提言:「アーティストシップ」の必要性

スポーツマンシップがあるなら、「アーティストシップ」というものもあるべきではないか。学生のころから長年、私はこれを言いたくて言いたくてたまりませんでした。たとえば、私が「アーティスト代表」なら、以下のような感じでしょうか。

宣誓、我々アーティスト一同は、

  1. 一人一人が主体として人生の探求にいそしみ、
  2. 人類の文化向上、社会の改善に努め、
  3. その使命を果たすため、いかなる権力にも屈することなく、自由な表現活動を行うことを誓います。

アーティストシップという言葉は、2017年現在、辞書にありません。私がこれを提案するのは、芸術活動の喜びをうたいたいからばかりでなく、アートをめぐる状況に多くの困難や危機があるからです。行き過ぎた商業主義が日常に溶けこむ一方、古くからの権威としての芸術には腐敗や不透明性も残っており、事態は混迷のさなかにあります。こういった問題の数々は、自由で活発な表現活動を損なうばかりか、人々の文学・芸術への信頼をも傷つけます。実際、アーティスト――流行りのシンガーソングライターなどポップカルチャー分野から作家、画家など権威ある人物まで含む――に幻滅した経験がある人は多いと思います。

地球上で、芸術活動を行うのは人類だけです。本来は、誇り高い営みのはず。

商業主義や腐敗の側に立つ人は、もっともらしい理由をつけてそれらを正当化します。しかし、既存のシステムや状況を当たり前のものとみなすのは、思考停止に他なりません。思考停止とはアートの正反対です。権力に身を売り、それと引き換えに地位や権威を得ることは、アーティストとして最大の恥であるばかりか、アーティストとしての死を意味すると考えます。

商取引でいうプロかアマかは関係なく、「アーティストシップ」にのっとれば、誰でも一流のアーティストです。

文学・芸術が危機的状況から抜け出し、我々がアート本来の喜びを回復するためにも、アートに関わる者がアーティストとしての姿勢を宣言するという行為・機会・習慣があるといい。それが私の提言です。

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アートの可能性については、ブログ開設によせたメッセージでも論じています。

(参考)”Real Artists Ship.”という Apple の創設者・スティーブ・ジョブズの言葉がありますが、この”Ship”は動詞で、訳すと「本物のアーティストは(アイデア等を)発送する」という意味です。すばらしいアイデアを心に持っているだけではなく、クリエイティブなやり方で発信してこそ本物のアーティストだ、という文脈です。語呂は似ていますが、私の提言とは一切関係ありません。