかもしれません。しかし、そこが腕の見せ所です。ジャーナリストは取材相手から話を引き出すプロのはず。長年培った技術をいかんなく発揮し、重要な証言を引き出して、その社会的使命を果たしてほしいと思います。

結びに:必ず未来へつなぐから

戦争世代へ―恥をしのんでお願いします、証言を残してほしいと

戦争体験とは、トラウマ(心的外傷)体験です。

トラウマは、語るだけでも困難です。語ろうかという気持ちを抱えていても、話せない。話そうとしたけれど言葉にならず、口ごもってしまう。人類にとってトラウマ、とりわけ戦争体験を語ることは、アートを超越するアートでありながらそう呼ばれることはない、究極の表現です。職業作家や画家などと違い、語り手が聞き手・読み手に合わせる性質のものではありません。語らなければならないものでもありません。

ましてや、私のような赤の他人が「語れ」とせまるのは恥ずべきことです。すでにボロボロな心に唐辛子をなすりつけるようなことになりかねないからです。

空襲の夜、人生最悪の日々は心に浮かんでくるだけでもつらい、口に出そうとしてもうまく出てこない――分かります。つらい気持ちを誰かに聞いてほしい――そういう方もいるでしょう。自分が残したい証言とはあの悲惨さについてだ――そうかもしれません。

しかし私は、こうしたトラウマの性質を十分承知の上で、恥をしのんでたのんでいるのです。私たち若い世代に、戦争体験を残してほしいと。

若い世代、将来世代のために、どうかもうひと頑張りしてはいただけないでしょうか。

すでに語り部をしておられる方は、いつもの語りに「普通の人は何をしていたか」という視点を付け加えてはもらえないでしょうか。私たちが求める証言をしてはもらえませんか。戦争への嫌悪は、人間なら言われなくても当然のことなんです。「日本人はどこで失敗したか、どうすれば戦争を止められたか」にまで、もう一歩踏み込んで考えてはいただけないでしょうか。

体験をまだ伝えたことがない方は、どうか勇気を出していただけませんか。今の若い世代、そして将来世代のためなのです。

受け取った体験談は、必ず未来につなぐと約束します。というより、それをしたいからお願いしています。過去の失敗から学びたいし、学ぶことが急務なのです。トラウマをお持ちの方にも、恥をしのんで頭を下げます。若い世代、未来の世代が検証できるよう、その時代の証言を残してください。お願いです。

お年寄りがバトンを子どもの手に渡す
受け取りたいから、バトンを作って手渡してください。お願いします。

戦後世代へ―早急に、クリエイティブに、柔軟に、フレンドリーに

戦争経験者の高齢化が進んでいます。

証言が慢性的に不足していても、これまでは時間的余裕がありました。「足りないねぇ」とつぶやいていても――あるいは証言不足に気付いてすらいなかったとしても――いつかは、と楽観できたかもしれません。

しかし2019年現在、タイムリミットは日に日に近づいています。今証言してもらえなければ、私たちがもっとも学びたい歴史は空白のままになってしまうのです。

何が何でも今のうちに、証言を押さえなければなりません。私はなにも、特別な地域活動に参加しなければならないとか、そういうことを言っているのではありません。帰省した時に夕食のテーブルで話題にしてみるとか、そんなミクロなやり方でいい。ほんのちょっとの努力が集まれば、社会の機運は変わります。とにもかくにも証言を今押さえておかなければ始まりません。

また、変な言い方かもしれませんが、戦争証言の場はもっとカジュアルかつフレンドリーであったほうがいいと感じます。聞き手側が気軽に質問できるよう、言い換えれば相互のコミュニケーションを可能にするよう、私たちの心をフレキシブルにすべきでしょう。

戦争経験者によっては、トラウマが深刻で心理的に余裕がないかもしれません。こちらの求めに答えるどころか、しゃべることすらままならない、ペンを持っても言葉が出てこないということが十分あり得ます。そういう場合は、経験者の方には自分の思う証言に集中してもらい、語りに携わる周囲が役割分担することで証言を豊かなものにしていくといいでしょう。

「戦争体験談」を「つらさの経験談/トラウマ体験」だけに押しとどめることなく、「日本人はなぜどのようにして失敗したのか」等のアングルを加えて有機的に、立体的に、生きたものにしていきたいところです。この視点が社会全体に定着することを目指すべきだと考えます。

74年前、日本社会は現に破局を経験しました。そしてその延長線上である今、再び破綻が予測されています。私たちが暮らしているのは、そういう社会です。過去の失敗を検証することで同じ失敗への道を避け、新しい頭で未来へ通ずる道を選ぶ時が来ています。

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語り部は、原爆資料館、各地域の歴史館、空襲死没者祈念館などで活動しています。

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NHKオンデマンド「独裁者ヒトラー 演説の魔力」(前編)(後編) – 一例なのですが、最近見たドキュメンタリー番組です。現在90歳を越えるドイツの戦争経験者が、当時の町の様子、雰囲気、近所であった出来事などを見たまま聞いたまま、ありのままに語っています。証言というのはこんな感じでいいのか、と参考になると思います。