誹謗中傷の具体例7例~何罪にあたり、どのような問題点があるのか

人間の苦しみは「生老病死」だと言われてきた。それがいまや「生老病死インターネット」である――そんなことすら言われるほどネット上での誹謗中傷は深刻化しており、被害者が自殺に至る悲しい事件が繰り返されています。

誹謗中傷自体は、新しいトラブルや犯罪ではありません。ただインターネットの出現により、その規模と深刻さは人類史上かつてない域にふくれ上がりました。さらにネットでのそれにはいくつか特殊性があるため、従来の考え方では対処できない場面が出てきている――それがいま問題になっているのです。

本稿では、誹謗中傷の具体例を全部で7例紹介した上で、インターネット以前にはなかった新しい問題点や法改正の動きを解説したいと思います。

具体例1:木村花さん事件

2020年5月23日、フジテレビの恋愛リアリティ番組「テラスハウス」に出演中だったプロレスラーの木村花さん(22)が遺書を残して亡くなりました。木村さんは、共演者に激怒するシーンが放送された同3月以来、SNSで誹謗中傷を受けていました。

「テラスハウス」は、シェアハウスで同居生活する男女の恋愛模様を観察するリアリティ番組シリーズです。2012年からフジテレビで放送されていたほか、ネット配信大手・ネットフリックスでも世界約190の国・地域に配信されていました。

テラスハウス番組紹介とお悔やみ
フジテレビは番組を打ち切るとともに、公式ホームページに追悼の言葉を掲載している。(2020年12月20日現在)

誹謗中傷のきっかけとなったシーンは、2020年3月31日に放送された回で、木村さんが大事にしていたプロレスのコスチュームを共演者が誤って乾燥機にかけてしまい、怒った木村さんが同共演者のかぶっていた帽子をはらうというもの。この回の放送以後、ネット・SNS上では「ひどすぎてあぜん」「観てて不快」「死ね」「消えろ」などと木村さんを罵倒するコメントが相次ぎ、誹謗中傷の対象は木村さんの母親にも及んでいました。

このシーンは番組で「コスチューム事件」と呼ばれ、木村さんが亡くなる9日前の5月14日には「“コスチューム事件”その後」という動画3本がテラスハウス公式YouTubeで公開されていました(2019 – 2020シリーズの動画は現在すべて削除されている)。

「テラスハウス」は「台本なし」を売りにしたリアリティ番組でした。しかし実際には、番組制作者の編集や演出によって出演者の「描かれ方」や人間関係の行方などは方向づけされています。木村さんは生前、スタッフから「共演者の男性をビンタしてはどうか」と持ち掛けられたと母親に打ち明けていました。

木村さんと同様に出演者が自殺に追い込まれる事件はイギリス、アメリカ、韓国など海外でも問題になっています。リアリティ番組という番組の型自体に誹謗中傷を娯楽として提供する残酷さが内在しているとも指摘されています。

同12月、Twitterに「性格悪いし、生きてる価値あるのかね」「いつ死ぬの?」などと誹謗中傷を投稿したとして20代の男が警察に逮捕され、侮辱容疑で書類送検されました。別の男も同様に立件されました。

警察によれば、他にも約600アカウントが同様の中傷を行ったことが確認されています。ただ、他のアカウントユーザーは特定、立件されないまま時効となったこと、および有罪判決が出た2名に関しても刑罰が科料9000円にとどまったことで、刑法の侮辱罪の規定が同様の犯罪抑止につながるか、疑問が呈されることになりました。

具体例2:在日コリアン女性脅迫事件

ヘイトスピーチの事例も紹介しておきましょう。

2018年5月、在日コリアン3世でヘイトスピーチに反対する活動をしていた崔江以子(チェ カンイヂャ)さんをツイッターで脅したとして、男(50)が脅迫容疑で警察に逮捕されました。

報道によれば、2016年1月にヘイトスピーチに反対する市民団体が結成され、崔さんの発言がメディアで取り上げられると、翌月からネット上で誹謗中傷や脅迫が始まったということです。崔さん本人だけでなく、当時中学生だった息子も対象となっていました。警察に逮捕された男はツイッターで「極東のこだま」と名乗り、「ナタを買ってくる予定。」などと投稿していて、崔さんは不眠や難聴などを発症し刑事告訴していました。男はその後、神奈川県迷惑行為防止条例違反容疑で略式起訴され、罰金の略式命令が出されています。

2020年1月16日、NHKは取材のため男の自宅を訪問したところ、父親が「その件は勘弁して欲しい」と応じ、その後連絡が取れなくなったと報じました。

国内外の誹謗中傷5例

私は本稿以前にも、インターネットやIT業界の問題についてたびたび論じてきました。この分野の問題が展開していく過程では、たびたび特定人物へのバッシングが浮上しています。

以下では私がこれまでに触れてきた誹謗中傷の具体例を5つ紹介しながら、互いを比較し、それぞれの特徴的な部分を指摘していこうと思います。

YouTube動画デイビッドくんへの中傷コメント

一つ目は、YouTubeの人気動画「歯医者帰りのデイビッド(David After Dentist)」です。

「歯医者帰りのデイビッド」は、デイビッドくん(2009年当時7歳)が歯医者に行った後、口に麻酔が残っていて気持ち悪いと叫ぶ様子を親が撮影、投稿したホームビデオです。「ユーモラスだ」と世界中で評判になり、再生回数は1億4000万回以上にのぼっています(2022年7月現在)。他方、「子どもが痛がっているのはおもしろいことではない」とか「親が子どもを(金や名声のために)利用している」といった批判意見が大手メディアで取り上げられるなど、動画には一部で議論もありました。

動画が話題となった当時、デイビッドくん自身はいじめに遭うなどの不利益を被ることはなかったのですが、両親は不適切なコメントの削除に忙殺されていたといいます。内容的には、デイビッドくんをからかうコメント、性的なコメントなどが付けられたといい、現在ではチャンネルがコメント不許可に設定されています。

リンク:ホームビデオのつもりが大ヒット(「YouTuberの行く末~問題とその後を解説」より)

「Star Wars Kid」ギスランくんへの「からかい」

二つ目もデイビッドくんと同じく、YouTuberの問題を論じた際に取り上げた動画です。

「Star Wars Kid」は、カナダの高校生ギスランくん(2002年当時15歳)が人気SF映画『スターウォーズ』作中のアクションをそっくりコピーしたところを自分で撮ったビデオです。彼の友達がネット上に公開すると、その見事な技に世界中で称賛の嵐が巻き起こりました。

披露した技は見事だったのですが、ギスランくんはこの動画をきっかけに学校で生徒たちにからかわれ、ネット上を含む一般社会でも同様のからかいに遭います。ついにはうつ病と診断され、転校を余儀なくされました。

幸い、ギスランくんの人生が破壊されたということはありませんでした。彼はその後大学を卒業して、社会で活躍しているということです。

しかし、現在のネットはデイビッドくんやギスランくんのころより陰惨になっていると言われます。今日であれば、同じようなことでもより深刻な事態に発展するかもしれません。

環境活動家”グレタさん”への誹謗中傷

ここまでの2例はいずれも遊びの動画でしたが、三つ目の事例は社会活動や言論にかかわっています。

2019年に、当時16歳の環境活動家グレタ・トゥーンベリ氏(「グレタさん」)が国連に招かれ、そこでの「涙のスピーチ/怒りのスピーチ」が話題性やドラマ性から世界の注目を集めたことがありました。彼女のムーブメントには「感動した」などと称賛の声が上がりましたが、他方では様々な問題点を含んでいるため、疑問や批判もわきました。

ネット上では誹謗中傷も吹き荒れ、日本での具体例としては、「お嬢ちゃん」と馬鹿にした呼び方をするなどといったSNS投稿がみられました。

トゥーンベリ氏のケースは極めて特殊です。なぜなら、トゥーンベリ氏は肩書き上は言論者に入りますが、メディアや社会においては芸能人モデルで話題にされているという微妙な立ち位置にあるからです。これを可能にしているのは、現代の大衆社会とポピュリズムの潮流だと考えられます。

このケースは論点が多く、非常に複雑な問題なので、詳細は長文になりますが以下をご覧ください。

リンク:アスペルガー症候群の有名人が特徴ある話し方のスピーチで残したもの

警察に逮捕された”自粛警察”の書き込み

四つ目は、2020年の新型コロナウイルス感染拡大に際して、皮肉にも警察に逮捕される者が続出した”自粛警察”です。

”自粛警察”とは、感染拡大防止のための営業自粛や外出自粛をしていないとみなした店舗等や個人を非難したり、脅迫したりする行為を指します。ネット上では、新型コロナ感染者や医療従事者などへの誹謗中傷が相次ぎ、社会問題となりました。

名誉毀損罪や業務妨害罪等で警察に逮捕・立件される者も全国に現れました。具体的には、長野県で、特定の会社について「感染者が勤務しているらしい」などとネットの掲示板にうその書き込みをした男が、名誉毀損の疑いで書類送検されました。会社側が刑事告訴し、警察が捜査していました。

また山形県では、ツイッターで飲食店を名指しして「この店にはコロナ感染者がいるから行かないでくださいね。コロナの巣窟だ」などとうその情報を投稿し、店の営業を妨害したとして、男が偽計業務妨害罪で逮捕・起訴されています。

こうした”自粛警察”には、加害者が誹謗中傷を行っている最中には良いことをしているつもりだったという特徴がありました。ごく普通だった一般人が突然過激化して「ゆがんだ正義」を振りかざし、犯罪行為に至ったことは、社会に衝撃を与えました。

リンク:”自粛警察”の心理~逮捕者はどこで道をまちがえたのか

芸能人へのバッシング投稿

最後は、芸能人に対するバッシングについて触れておこうと思います。

SNSが普及してから、芸能人へのバッシングは過度に至るようになりました。たとえば、2019年に俳優でミュージシャンのピエール瀧が薬物を使用したとして逮捕された際には、ネットで「犯罪者」と罵るなどのバッシングが大規模化。それを背景に、テレビ局が出演ドラマから降板させる、レコード会社がCDの出荷を停止するなどの現象が起こりました。

リンク:芸能人の薬物依存疑惑・逮捕と自主規制―「作品に罪はない」議論を徹底解説

かねてより、俳優や歌手などは「浮名を流すのも仕事のうち」などといわれてきました。芸能人が叩かれるのは普通だ、という意識は、人々の中にも芸能人側にもあったといえるでしょう。

しかし現実には、相手が芸能人だからといって人格への攻撃や罵言暴言が許されるわけではありません。ネット投稿者が逮捕されたり、訴訟を起こされた後になって現実を知るケースがこれまでに多発してきました。

ゴシップについて言えば、それがインターネットで行われた場合、顔が見える範囲で世間話のタネになっていたころとは事情が異なってきます。投稿は全世界に公開されているのです。特にSNSでは、中傷的なメッセージが芸能人本人に直接送りつけられることもめずらしくありません。

ネットは匿名で互いに顔が見えないため、おそろしい暴言であっても抵抗感なく書き込んでしまう傾向があります。芸能人へのバッシングはエスカレートしており、木村花さん事件のような悲劇の原因となっています。

誹謗中傷は何罪にあたるのか?―7つの犯罪類型と発言具体例

以上、問題になった発言や書き込みの具体例を紹介した中で、いくつかの罪名が出てきました。誰もがインターネットで書き込みをするようになったいま、「どういうのが誹謗中傷で、それは何罪で、逮捕されるとどうなるんだろう?」という疑問を抱く人は年々増え、関心が高まっているといわれます。なので以下ではそれをまとめていくことにしましょう。

まず、「誹謗中傷」という言葉自体は犯罪名ではありません。言い換えれば、刑法用語ではないのです。言ったこと・やったことの具体的な中身によって、刑法で定められた犯罪類型のどれかに振り分けられていくことになります。

したがって「誹謗中傷はどの犯罪なのか」は個別事案によるので、ざっくりした説明しかできないのですが、ここではできる限り発言の具体例を出しながら分かりやすく紹介しようと思います。

脅迫罪

脅迫罪は、「生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知」することをいいます(刑法222条)。

たとえば次に述べる具体例2で、男が「ナタを買ってくる予定。」などとツイートして女性を脅したのが、「生命や身体に害を加える旨の告知」にあたります。

強要罪

強要とは、脅迫して「人に義務のないことを行わせ、または権利の行使を妨害」することをいいます(223条)。もう一歩具体化すると、「○○しろよ」または「○○するな」という形の発言と考えればよいでしょう。

これは新型コロナの際の”自粛警察”などによくみられ、店を閉めろと迫る行為などはしばしば強要罪に該当します。

名誉毀損罪

名誉毀損は「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損」することで、「その事実の有無にかかわらず」成立します(230条1項)。

つまり、「誹謗中傷された人の名誉が毀損された」という客観的事実さえあれば、被告人が「だって本当のことじゃないか」と叫んだとしても通用せず、名誉毀損罪となるのです。憶測やでっちあげなど、事実と異なる情報で他人の名誉を傷つけた場合は言うまでもありません。悪気があったかどうか、という主観も関係ありません。

名誉毀損は誹謗中傷事例では典型的な犯罪類型です。軽い気持ちでバッシングしていた多くの人がその罪に問われています。

(ただし230条の2は、主に議員や選挙の立候補者などを対象とした公共性・公益性のある表現では、「事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない」としています。民主政の前提としての表現の自由および国民の知る権利と調整を図っているのです。これは法的に重要な点なので再度後述します。)

侮辱罪

「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱」するのが侮辱罪(231条)です。

名誉毀損との違いは、「この人は何をした」等の内容や文脈を示さないで、ただ軽蔑する発言をしたという点にあります。たとえば「こいつ馬鹿だ」とか「性格悪い」と書き込んだりするのが侮辱罪にあたります。ざっくり言うなら、「罵り」のことだと考えていいでしょう。

木村花さん事件で12月に逮捕された男も、容疑は侮辱でした。誹謗中傷事例では侮辱も名誉毀損と並んで該当することの多い犯罪類型です。

信用毀損罪

信用毀損は、「虚偽の風説を流布し、または偽計を用いて、人の信用を毀損」することです(233条前段)。

上記の名誉毀損はその人の人間性について、信用毀損はビジネス上での信用を傷つけること、という住み分けです。

ネットでは「異物が混入している」などと商品の品質や会社の評判をおとしめるデマがありますが、この系統は信用毀損や、次に述べる偽計業務妨害などにあたる可能性があります。どれにあたるかは、発言の細かい部分によって決まります。

偽計業務妨害・威力業務妨害罪

「虚偽の風説を流布し、または偽計を用いて、人の業務を妨害」(233条後段)するのが偽計業務妨害です。

偽計業務妨害罪は、相手をおとしいれようとしてデマを流した場合に限らず、誤ってうその情報を発信してしまった場合にも成立します。「あの会社は〇〇らしい」など、不確かなうわさなどをネットに書いた人が、警察署の取調室に入れられた後になってから「そうだと思って書き込んだけど、よく確かめはしなかった」と青ざめるケースが多発しています。

「威力を用いて人の業務を妨害」(234条)するのが威力業務妨害で、これで逮捕・立件されたケースも多いです。

威力業務妨害は、たとえば、「会場を爆破してやる」などの脅しのために芸能人がイベントを中止せざるを得なくなった、といった場合に適用されます。

刑事裁判の進み方と、それだけではすまないシビアな現実

誹謗中傷は、だいたいの場合は以上7つの犯罪類型のどれか、または複数に該当します。

加害者は、逮捕されると警察署で強制的な取り調べが始まり、起訴後は指定された裁判日程を待つことになります。被告人は公判日に出廷して弁論等を行い、最後に裁判官の判決を聞きます。有罪判決が確定すれば、そこに書かれた通りの刑を受けることになります。

バーチャル感覚の代償

ただ、以上はあくまで刑事裁判の話。加害者には多くの場合、民事裁判も提起されます。つまり、被害者から精神的苦痛と経済的損失の損害賠償を求められるのです。

後で詳しく述べる通り、ネットでの誹謗中傷はバーチャル感覚、しかも多くは遊び気分で行われています。

しかし、我に返ってみればそれは何だったのか。割に合わないもいいところです。現実に直面した時になって「大変なことをしてしまった」と後悔する加害者は近年後を絶ちません。木村花さん事件で逮捕された男も、木村さんが亡くなった翌月に遺族にメールで謝罪していたということですが、その時にはもう永遠に取り返しのつかないことになっていました。

木村花さん事件の有罪判決が出た時、ネットには、刑罰が科料9000円だったことを指して「たったこれだけですむなら言いたいことを言ったほうがいい」などといった投稿がみられました。しかし、これは思い付き程度の発言にすぎまぜん。現実はもっと複雑です。「ネットで芸能人をバッシングしていて捕まった」と聞いたら、家族や友人、職場の人などはどう反応するでしょうか? 家族にあきれられ、関係が冷え切ってしまった。家庭崩壊となった。友人にひきつった顔をされた。気づいた時には長年の友人が離れていた。仕事に支障が出た。民事訴訟で損害賠償を請求されたなら、債務(いわば借金)を背負い、支払いが始まります。

つまらないネット投稿ひとつ。はたと現実にかえって後悔しても、壊してしまったものは、もうもとには戻りません。

インターネットが低くした犯罪へのハードル

インターネットやSNSの出現によって一般の人が自由に発言できるようになったことは輝かしい可能性を拓きました。しかし他方には、「犯罪へのハードルがうんと下がってしまった」という怖い一面もあります。

古典的な銀行強盗などと違って、ネットで侮辱、名誉毀損、業務妨害などをした人は、犯行当時はそれが犯罪にあたると分かっていません。やるぞと決断してやったわけでもありません。ナイフや目出し帽をそろえたり、銀行へ下見に行ったり……といった準備計画段階もなし。「こんなことはやっぱりやめよう」「故郷のお母さんの悲しむ顔が頭に浮かんできた」というように犯行を思いとどまる機会にも乏しいです。彼らは、日常を普通に歩いているつもりでいるうちにいつの間にかハードルを越え、犯罪の領域へ踏み入れてしまったのです。

言論に伴う責任は、ネットによってなくなったわけではありません。世の人々が意識しなくなっただけです。スクリーンの向こうには、必ず生身の人間がいます。だから私は、ネットには「とりあえず投稿しないが基本」だと世に伝えてきたのです。

上記の誹謗中傷の犯罪類型リストが、ネット上・SNS上でも何ら変わることのない現実社会のシビアさ、公の場で発言することの重大さ、そして他人に非難を浴びせるという行為の重みに気づくきっかけになれば幸いです。

ネットでのまったく新しい問題点3点

以上、誹謗中傷に適用され得る7つの犯罪類型みてきましたが、いかがだったでしょうか?

これまでも、誹謗中傷を行った人々は、侮辱罪、名誉毀損、脅迫、強要、威力業務妨害、偽計業務妨害といった犯罪で警察に逮捕され、処罰されてきました。刑法にはきちんと犯罪類型ができており、対処方法やその理論的根拠も形作られているのです。

しかし、インターネット上、とくにSNSでは、従来想定されていなかった事態が次々と起こっており、まったく新しい法的問題も浮上しています。対応は十分には追いついていません。新しいテクノロジーが、誹謗中傷をとりまく環境や考え方の前提をがらりと変えてしまったのです。

ここからは、ネット特有な問題点について述べていこうと思います。

感情が急激に高まりやすいネットの特性

木村花さんが追い詰められて自殺した事件ですが、誹謗中傷のきっかけは、プロレスのコスチュームを誤って乾燥機にかけた共演者に木村さんが激怒した、ということにすぎませんでした。しかもそれは娯楽番組の中の話。いくら「テラスハウス」が「台本なし」を銘打っていようとも、一般的な視聴者には大なり小なり演出があるだろうという共通認識はあるはずです。たかだかそんなことで人を死に追いやったとなれば、世の人がいぶかしく思うのは無理ありません。

なぜネットの誹謗中傷は過度に至ってしまうのか。その原因として、私はまず最初に「メディアとしてのインターネットの特性」を指摘したいと思います。

インターネットは、その黎明期から「感情が急激に高まりやすいメディアだ」といわれてきました。

若い人がネット上で知り合った相手に会ったら犯罪に巻き込まれた、というケースは長年問題になっていますよね。じつはこの背景には、ネット上のやりとりでは感情が急激に高まりやすいというネットの特性があります。「この人は信頼できる」「こんなに自分を理解してくれる人は他にいない」といった強い思いが、本人が気付く間もないほどのスピードで育ってしまうのです。

これはプラスの感情だけではありません。インターネットでは負の感情、つまり「ひどい」「こいつは悪い奴だ」「許せない」といった感情も急激にふくれ上がりやすいので、それが深刻な誹謗中傷につながっているのです。

パソコンの前で怒りながら投稿している人
ネットではあっという間に感情が高まって、こうなりやすい。

たかだか娯楽番組内のプロレスのコスチューム。冷静に考えれば、そんな真剣に怒って非難するような出来事ではありません。しかし、そんな些細なことへの反応が、ネットだと「生きてる価値あるのかね」などというとてつもない領域まで高まってしまう。

話題がフォーマルであれ、「ネットでは感情がエスカレートしやすい」というのは同じです。”自粛警察”の「ゆがんだ正義感」はそのよい例です。彼らはみな、自分の主観では感染拡大防止のために良いことを真面目にやっているつもりでした。が、一歩引き、冷静に見直してみれば、その文面は木村花さんへの罵言と何ら変わるところがありません。

ネット上のヘイトスピーチにも同様の側面があります。ごく普通の良識ある人がたった1ヶ月で過激思想や陰謀論へのめり込み、人柄が豹変してしまうといった事態はいま世界中で問題になっていますが、その原因としては感情の高まりも数えられるでしょう。

このように、ネットでの感情論や攻撃性の高まりは、現代社会に深刻な害悪としてのしかかっています。

インターネットを利用するなら、「ネットでは感情が急激に高まりやすい」という特性は必ず頭の隅に置いておくべきでしょう。時にはパソコンから離れスマホを置き、感情がエスカレートしていないか自分で確認する時間が必要だと思います。

人類史上かつてない精神的苦痛

新しい問題の二つ目も、インターネットの特性に関わります。発言する側に手ごたえが乏しいこと、そして被害者の精神的苦痛がかつてなく甚大であることです。

ネット上では相手の顔は見えません。手ごたえがなく、しかも匿名性が高いので、面と向かった相手にはまず言えないような暴言であっても「バーチャル感覚」で次々投稿してしまう傾向があります。

しかも、ネット上では集団心理も働きます。ひとたび暴言があふれると、「みんなやってる」「だから平気だ」と思い込みやすいのです。

ところが、このような軽い気持ちで行われた暴言が引き起こす害悪は、人類史上かつてない規模となっています。ネットでの誹謗中傷の被害者は、顔が見えない相手から匿名で無数の悪口が寄せられ、悪意を一身に受ける事態に陥っているのです。

ネット以前には、中傷事件といってもやったのはたいてい被害者の知り人で、そうでなかったとしてもせいぜい手紙数通、伝播する範囲もたかが知れていました。傷ついたにせよ、しょせんは世界が狭かったのです。

それがいまや、木村花さんには中傷コメントが一日に100件も寄せられ、侮辱等を行っていたアカウントは少なくとも600にのぼるといいます。悪口の主が誰なのかは木村さん本人には見えず、しかもそれらは全世界に公開されている。インターネットは人類に、以前には考えられなかった、途方もない精神的苦痛をもたらしてしまったのです。

インターネットで女性に寄せられる誹謗中傷
インターネット以前には、こんなことはあり得なかった。

「消えない」苦痛

このまったく新しい精神的苦痛に、「ネットにアップロードされたものは消えない」という性質悪い特性が輪をかけます。

私は以前、「トトロは本当は死神だ」というネット上のデマについて論じたことがあります。このうわさは一時まことしやかに語られたのですが、内容には明らかに無理があり、しかもスタジオジブリ自身が否定する公式見解をネットに発表しています。

リンク:『となりのトトロ』都市伝説~作品の「読み方」を考える

この記事を書いた時にはクローズアップしなかったのですが、「トトロは死神」騒動は別の深刻な問題点を含んでいました。それは、スタジオジブリ自身が否定声明を出しても、ネット上には依然デマが残っているということです。そのせいで、いまなお「『トトロ』はホラーストーリーだったの?」と混乱する人が出たり、子どもが怖がったりすることがあるのです。

架空のキャラクターであれば、死神呼ばわりされたり、根拠無根な説がネット上にいつまでも残っていても、精神的苦痛は生じないですみます(作者への損害は別ですが)。しかし、同じことが実在の人に起こったらどんなことになるでしょうか。精神的負担はもはや想像を絶する域に達しており、「消えない」責め苦から命を絶つ人は後を絶ちません。

世の中には、あげつらう対象を探してネットを徘徊している悪意ある人もいます。たとえば、小学生が人気YouTuberのおふざけをまねした動画を探し出しては、スクリーンショットを撮り、ネットの別のところにアップして、消せなくする。筆者も以前、問題あるワードをユーザーネームにしたSNSアカウントに自撮り写真を投稿した小学生が悪意ある大人によってさらし者にされているのを見かけ、思わず目を覆ったことがあります。こうされてしまった子は、小さいころのふざけた姿を、ネット上から半永久的に消すことができません。成人でも「老病死」に匹敵する苦しみから命を絶っているというのに、いまや、人生の出だしからネットの責め苦を生涯背負う人が出てきているのです。

「対抗言論」が通用しない

ネット環境を背景とした新しい問題点のうち、最後に論じたいのは法的理論です。表現の自由と名誉毀損に関する従来の考え方や、その理論的根拠が通用しない場面が出てきているのです。

従来、誹謗中傷には、第一義的には「対抗言論」で対処できると考えられてきました。つまり、誹謗中傷された人は「そういう事実はありません」などと、こちらも言論で対抗すればよいということです。こう考える背景には、中傷めいたものであれ一応は表現である以上、規制には慎重にならなければならないという事情があります。

実社会において、誹謗中傷を受けた人が対抗言論を出したということは慣習として普通に行われ、機能してきました。

たとえば、ある政治思想グループでメンバーAとBが仲たがいし(今の日本で政治グループといえば、悲しきかな、特殊な人々の話のように響くが、明治・大正時代にはそういったグループが無数にあって様々な論争が行われ、近代日本を引っぱってきた)、グループを出ていったBがある雑誌に「Aは凶暴だ」「Aは浮気をしている」などとしゃべりまくったとします。

この場面で、従来なら、誹謗中傷され名誉や信用を傷つけられたAが今日のように一方的に悪意の矢を受け、うつむいている理由はありませんでした。なぜなら、Aは自分も言論で「Bと私の間にはこれこれこういう意見対立が生じて、あの日カッとなったBは私に罵言を吐き捨て、机をけって脱退したという経緯があります」「Bは私個人に恨みを募らせていて、あの時私がBの腕をつかんだのを誇張して私が凶暴な人物であるかのように言い立てました」「浮気をした事実はありません。Bによるでっちあげです」「こういうわけなので、Bの言ったことは信じないでください」などと対抗することができるからです。

どうでしょう、Aの対抗言論には説得力がありますよね。雑誌を手にしてAの人柄を疑った世の人も、これを読めば「なぁんだ、そういうことだったのか」と納得するでしょうし、そうなればAの名誉は回復されます。

このように、インターネット以前には「対抗言論」によって被害者が自分で名誉や信用を回復することがかなりの程度可能でした。対抗言論が力をもっていたので、「名誉毀損には対抗言論」という考え方はバランスがとれていたのです。

ところが、現在のインターネット、とりわけSNS環境では、誹謗中傷に対する「対抗言論」の効果はもう現実的でありません。

「テラスハウス」で凶暴な性格に描かれた木村花さんが、押し寄せる「ひどすぎてあぜん」「観てて不快」「性格悪い」「死ね」「消えろ」などという罵言に対して何と言い得たというのでしょうか。いま世界中で問題となっているネットでの誹謗中傷は「反論する」という性質のものではありません。

また、広まるスピードも速すぎます。早ければたったの数時間で、ネット以前には考えられなかったほど広範囲に広まってしまいます。対抗言論は間に合いません。

しかも上述の通り、被害はかつてなく甚大です。たとえ被害者が否定見解を発表したところで、原状回復効果に疑問があるのは、上記「トトロは死神」デマ騒動の通りです。

インターネットの黎明期・普及期には、「名誉毀損には第一義的には対抗言論」という考えに基づいて名誉毀損罪の成立が否定された一審裁判例もありました(最高裁では名誉毀損成立とされた。平成22・3・15)。

しかし、「名誉毀損には対抗言論」という考えの前提になっているのは、従来の出版メディアです。インターネットという新しいテクノロジーが出現して言論をめぐる社会インフラが根底から変わった現在、名誉毀損に関する理論の「対抗言論」に基づく箇所は有効性をほとんど失っていると思います。変化した現実社会に基づき、時間をかけて再考・再構築すべきだと考えます。

法改正の動き

以上のような社会状況や新しい問題に対応すべく、各法律改正へ向けた動きが出てきています。

プロバイダ責任制限法改正

2021年4月には、改正プロバイダ責任制限法が可決・成立しました。これにより、被害者が行うネット投稿者を特定するための手続きが迅速化することになりました。

具体的には、被害者が裁判所に申し立てを行うと、裁判所が決定で、SNS運営会社やインターネットプロバイダ(ネットへの接続を提供する業者)に発信者情報の開示を命令できるようになりました(同法8条)。

これまでは、加害者を特定するためにはSNS運営業者とプロバイダそれぞれに対して裁判手続きをせねばならず、それには半年から1年と時間がかかることが課題となっていました。今回の法改正によって被害者の手続きが迅速化したことは、ネット上での誹謗中傷という新しい問題への対応として前進だったといえます。

侮辱罪の法定刑引き上げ

プロバイダ責任制限法に続き、2022年7月には刑法の侮辱罪も改正されました。

木村花さん事件を大きなきっかけとして、侮辱罪の法定刑が「拘留30日未満」または「科料1万円未満」では軽すぎて実態に合っていないという見方が広がりました。それを受け、今回改正された侮辱罪では、法定刑に「1年以下の懲役・禁錮」と「30万円以下の罰金」が新たに加えられました。

法定刑引き上げに加え、時効も改正以前の1年から3年に延長されました。これにより、警察の捜査により多くの時間が確保されることが期待されています。

粗のある改正

この改正に対しては、深刻化する誹謗中傷被害を食い止める一歩として一定程度評価する声と同時に、条文の問題点を懸念する意見が出ています。

端的に言えば、改正侮辱罪の条文には粗があります。表現の自由および知る権利にかかる刑罰規定であるにもかかわらず、表現の自由との兼ね合いが十分考慮されていないのです。

侮辱より重い罪である名誉毀損罪では、特に表現が公務員(政治家など)を対象とする場合、それが真実であると証明されれば不可罰とされています。これは表現を委縮させないための規定で、表現の自由と名誉の保護の調和を図っています。ところが侮辱罪にはそれがないため、処罰対象が広くなってしまっています。これでは条文間でバランスを欠いており、かつ、表現の自由を抑圧する危険性が指摘されます。

侮辱罪改正への動きは早急でした。法的論点の議論が十分行われたとはいえません。適用条件を明確化すべきだという指摘は改正の動きが出てきた当初からあったのですが、それが形になるに至らないまま、厳罰化のみが行われる結果となりました。改正侮辱罪施行後には、法務省が全国の検察庁に正当な表現行為はこれまで通り処罰されないことに留意するよう通達を出しましたが、通達という効力があいまいな手段が使われたこと自体に今回の改正の問題点が浮き彫りになっています。

見直し再改正の可能性

社会インフラの変化によって侮辱行為の規模と被害が膨れ上がったいま、侮辱罪の法定刑引き上げは考えられる対応策の一つではあるでしょう。

しかしそれが刑罰法規である以上は、十分な議論の上、粗のない適切な改正となることが不可欠でした。そうした意見を受けて改正法には付則が付けられ、施行から3年が経過した時点で、ネット上の誹謗中傷に適切に対処できているか、および、表現の自由の制約になっていないかを検証することになっています。

改正侮辱罪が、民主主義国家にあってはならない表現の萎縮や制約、さらに、誹謗中傷被害者の方々の真摯な気持ちが自由抑圧の口実として利用されることがないよう、適切な形に再改正されるべきだと考えます。

おわりに―インターネットは正しく利用を

人間の苦しみは「生老病死」といわれてきた。それがいまや、「生老病死インターネット」である。――インターネットは人類にとって「革命」でした。無数の可能性が生まれたのは事実であり、私は「第三次産業革命を活用せよ」と再三世に訴えてきました。しかし反面、新しいテクノロジーによって、人類がこれまでにはなかった問題に直面したのも事実です。

ネット上の誹謗中傷という新しい問題に、我々はどう立ち向かっていけばよいでしょうか。

その考え方において最も重要なポイントは、これまで許されなかった誹謗中傷がインターネット上では許されるということはないということです。法理はすでにできているのであり、これまでと変わる点はありません。したがって、今後の方向性は、そうした対処法を「ネット上の事例でも使いやすくする」ことだといえます。プロバイダ責任制限法改正のように、被害者側の手続きを迅速化するなど、いわば「補助」の法整備が求められています。

こうした事後対応の整備はもちろんなのですが、根本的な問題は、私たちのインターネットの使い方にあります。せっかくのテクノロジーを悪用したから、木村花さん事件のような悲劇が生まれ、繰り返されているのです。インターネットを利用するなら、正しく利用しなければなりません。バーチャル感覚でネットの世界に没入するのを避け、主体的に、賢く利用するべきです。

「第三次産業革命を活用せよ」と旗を振ってきた私は、同時に「とりあえずは投稿しないが基本」とも訴えてきました。

インターネットは使う時に使う分だけ。本稿は、「オフラインのすすめ」で結びたいと思います。

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