2020年ポケモン新作情報―『ソード・シールド(剣盾)』感想&レビュー公開中!

ゲームの世界的ビッグタイトル・ポケットモンスター、略してポケモン。1996年の第1作目から数々の社会現象を巻き起こし、いまでは世界中で愛されるシリーズとなっています。この記事では、ポケモン新作情報の要点をまとめてから、歴代タイトルを紹介しつつ私の思い出をふりかえろうと思います。

2020年は「バンク」から「ホーム」へ

最新作『ソード・シールド』が発売されたばかりのポケモンシリーズ。2020年は、クラウドでのポケモンあずかりサービス「ボケモンバンク」(Nintendo 3DS、年間500円)がNintendo Switchの「ポケモンホーム」へリニューアルされるところからはじまりました。

「ポケモンホーム」は、バージョンやハードをシームレスにつなぐ総合的なクラウド上のポケモンボックスを目指しており、まずは2月12日にNintendo Switch用が配信されました。任天堂ハードだけでなくスマートフォンアプリもリリースされる予定で、アプリゲーム『ポケモンGO』でゲットしたポケモンも預けられるとのことです。

フリープランでは、ボックス1個分のポケモン(30匹)をあずけることができます。一方、有料のプレミアムプランに加入すれば、ボックスは200個(6000匹)に拡張され、「ポケモンバンク」からの引っ越しが可能になり、ボックス内でジャッジ機能を使えます。プレミアムプランの値段は30日で360円、90日で600円、365日で1950円。

これまで「ポケモンバンク」を利用していたユーザーはおそらくプレミアムプランに入ると思いますが、ハードの代わり目とあり、一度「バンク」から「ホーム」に引っ越したポケモンは戻ることはできませんので、思い残すことがないようご注意を。目新しい点といえば、「ホーム」から直接ミラクル交換やGTSに出す機能がついています。グローバル交換をしている人にとってはとても助かるのではないでしょうか。

手探りしながらのリリースという印象でしょうか。今後はスマホアプリ版のリリース等が待たれるところです。

最新情報や詳細については公式サイトをどうぞ。

https://www.pokemon.co.jp/ex/pokemonhome/

今後の発売予定

有料追加コンテンツ「エキスパンションパス」

1月10日のポケモンダイレクトにて、『ソード・シールド』向けの有料追加コンテンツ「エキスパンションパス」の配信が発表されました。有料追加コンテンツはシリーズ初で、これまでのようにルビー・サファイアのあとでエメラルド、というような「第三のバージョン」発売はないことが示唆されています。

第1弾「鎧の孤島」は2020年6月末までに配信、第2弾「冠の雪原」は2020年秋配信で、エキスパンションパスには両方が含まれます。ダウンロード販売は、すでにはじまっています。価格は2980円。ソードにはソードのエキスパンションパス、シールドにはシールドのエキスパンションパスがあり、逆の組み合わせではプレイできないので注意です。

「ポケモン不思議のダンジョン 救助隊DX」

ゲームボーイアドバンスとDSで発売された『ポケモン不思議のダンジョン 青の救助隊・赤の救助隊』がひとつになったリメイク。ハードはSwitchでグラフィックが絵本タッチにリニューアルされ、新機能が加わるとのこと。発売は3月6日。

体験版からのセーブデータ引き継ぎが可能で、3月15日までに購入すれば早期特典としてマイニンテンドーゴールドポイントが200ポイント追加でプレゼントされます。購入するなら覚えておくべきでしょう。

最新作『ソード・シールド』感想&レビュー

プレイしての感想を書き下ろしました!(感想なので、ネタバレを含みます。)

グラフィックの勝利

新時代のポケモンがハードに求めたのは、シンプルにスペックだったんだ。シリーズ初、据え置き機での完全新作をプレイして、私はそう感じました。

主人公の10歩を、プレイヤーが「旅」と感じられるか。ゲームの操作性は、考えれば奥の深い要素です。マップのグラフィックづくりには、10歩を100歩と感じさせる腕が求められます。プレイヤーが主人公を10歩歩かせても「ちょっとしか動いていない」と感じてしまえば、心にはせせこましさだけが残ります。操作感が息苦しいし、こうなるとゲームは「作業」になってしまうんですよね。しかし、だからといってだだっ広いマップを作ったなら、プレイヤーにとってダルい、めんどうで不親切なゲームにしかなりません。

そこをいくと『剣盾』のグラフィック、そして演出は優れていました。家を一歩出て小川の橋に来た時、「おっ」と期待が高まりませんでしたか?

ふるさと・ハロンタウンの開放的な風景。隣町のポケモンセンターまで見えている。

広い世界に出ていった、という感じがしました。

グラフィックの妙が生きるのは、なんといってもワイルドエリアでしょう。

ワイルドエリアは開放感バツグン!見えている場所は、すべて実際に行くことができる。

うんと遠くの町まで見えています。しかもそれはただの背景ではなく、実際に行ける場所なんですよね。グラフィックが目指す方向性に、ワイルドエリアという概念はぴったりだったと思います。

プレイヤーが「ひろびろ感」を感じられるためには、グラフィックづくりに「思考」が必要です。そしてそのグラフィックを可能にするためには、より高いハードのスペックが必要だった。前作『サン・ムーン』はフル3D化に踏み切りましたが、『ソード・シールド』をプレイしてから思い返すと、当時はハードのスペックに限界が出ていたんだなぁと思いました。

グラフィックの完成度の高さは、マップにとどまりません。ゲーム業界の時流に流され何の思考もなしに「グラフィックをきれいに」を連呼して出来上がったのではなく、きちんと「ポケモンのグラフィック」を作り上げていますね。古典的な草むらは3Dマップときちんとなじんでいるし、シリーズ初のシンボルエンカウント方式も、従来型のエンカウントと並行しているため自然に感じられます。

さらに、本作はイベントシーンへの移行がシームレスで唐突感がありません。映像の演出は、どの一瞬を切り取ってもプロの技そのものです。

3D時代のポケモンが、ひとつの完成をみた。私はグラフィックに絶賛の拍手を贈りたいと思います。

確固たる「原作」としてのポケモン

数ある人気ゲームのなかで、ポケモンはテレビアニメや映画、グッズなどへのマルチメディア展開を大きな特徴としたシリーズです。『ブラック・ホワイト』でストーリーのドラマ性とキャラクターの心情描写に挑戦して以来、本シリーズはそれらの面に重きを置く傾向が続いてきました。とりわけ近年の新作では、主人公にかかわる人物たちのキャラクター描写が作品の骨格をなしていました。テレビアニメでの展開をあらかじめ考慮しているのだろう。私は、「今後ポケモンは『原作』の地位をゲームからアニメにシフトしていくのかな」と感じつつありました。

今回『ソード・シールド』では、確固たる「原作」としてのポケモンを見た。それが私の感想です。

人物キャラは濃すぎず、だからといって淡白ではありません。フィクションの「キャラクター」としての面白味はありますが、目立ちすぎない。プレイヤーが好きなように楽しめるゲームらしいキャラクターづくりだったと思います。

現在、プレイヤーがポケモンに求めるものは千差万別になっています。難易度の面では、手練れの猛者もいれば、はじめてゲーム機にさわる小さな子もいる。作品の方向性では、ゲーム性を求めてタマゴを何百個もかえしバトルタワーや公式大会にいそしむ人もいれば、アニメからポケモンの世界に入りアニメのストーリーを追体験して楽しみたい人もいる。もっとも、プレイヤーによって腕や考え方に差があるのは初代『赤・緑』のころからなのですが、ポケモンが世界規模のフランチャイズに成長した今日、その差はもはや世界に類を見ないほどになっています。実をいうと、『サン・ムーン』という作品から私がもっとも感じたのは、制作者の苦悩や苦渋だったんですよ。プレイヤーの多様性は極値に達しており、もはやすべてのプレイヤーを取り込むのは不可能ではないか、と。

そこをいくと今作『ソード・シールド(剣盾)』は、ポケモンシリーズのアイデンティティと今日の多様化したファンのニーズに絶妙な落としどころを作ったと思います。特定のキャラクターの描写に注力すれば、ゲームという表現、とくにポケモンのような「世界観」で語るような作品では「世界のせまさ」として表れてしまう。つまり、関心が主人公の周り数名だけに集まり、そのメンバーだけでストーリーが決着すれば、世界に無数のいろいろな人が住んでいるという感じがなくなってしまうのです。しかし『剣盾』のキャラクター設定や心情は、ゲームらしいおもしろさと両立しつつよくできており、ドラマ性を要するアニメスタッフもネタに困ることはないでしょう。キャラクター描写を求めるタイプのファンも満足できると思われます。

ストーリーの内容的には、ポケモンらしさがよくでていました。とりわけ、伝説のポケモンの気高さが光っていましたね。

キルクス温泉英雄の湯にいるソニア
なぜ人間は英雄の湯につかれないという決まりになったのだろうか。誰がそう決めたのか。かつて人間はポケモンに悪さをしたのだろうか。想像はふくらみ、考えさせられる。

主人公をはじめガラル地方の人々がみな「スーパースターになりたい!」と一直線になれる明るさや開放感は、本作特有の華やぎを与えてくれました。

リアリティある悪役・エール団

そんな本作、特徴的だったのは悪役・エール団でしょう。

悪の組織はこれまでシリーズ全作に登場してきました。初代『赤・緑』のロケット団はポケモンを使って世界征服をたくらむ犯罪組織でしたが、その後は伝説のポケモンの巨大な力を利用せんとたくらむ組織が多かったですね。『サン・ムーン』のスカル団は、ゴロツキという感じでした。野望や目的はないものの、ただたむろしているうち、時には他の組織と結びつく。

ところが本作のエール団は、犯罪めいたことはなにもしていない人たちです。ただ身勝手なだけ。応援しているマリィがリーグで優勝できるよう、ほかの選手をジャマする。スナヘビの昼寝を応援すると決めたら最後、通りがかった人にブチ切れる。カジリガメの応援をすると決めたら、居合わせた人に無茶を言い出す。

カジリガメを応援するエール団したっぱ
そんな無茶な……。

エール団は、勝手なことを言っては迷惑行為をはたらく人たちなんですね。巨大な野望がないからこそ、「なんかこんな人いそう……」と思えてきます。

「『応援する誰それのためなら』と見境をなくしていく人々」はエール団以外にも点在していて、それがストーリーの一貫性を生み出しています。

ポケットモンスターソードシールドのマリィ
応援するローズ会長のためならモノレールを止めて町を混乱させてもかまわない、という秘書・オリーヴ。当事者でない人は、あきれ顔か、そら恐ろしさか、こんな目を向けている。

本作『ソード・シールド』は、現代の風景をよく取り込んでいます。主人公やその友達は日常的にスマホを使っていて、これから行く町がどんなところかもあらかじめスマホで見ている。SNSも普通に存在していて、へんな髪の

おじぎするソッドとシルディ

も、検索すればすぐ目撃情報が見つかります。ポケモンリーグはエキサイティングで、ジムリーダーはスーパースター。

主人公はスタジアムの大スクリーンに映し出され、映像がネットやテレビで放映されているという、現代的な世界設定。

応援する対象のために見境をなくしていく人々も、残念ながら現代の風景のひとつといえるでしょう。ただそれらはあくまで風景であって、「だからこうだ」と制作者側が舵取りをせずプレイヤーの解釈や感性にまかせる姿勢は、これまたとてもゲームらしい表現ですね。

ポケモンはもともと、虫取りの体験をゲームに構築した作品です。「こんな人いそう」とか「こんなことありそう」と思える世界観を特徴とし、またこのリアリティあふれる世界観が大ヒットにつながりました。『剣盾』は良作だったと思います。ガラル地方の英雄伝説にはやや謎が残る部分があり、それが明かされるのかは今後が待たれるところです。

ポケモンゲームの歴史とエピソード

さて、以下では歴代ポケモンゲームの発売日、ハード、冒険する地方や特徴的な要素などを紹介し、私の個人的な思い出などについて語りたいと思います。

ポケットモンスター赤・緑

1996年2月27日発売。ハードはゲームボーイ。舞台はカントー地方(モデルは日本の関東)。悪役はロケット団。

すべてはここからはじまった。記念すべき第1作目は、今日のアニメやキャラクター商品などを含む「ポケモン」すべての原点です。

本作は、当時のゲーム業界では対戦に少々使われるくらいでほとんど日の目を見ていなかった「通信ケーブル」にスポットライトを当て、モンスターを交換ができるという画期的なアイデアを打ち出しました。「通信交換」という要素を活かすため、出現ポケモンが異なる2つのバージョンを同時に発売するというほかにない展開でスタートしたのです。

世界観の着想は、ディレクター・田尻智さんの虫とりに熱中していた少年時代だということです。話し出せばものすごく深い内容になるのですが、自らのリアルな体験をゲームという形に構築するというこの発想方法は、型にはまりがちなゲーム制作の発想、ひいては文化全体に対する、ひとつの答えだったといえるでしょう。

今日では世界的スターとなったピカチュウは、『赤・緑』の序盤「トキワの森」でたまに出現するポケモンでした。

桜アフロピカチュウ
ポケモンといえばピカチュウ。すべてはトキワのもりからはじまった。

序盤では貴重なでんきタイプだったので、当時のプレイヤーたちは「ゲットしておけばあとがよい」と草むらをかきわけました。のち、ポケモンがアニメ化される際にマスコットキャラクターとして白羽の矢が立ったことで、ピカチュウは「ポケモン」の「顔」となっていきました。

『赤・緑』および下記の『青』『ピカチュウ』は、現在、ニンテンドー3DSのバーチャルコンソールでダウンロード販売されています。

1996年10月15日より、キャンペーンの賞品などとしてプレゼントされた限定バージョン。のち1999年10月10日より、一般販売が開始されました。

ストーリーは赤・緑と同じの「別バージョン」ですが、ポケモンのグラフィックや図鑑の説明が一新されています。

ピカチュウ

1998年9月12日発売。『赤・緑』の別バージョン。

ピカチュウバージョンは、テレビアニメの主人公・サトシと同じような冒険を体験できるのが特徴です。最初にもらったピカチュウが主人公のうしろをついてきて、ふりむくといろんな表情をしてくれます。また、アニメのキャラクター・ロケット団のムサシとコジロウも登場し、アニメの世界観を楽しめるようになっています。

金・銀

1999年11月21日発売。ハードはゲームボーイカラー(ゲームボーイも可)。

舞台は長い歴史をたたえるジョウト地方(モデルは近畿・四国)。エンディング後には、ジョウトのとなりに広がる『赤・緑』の舞台・カントー地方をめぐることができました。

ポケモン金銀1999年プロモーションチラシ
『ポケモン金・銀』1999年当時のチラシ

世界的ブームとなった「ポケモン」の、待望の完全新作でした。『赤・緑』の続編で、壊滅したロケット団が復活するというストーリーです。ポケモンのタマゴ、ポケモンにもたせるどうぐ、現実世界と同じように流れる時間は、本作で初登場。「色ちがい」の初登場もあり、ポケモンの世界がうんとカラフルになりました。

ポケモン金銀1999年チラシ裏
『金・銀』は世界的ブームとなった「ポケモン」の待望の新作だった。当時の雰囲気がうかがえる。

クリスタル

2000年12月14日発売。ハードはゲームボーイカラー専用。『金・銀』の別バージョン。

ストーリーは『金・銀』とほぼ同じですが、スイクンを追う謎の青年・ミナキが登場。また、本作から主人公の姿を男の子と女の子から選べるようになりました。さらに、戦闘にとびだしてくるポケモンに動きが加わって、今日に通じるバトルの臨場感が芽生えました。

当時、ゲームボーイカラーでは、「モバイルGB」という携帯電話を介して遠距離通信できるシステムが開発されていました。クリスタルバージョンは「モバイルGB」に対応し、遠くの人とバトルする試みが組み込まれています。今日インターネットを利用して行われるグローバルトレードやバトルの原型は、『クリスタル』ですでにあらわれていたんですね。このころの「できたらいいな」が、いまでは当たり前に。テクノロジーの進歩がどんなに目覚ましいかを物語っていると思います。

心にしみる、伝説のポケモンの神々しさ

ジョウト地方の伝説の地・エンジュシティは京都の風情。ですが華々しい古都というよりは、失ったものを静かに語り継ぐ、切ない雰囲気なんですよね。町の音楽にただよう物悲しさはゲームボーイのスペックによるのではなく意図的な作曲だし、なによりその伝説は、後悔に満ちた悲しい物語です。

――昔々、エンジュシティの二つの塔にはそれぞれ強大な力をもつポケモンが舞い降り羽を休めていた。しかし人間による火災で塔の一つは焼け落ち、小さく無力な3匹のポケモンが亡くなってしまう。あわれに思った虹色のポケモンは3匹に新たな命を与え、みにくい争いばかりの人間に愛想をつかして飛び去った。――

ジョウト地方の伝説のポケモンは孤高の存在。人間を超越しているんですよね。人間たちがみずからのおろかさに気付いて戻ってきてほしいと願っても、決して舞い戻ってはくれず。伝説として残っているのは、喪失の悲しみなんですね。ゲームらしく「ホウオウはポケモンと心をかよわせ『にじいろのはね』を手に入れた主人公のもとに再び舞い降りる……」という展開ではありますが、人間のもとから去ってしまうかもしれない存在だという「定義」が変わるわけではありません。海の神と伝えられるルギアも同様で、「嵐の夜、荒れ狂う海で銀色の竜のようなポケモンを見た」という、見間違いかもしれないような話があるだけ。うずしおに阻まれ立ち入ることすらままならない「うずまきじま」のそのまた最深部で、静かにたたずんでいる。遠い存在です。

うっそうと茂った「ウバメの森」のほこらもそう。時を越え傷をいやす森の神・セレビィは、平和な時代にしか姿を現さない。

人間はかつてポケモンに見捨てられたし、人間がおろかな争いを始めればきっとまたいなくなってしまう。それを前提に、いまいっしょに旅をしている。

「金銀が最高だ」というファンはいまもいるようですが、私からみると、ジョウト独特のよさは心にじーんとしみいるこの世界観。伝説のポケモンたちが、神々しく輝いていたと思います。

幻すぎる!「しあわせタマゴ」

そんな世界観の金銀、私の個人的な思い出は「しあわせタマゴ」なんですよ。

ポケモンにもたせておくと経験値を1.5倍もらえる「しあわせタマゴ」は、今日のバージョンではストーリーのどこかで必ず手に入りますよね。ところが金・銀・クリスタルで初登場した当初は、野生のラッキーがまれに持っているだけの激レアアイテムだったんですよ。

「いいアイテムだな~、ほしいなぁ」程度の軽い気持ちで、当時の私は14・15番道路の草むらをかきわけ、「どろぼう」で「しあわせタマゴ」をねらうことにしました。ところが始めてみたら、想像を絶する難関で。なにせ野生のラッキー自体が超レアなので、出会えるのは1日に多くても3匹。1匹も出なかったなんていう日もしばしば……。持ってない、持ってないと言い続け、発売から約1年。ついに、ついにそのラッキーの順番はめぐってきたのでした……! 通算94匹目。その間、「せっかくこれだけ野生と戦うんだから」と育て始めてレベル100に到達したポケモンはボックスにぞろぞろ並び、ニドリーノやモルフォンの色違いも複数ゲット(私は色違いモルフォンの育成に手をつけた時、むしポケモンの驚くべき強さに気付きました)。かくして私は、伝説のポケモンよりもレアな「しあわせタマゴ」をゲットしたのでした。

ハードがゲームボーイアドバンスに移行した時、技術的な問題で金銀世代のポケモンとアイテムはルビー・サファイア以降にくりこすことができませんでした。なので1年苦労した「しあわせタマゴ」もそれきりになってしまったのですが、意外にもショックはなかったんですよ。もう途中からは経験値を多くもらおうなんて思っていなくて、「しあわせタマゴ」をゲットすること自体が目標になっていたからです。よくあれだけがんばったなと、今ではなつかしい思い出になっています。

ルビー・サファイア

2002年11月21日発売。ハードはゲームボーイアドバンス。舞台は、自然が豊かなホウエン地方(モデルは九州)。悪役はマグマ団とアクア団。

「とくせい」が加わり、ダブルバトルが加わり、バトルの戦略が飛躍的に複雑化しました。また本作で初めて「バトルタワー」が登場。バトルにやりがいを求めるプレイヤーの前に、バトルタワーでの50連勝、そして100連勝が、夢の目標としてそびえ立ちました。

伝説のポケモンへ通じる遺跡の謎解きに、点字の解読がありました。町の施設や人々との会話にも様々な豆知識が盛り込まれ、現実とのクロスオーバーがおもしろい作品でした。

ポケモンの戦うだけではない一面をみられる機会として「コンテスト」があったのが特徴的。また、ポケモン一匹一匹のステータスに「せいかく」が加わり、ポケモンへの愛着がぐっと増しました。

ほかストーリーやバトルの本筋とは別に、世界のどこかに自分の「ひみつきち」を作れるという、心ときめく要素もありました。

私の「マボロシじま」が幻と消えた事件

普段は存在しないのにごくまれに現れるという、不思議ふしぎな「マボロシじま」。その出現を教えてくれるキナギタウンのおじいさんに話しかけるのを、当時の私は日課にしていました。

そしてある日、ついにおじいさんは言ったんですよ、「なっ なんと きょうは マボロシじま みえるのじゃ」と! 歓喜した私は、勇んで右方向へなみのりしました。ところが……ないんですよ。おかしい、おかしいなと右へ左へ、上へ下へ。おかしいと思いつつも、しかたないのでいったんキナギタウンに戻ると、おじいさんの言葉は「きょうは マボロシじま みえんのう……」に変わってしまっていたのです。えっ、なんで!? さっき見えるって言ったよね!?

納得がいかないので、私は任天堂に電話をかけました。事のてん末を話すと、原因はわからないということでしたが、「改造データを受け取ったことはないか」と言われ……とんでもない!!! 私は改造データを避けるため、小学生のころからただの一度だって外部の人間と通信したことはないんですよ! 今だってそうです。友達とは通信せず、最近のグローバルトレードにも絶対手を出さず、これまでずっと自分だけでのプレイを通し、自分のセーブデータという宝物を守ってきました。

私はその後ネット上のファンサイトを見て回りましたが(当時SNSはなかった)、「マボロシじま」が出たという話は、一つたりとて目にしませんでした。

今、ここでもう一度言わせてください。私の「マボロシじま」は、幻となって消えました。

『ルビー・サファイア』にしかけてあった「マボロシじま」は、結局のところ、機能しなかった。これは改造データのカケラも踏んでいない完全にクリーンなソフトでの結果なので確実です。制作者の方、あの時任天堂の人は「制作チームにこういう事例があったと報告しておく」と言っていたのですが、伝わっているでしょうか。その話は私。私なんです。

ファイアレッド・リーフグリーン

2004年1月29日発売。ハードはゲームボーイアドバンス。初代『赤・緑』のリメイクです。

フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメと主人公
ファイアレッド・リーフグリーンの説明書。イラストやグラフィックはやさしく素朴でなつかしいタッチだった。

ポケモンシリーズの隠れた名作

ゲームでもなんでも、長く続くシリーズには必ず「隠れた名作」があるものですが、私は『ファイアレッド・リーフグリーン』はポケモンシリーズのそれだと思います。ただのリメイクと思うなかれ。エンディング後に行ける南の島々「ナナシマ」は、なんともいい味を出しているのです。

ナナシマには四天王カンナの家があったり、各地に読み物があったりして、『赤・緑』『金・銀』のストーリーの別の側面をかいまみることができるんですね。注意して読めば、その世界を一歩深く理解できるわけです。私はとりわけ、『金・銀』のライバルの素性をうかがわせるテキストを見つけた時にぐっときました。会話のセリフといった直接の描写ではなく、テキストから「うかがえる」んですよ。そうやってプレイヤーが情報を集めて頭で組み立て直すのは、ゲームらしい物語の見せ方、ゲームらしい楽しみだと思います。

想像力を刺激するような要素もふんだんに盛り込まれています。ナナシマには「しるしのはやし」というのがあって、「草が生えていないところが何かの模様になっているのでは?」みたいなことを言う人がいるんですね。それで「もしかして何か文字が浮き上がってくるのかな?」と思った私は、その幾何学模様をメモ紙に書き出してみたんですよ。しかし、なんのメッセージも出てこず……。ただおもしろい模様だというだけなんですね。ほか、ナナシマの最果てには、ズバットが出現するだけの小さなどうくつがありました。意味深なたたずまいですが、こちらも本当になにもありません。

ゲームの攻略情報というのは、ネットなど存在すらしていなかった80年代から根も葉もないうわさが飛び交う世界でした。何を隠そう、ほかでもないポケモン生みの親・田尻智さんは若いころ、アーケードゲーム『ゼビウス』のガセネタ騒動で「うわさの発信元」だということになってしまい、ゲーマー仲間の間でひどい目に遭ったとか……。しかし、『ファイアレッド・リーフグリーン』は、うわさが悲しいトラブルに発展するのを食い止めるのではなく、むしろうわさが生まれるのを楽しむようなしかけになっている。本当は何もないのに想像をかきたてる要素は、使いようでは「表現」となるんですね。興味深いです。

エメラルド

2004年9月16日発売。ハードはゲームボーイアドバンス。『ルビー・サファイア』の別バージョン。

『ルビー・サファイア』をベースに、「バトルタワー」が「バトルフロンティア」として大幅パワーアップしました。

「バトルフロンティア」は、バトルタワーを含む7つのバトル施設。それぞれでルールの異なるバトルが楽しめます。7つそれぞれには強力な「フロンティアブレーン」が待ちかまえていて、勝利すると「銀のシンボル」「金のシンボル」を手に入れることができます。

バトルフロンティアの濃密さ

『ルビー・サファイア』は世界観がよくできていて、バトルの楽しみも大幅に広がった良作だったのですが、別バージョン『エメラルド』はさらに圧倒的でした。

この濃密さ、もうなんと言ったらいいんでしょう。1本のゲームにここまでの広がりがある。1本をここまで遊び倒せる。まれにみる作品だったと思います。私もやりこみました。ひたすら、やりこみました。

私にとってけっこう衝撃だったのは、レンタルポケモンで戦うバトルファクトリーだったんですよ。なにっ、自分のポケモンを使えないのか! ポケモンの知識と腕、それから応用力をためされるので、ポケモンというゲーム自体を新たな視点で解釈した感じでした。ほかでも劇的なバトルが続きましたね。バトルピラミッドの頂上でジンダイに勝った時なんかは本当に感動しました。銀のシンボルは全部集め、金もいくつか手に入れました。挑戦しがいがあったし、腕に自信もつきました。

ダイヤモンド・パール

2006年9月28日発売。ハードはニンテンドーDS。舞台は雪山がそびえ奥深い伝説が残るシンオウ地方(モデルは北海道)。悪役はギンガ団。

制作チームが「究極」をめざしたというだけあって、「時間」と「空間」の伝説をめぐる重厚なストーリーと世界観、バトルの戦略性、それからカセキ掘りやひみつきちといった細かな遊びまで、すべてを極めた作品でした。

プラチナ

2008年9月13日発売。ハードはニンテンドーDS。『ダイヤモンド・パール』の別バージョン。

わが心の、永遠の名作

「ポケモン」の世界、ここに極まれり。私にとってシンオウ地方、とりわけ『プラチナ』は、ポケモンとしての完成形、そしてゲームとして永遠の名作です。

まず、世界観の完成度がずば抜けている。DSカードにつまっている世界の全体が、ダイヤモンドのような硬さと輝きをたたえています。トレーナーや町の人のさりげない一言まで、深い思考と理解に基づいて書かれているんですよ。

ポケモンプラチナミオシティ図書館
ミオシティのとしょかん。3階で読める時空神話の数々は、どれも非常に興味深い。

ゲームというのは、町中や道端の名もなき人の一言が世界観を大きく左右することがあります。私がドキッとしたのは、ズイタウン下の道路にいるスキンヘッドの一言でした。自分のポケモンはギンガ団に殺された、と。ギンガ団はストーリー上ではへんな服を着た集団みたいに言われていて、ともすればまぬけな悪役なのですが、主人公が直接見ていないところでは残虐な行いをしているのだということが、この一言でわかるのです。トレーナー戦が終わってしまえばその話は二度と聞けないのですが、インパクトは絶大でした。

テンガンざん山頂近くのギンガ団員に「お前の時間を戻してやる ポケモンを始める前にな!」と言われた時も、心臓がとび出そうになりましたね。ミシロタウンを出て一歩一歩世界を広げてきた、戻ることがないはずの成長を消し去るかのような一言。シンオウ地方のテーマである「時間」という概念を踏まえつつ、「ポケモン」の根源を体現している名ゼリフだと思います。

名ゼリフはほかにもいろいろあって挙げたらきりがないのですが、物語には全然関係ない会話がたくさんあったのもいいですね。「主人公と脇役」という関係ではなく、それぞれの人がシンオウ地方で日々暮らしていて、それぞれに人生があるんだと感じられました。

ポケモンプラチナミオシティ図書館四天王のゴヨウ
ミオとしょかん1階では、エンディング後に四天王のゴヨウから様々な話が聞ける。

それと、エンディングのアニメーションには感動しました。主人公が自転車をこいでいき、最後、家に帰ってくる――内容的にもグラフィックとしてもいたってシンプルなのですが、これこそポケモンのストーリーだと思います。最初は、自分とそのまわりだけだった世界。それが次の町、次の町としだいに広がっていき、ついに何かを成し遂げた時にふり向けば、あんなことがあった、こんなこともあったと旅の思い出がよみがえる。私は他のRPGでは劇的な人間ドラマに感動したことがありますが、ポケモンがくれる感動は壮大なドラマ性ではなく、一人の人のかけがえのない「経験」に由来するんですよね。

バトルフロンティアの完成度も最高でした。タワータイクーンのクロツグを激戦の末に下したのは、伝説のバトルとして私の胸に刻まれています。いまでもその時のバトルビデオを再生するたび、あの感動がよみがえってきます。

ポケモンプラチナバトルタワータワータイクーンのクロツグとの勝負
タワータイクーン戦の音楽が始まると、あの時の興奮がよみがえってくる。

そこまで活躍してきた2匹をあっさり倒され、私は「また1人目からか……」とがっくりあきらめかけたのですが、それでもシャワーズ1匹でねばって正解でした。私にしてはめずらしい長期戦にもつれこみます。シャワーズ対ミロカロスでらちがあかなくなった時、相手のクロツグはミロカロスをひっこめてカイリューを出し、シャワーズをまひさせる戦略に出てきたんですよ(ゲーム業界のほめ言葉で「AIの頭がいい」といわれるあれです)。まひはさせられましたが、相性のよいカイリューとドサイドンは順に撃破。バトルはとうとう1対1の勝負に。

先の見えない長期戦。ところがあるターン、相手のミロカロスが無意味にさいみんじゅつを出してきたんですよ。あっ、これ、ミロカロス、攻撃わざのPPがなくなったな!? ここで勝機が見えてきたのです。そしてついに……

ポケモンプラチナバトルタワークロツグに勝利
勝利の瞬間が…!

感涙でした。クロツグは強かった……!

私はバトルタワーで勝つため、すでにレベル100になっていた主力メンバーを育て直すところから準備をはじめたんですよ。きのみを育てて、薬を買って。地道な作業を続けました。満を持してバトルタワーに挑み、ついにつかんだ栄光の勝利です。私はタマゴを何百個もかえして選別して……というところまでやる猛者ではないのですが、『プラチナ』のバトルフロンティアで「銀のシンボル」をすべて集めたことは、とても誇りに思っています。

『プラチナ』は細かい遊びもすごかった。コンテスト、スロットマシン、カセキほり、ひみつきち、リゾートエリアの家具集めまで。いずれも、それだけで1本のゲームになるのでは、というほどの完成度を誇ります。

『ポケモンプラチナ』は、私の心に一生忘れない感動を残してくれました。私は普段、ゲームがリメイクされたときに操作感やグラフィック等の違いに不満を抱くタイプではありません。そのことは『ファイアレッド・リーフグリーン』を高く評価していることからも感じてもらえると思います。しかし『ポケットモンスターダイヤモンド・パール・プラチナ』だけは、いつの日か新しい技術でリメイクされても、満足できずに手放してしまうかもしれません。私にとって、それくらい特別な作品です。

ハートゴールド・ソウルシルバー

2009年9月12日発売。ハードはニンテンドーDS。『金・銀・クリスタル』のリメイク。

本作には「ポケウォーカー」という歩数計が同梱されていて、ゲーム内のポケモンを「ポケウォーカー」に入れていっしょに歩くことができるという唯一無二のシステムがありました。ポケウォーカー内でもポケモンや道具を手に入れることができ、歩数は経験値として入るというすぐれもの。しかもポケウォーカー本体はバッグの中でも歩数をカウントし、生活防水加工もされているというハイスペックぶり。これだけでも価値があるんじゃないかと思えます。

ブラック・ホワイト

2010年9月18日発売。ハードはニンテンドーDS。舞台は、多様な人やポケモンが暮らし摩天楼もそびえる現代的なイッシュ地方(モデルはニューヨーク)。悪役はプラズマ団。

登場ポケモンを一新し、エンディングまで新ポケモンだけで進む仕様でした。主人公の幼なじみ2人それぞれの成長や謎の人物・Nの複雑な心情を描くことでストーリーに重点を置き、また経験値のシステムを変更する、漢字を選べるようにする(ひらがなに切り替えると同じテキストでも表現を変えてあるので、両方読んで楽しむこともできる)、新要素「ゲームシンク」で専用サイトと連動するなど、あらゆる面で挑戦の姿勢をつらぬく意欲作でした。

ポケモンブラックホワイト3Dで描かれたヒウンシティ
イッシュ地方の大都会・ヒウンシティは初めて3Dで描かれた。また設定では漢字を選べるように。

ブラック2・ホワイト2

2012年6月23日発売。ハードはニンテンドーDS。ブラック・ホワイトから2年後のイッシュ地方を舞台とする続編で、Nの過去が明らかになります。

エンディング後には「黒の摩天楼」「白の樹洞」という新しい独特なバトル施設に挑戦できるようになりました。

X・Y

2013年10月12日発売。ハードはニンテンドー3DS。舞台は、美しい森や空が広がりおしゃれな雰囲気のカロス地方(モデルはフランス)。悪役はフレア団。

ニンテンドー3DSでの完全新作『X・Y』から、グラフィックがそれまでの2Dドット絵から3Dに移行します。主人公も3Dで描かれ、着せ替えができるようになりました。ただしマップでは従来のマス目式が採用され、2Dのテイストをふんだんに残しています。

ポケモンX・Yフィールドマップグラフィック
人物やポケモンは3Dになったが、草むらをはじめフィールドマップはおなじみのマス目式。

重要な変更点は、新タイプ・フェアリーの追加です。ドラゴンタイプの天敵が加わり、X・Y以前から登場していたポケモンの一部もタイプ変更となったため、バトルは新しい時代を迎えました。タイプと相性の見直しは、1999年の金銀以来です。

新要素「メガシンカ」は、一部のポケモンに専用アイテムをもたせることで、戦闘中だけ「メガシンカ」してパワーアップできるというもの。最近恒例となった各地方オリジナルのパワーアップは、X・Yからはじまりました。

「ポケパルレ」では自分のポケモンをなでたり食べ物をあげたりしてかわいがることができ、ずっとこれだけやっていれば幸せというファンも出ました。

ムービーシーンが生んだ「KISEKI」

世に星の数ほどある表現物。そのなかで『ポケモンX・Y』のクライマックスムービーほど感嘆するものに出会えたら、幸運に感謝せずにはいられません。「そうだっけ?」とピンとこなかった人は、ぜひこれを機にスタッフロールのほうで見なおしてみてください。

7か国語で歌詞のテロップが流れるのですが、同じメロディの上を、違う言語でも同じ内容で、同時に歌えるよう、それぞれ歌詞ができているのです。私は日本語と英語、それから大学で第二外国語だったフランス語もある程度読めるのですが、それに気づいた瞬間は、かみなりに打たれて一撃で倒れた気分でした。圧巻の一言です。

ポケモンX・Y「KISEKI」7か国語歌詞
「KISEKI」は殿堂入り後のスタッフロールでも流れる。上から、日本語、英語、スペイン語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、韓国語。(途中までは日仏二言語。)

BGMといっしょに歌詞のテロップが流れるといえば、『ファイナルファンタジーⅥ』が有名ですね。ハードのスペックに制限がある中、「まるで歌っているかのように聞こえるサウンド」をひねり出したのが、かの有名なオペラのシーンです。しかし時代は移り変わり、ハードの性能が飛躍的に進歩した今日では、ゲームのイベントシーンやエンディングに歌を挿入するのはごく普通なことになりました。制作者が歌を流したいと願えば自由にできるハード環境が整って、もう久しくなります。

しかし『X・Y』は、あえて「昔の」表現方法を選んだのです。各言語でボーカリストを起用したければ自由にできたにもかかわらず、ですよ。結果は、「神業」としか言いようがありません。これこそまさに「奇跡」です。

『X・Y』のエンディングは、「日本語ユーザーには日本語バージョンの歌を流し、英語ユーザーには英語版を……」という「映画の吹き替え方式」では、表現として意味がないんですよ。歌の言語を決めるのは、プレーヤーなんです。プレーヤーそれぞれに、頭の中で再生する言語を決める自由があるんです。さすがに全言語わかるプレーヤーは全世界でもめったにいないと思いますが、最低二つ読めればこの意味をキャッチできるし、第一言語だけでも「きっとそういうことが起きているんだろうな」と推測はできますね。音楽の途中でもプレイヤーが頭の中で自由に言語を切り替えて、それでも歌い上げる心は同じまま。それは自分と他言語のプレイヤーとの間でも同じこと。いくらでも言語を行き来できる。「言語の壁を越えて心をわかちあう」深い感動は、とても忘れられるものではありません。

3000年にわたる壮大な物語を結んだ、「KISEKI」のムービーシーン。私は圧倒され、しばし放心しました。

オメガルビー・アルファサファイア

2014年11月21日発売。ハードはNintendo 3DS。『ルビー・サファイア・エメラルド』のリメイク。

カロス地方の「メガシンカ」と関連する「ゲンシカイキ」を軸としたストーリーが展開されます。以前の「マボロシじま」は大幅に変更され、複数のマボロシじまを行き来できるようになりました。

サン・ムーン

2016年11月18日発売。ハードはNintendo 3DS。舞台は、南の島がつらなり独特の文化が根付いたアローラ地方(モデルはハワイ)。悪役はスカル団。

『X・Y』に続く3DSでの完全新作は、マップのフル3D化に踏み切った、ひとつのターニングポイントとなる作品です。

ポケモンサン・ムーン3Dグラフィック
ポケモンシリーズ初のフルポリゴン。主人公の操作は十字キーから3Dスティックへ。(ちなみに、「海の民」は映画に登場したことがある。)

ジムバッジを集めてポケモンリーグに挑戦するという従来の流れではなく、カントー地方から引っ越してきた主人公がアローラ独自の文化「島めぐり」をするというストーリーが特徴的。各島で「ぬしポケモン」に挑む「試練」をこなします。

図鑑にロトムというポケモンが入り込み主人公に話しかけてくるという新要素は、ゲーム初心者向けのナビゲーション機能を果たしています。

ウルトラサン・ウルトラムーン

2017年11月17日発売。ハードはNintendo 3DS。『サン・ムーン』の別バージョン。

エンディング後、歴代の悪役が勢ぞろいした「レインボーロケット団」が登場。ポケモンの歴史をふりかえることができました。

Let’s Go! ピカチュウ・Let’s Go! イーブイ

2018年11月16日発売。ハードはNintendo Switch。

『赤・緑』のストーリーをそのままに、システムをアプリゲーム『ポケモンGO』と同じにしたゲーム。『ポケモンGO』プレイヤーや年少の子どもたちなど、新たなファン層開拓をめざす作品です。また、ピカチュウにならぶポケモンの「顔」として、これまでずっと人気を集めてきたイーブイをフィーチャー。次の時代への意識が感じられます。

おわりに―自分だけの冒険へ

歴史を重ねてきたポケモンシリーズ、みなさんはどのバージョンが好きですか?

ゲームというのは一人ひとりが違う経験をするものなので、みなさん自分だけの思い出があると思います。私にもこうした数々の思い出がありますが、自分でやろうと決め、がんばってやりとげた経験は、決して忘れることがありません。いつまでも輝き続ける、貴重な宝物です。

これからもポケモン最新作の情報は、「ここを見れば要点がまとまっている」となるように、随時更新していく予定です。

(記事公開:2019年6月11日、最終更新:2020年2月14日)

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