電子辞書は必要か―高校生、大学生、その後の経験から出した私の最終結論

私は自らサイトを運営するデジタル人間で、いま現在、電子辞書のヘビーユーザーです。大学入学と同時に買って以来、10年以上にわたってデスクに常駐する欠かせない存在です。

今回は、受験勉強をしていた高校時代、大学時代とその後の経験から、電子辞書は必要か、またそれをどう選ぶか、私なりの最終結論が出たので、ここに書いて発信しようと思います。購入するかどうかで迷っている高校生や大学生、大人の方、またどのモデルがいいかで迷っている方はぜひ参考にしてください。

高校生編

私の周りで電子辞書が広がっていったのは、高校生の頃でした。高校入学を機に教科書類や必需品にまぎれて買った、という人が多かったです。

また、入学当初は紙の辞書をそろえたけれど、高校の途中で導入したという人もけっこう目にしました。高校に上がれば、授業のスピードは中学までより速くなります。宿題や予習も大幅に増えます。周りが便利そうに使っているのを横目で見ているうちに欲しくなるのは、自然といえば自然でしょう。紙の辞書から乗り換えたあるクラスメートが「みんなどんどん引いて進んでいっちゃうんだもん」をこぼしていたのは印象的です。

しかし、私自身は、高校生の段階は最後まで紙の辞書で通しました。

英語の先生の意見は「紙の辞書」

私が紙の辞書を選んだのは、英語の先生にそう勧められたからでした。

先生の見解はこうでした。

まず一つ、紙の辞書なら、単語を調べるたびに線を引いたりできる。線を引いておけば、一度引いたことがあるとか、前に調べた時にどんな使われ方をしていたか、記憶と結びついたりする。英文に頻出する単語や、自分がなかなか覚えられない単語も分かる。

そしてもう一つ、紙の辞書を引けば、調べる単語だけではなく、その周りの語も目に入ってくる。これが勉強になる。

英語の先生は、この2つの理由で生徒たちに紙の辞書を勧めていたのでした。

学習には紙―私が先生の意見に「ほぼ」同意する理由

さて、この先生の意見は実際どうなんでしょう? 情報としては出所も内容的にも信頼できそうですが、聞きようによっては「それって新しい便利な物にアレルギー反応を起こす古い人なんじゃ……」と勘ぐってしまうかもしれません(ちなみに先生は私が高校生の時に40代くらいだから、現在はそろそろ定年かという世代です)。

私は紙の辞書で第一志望の大学に合格し、今では卒業して久しくなりました。

いま振り返って、私は英語の先生の意見にほぼ同意します。なぜなら、勉強するときには紙=有形がないと効果が上がらないからです。このことは高校生に限らず、大人になっても変わりません。

勉強中に辞書を引くということは、その単語や事項を覚えて、記憶を固めたいわけですよね? 記憶は、「物」とペアになることで強く、確かになります。例えば、社会科だと、自分が使っている資料集を頭に焼き付けるというか、テスト中に「あのページに書いてあったな!」というように思い出すことはないでしょうか。あれがそう。紙の英和辞典に下線を引いていくのにも同じ効果があります。辞書が、使っていくうちに自分の軌跡が刻まれたオリジナルになっていき、知識が血肉になりやすいのです。

デジタルには向き不向きがある

デジタルは、「情報」を得るだけなら向いています。ニュースや天気予報、今日の株価、などなど。現代ならインターネットがありますから、画面の検索窓に打てば瞬時に出てきますよね。情報のスピードが命の業界だったら、それでライバルに勝てるかもしれません。

しかし、学問と情報は違います。ニュースや天気予報は、私たちが知りたいことではありますが、見たらその日のうちに忘れてしまうでしょう。そして、忘れてしまって差し支えありません。

電子辞書で引いた単語は、戻るボタンを押した瞬間に跡形なく消えてしまいます。勉強向けの有形物がないのです。最近はメーカーがタッチパネルを搭載し、「自分でメモを書ける」などと宣伝していますが、それはデジタルの範囲を越えません。ページがパッと消えてしまうことには変わりない。無形のデジタルは、スピードが求められる場面ではアドバンテージになっても、記憶を定着させたい時には不向きでしょう。

ただ情報を得ればいいのではなく、学力をつけたい高校生には、デジタルの電子辞書より有形の紙の辞書のほうが向いているのです。

ただ、私の先生への同意が「ほぼ」であって、100%の賛成ではありません。その理由は後述します。

スマホ・タブレットで代用はもってのほか!

新しい社会インフラ・インターネットは世界にすっかり定着しました。昨今は「スマホ」と呼ばれるデバイスが一世を風靡しています。近年ではデジタル教育の一環として、学校にタブレットを導入する動きが加速しています。

そんな社会環境の中で、「スマホがあれば電子辞書はいらないのでは?」と考える人が出てきていることを私は最近知りました。

電子辞書をスマホで代用する――ウェブサイトを運営するデジタル人間の私からすれば、その発想はまったくもっての論外です。なぜなら、そう考える人が言っている「スマホ」とはネットのことを指しているのであって、そもそも辞書ですらないからです。

依然質が低いネットの情報

はっきり言ってしまえば、概してネットの情報は質が低いです。知識の程度や目的に関係なく、誰もが「著者」になれるネットの負の側面。高度な学問知識がなければ編さん者になれない辞典との大きな差です。

英英辞典の「dictionary」の項目を撮った写真

思い返せば大学生の頃、西洋史の先生は、レポート課題を出しながら「インターネットを参考にして、まちがったことを書いてくる学生が毎年いる」と注意を加えたものでした。インターネットは玉石混交で、一見しっかり書けているサイトも多々ありますが、それでもそう。スマホ=ネットを勉強に利用すれば、まちがったことを信じ込み、授業やテスト、レポートで失敗しかねません。

つい最近もまた、私はネットの情報の質を悲観したことがあります。この間、叙勲・褒章に関する記事を書くために明治時代の言論者を調べていて、補助的にネットを利用したのですが、Google検索でまっさきに出てきたWikipediaページの内容がおかしかったのです。執筆者の興味からなのか、扱われている内容にかたよりがある。もしWikipediaだけ読んだ人がいたら、頭にインプットする人物像や事実関係はゆがんでしまうに違いありません。

新型コロナの際、英語圏では「Wikipediaはここ10年で信頼できるレベルまで発展した」と言われていました。かつてはデマとケンカの温床で、大学の教員から目の敵にされていたWikipediaが、多くの専門家が目を通すことで他のサイトより高いレベルに達した、というのです。

しかし、デマ同然のページはまだまだある。しかもそれがGoogle検索にトップ記事だと太鼓判を押されているのです。

歴史上の人物をネット検索した私が「この情報はおかしい」と気付けたのは、すでに基礎知識が身に付いていたからでした。

もしネットを日々の勉強や受験勉強に利用するなら、得た情報が正しいかどうかを、別のサイトや、図書室の本、教科書、資料集、そして辞書などに当たって調べなければなりません。皮肉にも、電子辞書をスマホで代用しようとすれば、かえって手間と、基礎学力と、辞書が必要になるのです。

ネットは勉強する人を念頭に置いていない

書き手の信用度がそうなら、書き手の意図にも難があります。インターネット上の無数のウェブページは、基本的に、勉強する高校生や大学生のために書かれていないのです。勉強では参考書選びは重要ですが、それでは良い参考書にはなりません。

そこにもってきて、ウェブ検索には、検索サービス運営者の都合が深く関わっています。今回はIT業界の問題には深入りしませんが、簡潔に説明すると、Google検索というのは、Googleという一企業によって「質の良い情報だ」と判断したページが上のほうに出てくる仕組みになっています。しかも、その判断に使われている自動化プログラムは、誤判定など日常茶飯事。そんなプログラムに「質が良い」と判断されたところで、とてもではないですが辞書の替わりにはなりません。

辞書というのは、学ぶ人を念頭に作られた書物です。しかし、ネットはそうではないのです。

補足:スマホで辞書サイトを利用したらどうなのか?

……「スマホで辞書サイトを使ったらどうか」って?

その場合は、書き手の信用や執筆意図の問題はクリアできます。

ただ、「デジタルは記憶の定着には向かない」というほうは解決できません。形がなく、調べたものがパッと消えてしまうという難点では、電子辞書よりさらに深刻です。辞書サイトは、現代の辞典の中では最も簡易的。私は今日まで、全く利用していません。

大学生編

こうして私は、紙の辞書で高校までを卒業しました。

そして第一志望の大学へ入学し、第二外国語が始まるのに合わせて、フランス語モデルの電子辞書を購入しました。

手にした時の解放感

では、辞書に関してはアナログ・オフライン派だった私の感想はどうだったのでしょうか。

私は心から痛感しました。大学受験は紙の辞書だけではなく、電子辞書と併用するのがベストだった、と。

確かに、勉強するときには紙=有形のほうが効果的です。

しかし、高校生は忙しい。各科目の予習や宿題、レポートなどが運悪く重なり、時間に追われててんてこまいな時はあります。学校行事の練習でヘトヘトな時もあるでしょう。

それに、中学を出たばかりの一年生と、2年間の積み重ねがある三年生では力は全然違います。科目にもよりますが、三年生になれば英語等の基礎力はついており、あとは受験本番に向けてブラッシュアップしていく段階ではないでしょうか。

予習や宿題が分量的に多い時や、基礎力がついた後なら、電子辞書を使えば効率がまるきり違ったはずだ。今はそう思います。

大学生になって手にしたデジタルの辞書には、解放感がありました。いちいちページを手でめくり、どこかどこかと探すあの作業から私を解放してくれたのです。

「高校生は紙を基本に、電子辞書を持つだけ持って、賢く使い分けるのが最も理想的ではないか」というのが大学生の私の結論でした。

追加コンテンツは足さずに10年

さて、多くの電子辞書には、最初から内蔵されているコンテンツに加え、辞書を後から追加できる機能がついています。私が愛用するフランス語モデルもそうです。

この機能があれば、大学入学などを機に必要な辞書が出てきたとき、まるごと買い替えなくても、追加コンテンツを足すだけで使い続けられます。

医学部などは別かもしれませんが、多くの学生にとって、大学で新たに必要な辞書は第二外国語だけでしょう。例えば私は法学部ですが、大学時代を通して買った「辞書」はフランス語辞典だけ。一部のモデルには法律用語辞典が入っていたりするようですが、法学部生にとって役立つ機会はまずありません。高校生モデルの電子辞書が手元にある大学生は、第二外国語の辞書を追加するだけでキャンパスライフを送れると思います。

とはいっても、私自身は大学生モデルで買った時のまま、その後の10年以上を過ごしてきました。中身が非常に充実しており、付け足す必要がなかったからです。

ノートパソコンと電子辞書が置いてあるデスクの写真
いまこの記事を執筆しているデスクの風景。10年以上、電子辞書はここが定位置。

いま―最新モデルを探した時のこと

そんな私も、最近になって新しいモデルを買おうかと思うようになりました。

私の電子辞書に入っている広辞苑は第五版なのですが、何年か前に――いまネットで検索したら2018年でした――には、改訂第七版が出版されたと世間の話題になりました。私は広辞苑のヘビーユーザーだと言い切れるくらい引いてきましたし、信頼もしていますが、前の前の版となればさすがに古いかな、という気が。それに、こうして執筆活動をする中では類語辞典が、趣味でボイトレをする中ではアクセント辞典が、頭の中の「あったらいいな」リストに載りました。極めつけは、内蔵されていた「パソコン用語事典」です。「USBフラッシュメモリー」の項目を見てみると、「価格は256MBの製品が4000円前後、1GBの製品が1万2000円前後」……ってどんなぼったくりUSBですか! 情報が古すぎて、もはやギャグの領域に突入してしまったのです。

そんなこんなで今の商品事情を調べる中で、私は電子辞書は必要か、どう付き合うのがベストか、最終的な結論に達したのでした。それが今回この記事を執筆しようと思い立ったきっかけです。

選ぶ基準は収録辞書

電子辞書を選ぶ時の考え方は、「これとこれとこれが入っているモデルはどれか」という視点になります。他の電気製品とは異なり、メーカーやブランドは関係ないと言っていいでしょう。なぜなら、電子辞書の主役はあくまで辞典であって、デジタルデバイスとしての性能が物を言う製品ではないからです。

とはいえ、高校生なら、「高校生モデル」と銘打った商品を選べば、後悔するほどのことにはならないと思います。

それでも、学校から指定された辞書があるなら、それが入っているかどうかは必ずチェックを。

いまの商品事情を見て悟ったこと

買い替えを念頭に、私は最新モデルの収録辞書リストをさらっていきました。

私が求めているのは、

  • 新しい「広辞苑」
  • 類語辞典
  • 英英辞典

が絶対で、他にはできれば

  • 日本語アクセント辞典
  • 仏和辞典
  • 仏英辞典

も入ったモデル。逆にいらないのはビジネス書系のコンテンツで、特に「経営者の名言」とか「問題な日本語」などは個人的に好かないのでむしろないほうがいい、というのが私の希望です。

初めてメーカーサイトを訪問した時、私は「新しいフランス語モデルに買い替えればいいだろう」と、探す前からほぼ決まったような気分でいました。ところが収録コンテンツを確認したら、事もあろうに「広辞苑」が入ってない! 話にならん、と、私は次にプロフェッショナルモデルのページをクリック。すると、まぁ確かに必要な辞書の多くは網羅できているけど、仏語系は全部あきらめなければならないし、収録コンテンツの大部分は私にはまるきり不要……。約200ものコンテンツが詰め込まれたハイエンドモデルなのに不足と余分が出ることに、私はどうも納得いきませんでした。なら大人の教養系モデルがちょうどいいサイズ感なのでは、と思ったのはつかの間。商品のターゲットがお年寄りの趣味的な方向で、全体として自分に合いません。だったらスタート地点に戻って、フランス語モデルに広辞苑や類語辞典を足したらどうか、とも考えてみたのですが、そうすると価格がプロフェッショナルモデルと肉薄するので損な気が……。

電子辞書の内臓コンテンツを選んでいるのは、電子機器メーカーの従業員です。私個人のニーズと合わなくても、改めて考えれば当然なのかもしれません。

最終的にどれを選ぶか、私はまだ決められていません。ただ、どれを選ぶにせよ、新しいほうにはなくて古いほうには入っている辞書が出てくる可能性は非常に高いです。

こうして私は悟りました。電子辞書は、買い替える物ではない。高校生・大学生の時のものが、ずっと現役であり続けるのだ、と。

結びに―その電子辞書は一生もの

以上、電子辞書は必要か、どう使うかについて私がたどり着いた結論を書いてきましたが、いかがだったでしょうか? 勉強にはげむ読者の参考になってくれればと思います。

メーカーが今後どんな商品をリリースするかは分かりません。また、長い目で見れば、「電子辞書」というジャンル自体がどうなっていくか、それすら未知数です。

しかし、これから商品事情がどう変遷しようとも、あなたが手にする「それ」はあくまで「辞書」です。

学校を卒業した後に辞典を使う頻度は、進んだ先の職業によって人それぞれです。私はこうして執筆活動をしているので今でもヘビーユーザーですが、ほとんど縁がなくなる人もいるでしょう。しかし、そういう人でも、「家の辞書」としてはずっと、おそらく一生残ると思います。

電子辞書は一度買ったら一生もの――それが私の最終結論です。購入を考えている高校生・大学生には、たとえ他の何が場当たり的な代物でも、電子辞書だけは「一生の買い物」のつもりで選ぶことを強くおすすめして本稿を結びます。

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著者・日夏梢プロフィール||X(旧Twitter)MastodonYouTubeOFUSE

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