SNS疲れのパターン4選&リフレッシュ方法!(+コロナ&Clubhouse編)

「スマホの通知が朝から晩まで鳴りっぱなし……」「『いいね』が来ない……」「『既読』をつけたらすぐ返信しないと……」――十代の若者から高齢世代まで、SNS(ソーシャルメディア)のストレスで音を上げる人が後を絶たない時世です。

本稿では、ヘビーユーザー・ライトユーザー両方に向け、Instagram、Facebook、Twitter、LINEなどで引き起こされる「SNS疲れ」の典型パターンとリフレッシュ方法を紹介するので、ネット時代を快適に生きていく参考になればと思います。

(「新型コロナのSNS疲れ4パターンとリフレッシュ方法」を加えました。新手のSNS・Clubhouseについても解説してあります。目次に【更新】と付けてあるので、どうぞそちらからご覧ください。)

目次

若者の「インスタ疲れ」~がんじがらめな生活と人間関係

まず最初に、かつてアカウント乗っ取り対策の記事で説明した「SNSを理解するための3つのポイント」をここでも簡潔に確認したいと思います。3つのポイントとは、そのソーシャルメディアは

  1. 誰が運営する(運営者)
  2. 何のサービスで
  3. どんなビジネスモデルで運営しているのか(収益源)

の3点。もしかしたら「なにを回りくどい……」と思われたかもしれません。しかしこれらを押さえれば、「(SNS名)とは何か」がクリアに見えるようになります。この「基礎知識」はあとからジワジワ効いてきますので、最初に必ず押さえておきましょう。

さて、これら3つのポイントに当てはめると、Instagram(インスタグラム)とは、Instagram社(Facebookの完全子会社)が運営する、スマートフォン向けの写真投稿・共有サービスです。収益源は、インスタグラム上に掲載する広告からの広告収入によっています。

(©Dimarik16/123RF.COM)

インスタグラム上に公開された写真には、他のユーザーが「いいね」ボタンで反応したり、コメントを書いたりすることができます。

華やかな「インスタ映え」の舞台裏

インスタグラムの人気が爆発的に伸びたころ、ファンたちの間で「インスタ映え」という用語が使われるようになりました。これは「インスタグラムにアップロードした写真がきれいで見栄えがする」という意味で、2017年には新語・流行語大賞に選ばれました。

「インスタ映え」は、飲食や旅行産業への波及効果もありました。飲食店は「インスタ映え」客を当て込んで、見た目にインパクトがある食べ物を――たとえば「レインボーわたあめ」や、

レインボーわたあめ。2016年ごろ、インスタ映えするというので原宿で大流行した。

「電球ソーダ」、デコレーションてんこ盛りのパフェや巨大なパンケーキなど――を売り出しました。地方公共団体の観光課が「インスタ映え」する場所へのツアーを企画した、といったこともありました。

スマホのスクリーンを彩る、カラフルな、ポップな、おいしそうな、開放的な写真の数々。

しかしその舞台裏では、新たなストレスが増殖していました。

インスタグラムで人気を博す写真は、どれも一見、スマホをひょいと取り出して撮ったように見えます。かんたんで楽しそうに映るから、あこがれて「自分も!」となるんですね。

しかし実際には、投稿を仕事にしている人気ユーザー(インスタグラマー)は、華やかな舞台の裏では、宣伝にインスタグラムを活用している企業とパートナー契約を結び、フルタイムの時間とプロの機材、そして経営戦略を駆使しています。なので一般個人のインスタファンでは、いくら西へ東へ奔走したところで、頭で思い描いたように「いいね」の喝采を受けたり、何万人ものフォロワーがついたり、一躍スターに……とはいかないのです。

そんなインスタグラムに人間関係が加わると、事はさらに複雑化します。巨大なスイーツをたいらげるために友達と連れ立って飛びまわるなら、労力やスケジュールへの負担になります。早い話、「なれ合い」のはじまりです。友達の前では巨大なパンケーキを前に満面の笑みでピースしていても、家に帰ればベタベタな人間関係に疲れ果てて、「このグループ抜けたい……」とまで思っていたりする。すべて「なれ合い」とはこんなものですよね。

さらに、インスタグラムが重くのしかかるのは、自分が写真をアップする場面だけではありません。

友達が写真を投稿したら、必ず、できるだけ早く「いいね」をしなければならないプレッシャー。

自分の投稿に「いいね」が少ないと、「友達から無視されているのでは」とやきもきする。

投稿への「いいね」やコメントが少ないと、まるで世の中から見捨てられたかのような孤独感にさいなまれる。

孤立への不安、自信喪失、私的な時間までがんじがらめになる生活。「インスタ疲れ」は、「SNS疲れ」の典型パターンのつめ合わせだといっていいかもしれません。

弊害を看過できなくなった運営会社が「いいね」数の表示を撤廃へ

2019年7月末、Instagram社は、日本を含むインスタグラムが利用されている主要各国で、投稿された写真につけられた「いいね」の数を見えなくすると発表しました。自分の投稿によせられた「いいね」数は調べられるとのこと。まだ試用期間とされていますが、終わる時期は発表されていません。

Instagram社が「いいね」数表示撤廃を決めた大きな理由が、「インスタ疲れ」への対応でした。(ほかの理由としては、企業ユーザーの「いいね」獲得合戦、フォロワー・いいねを販売する業者の出現などもあるのですが、今回はユーザー側にスポットライトを当てるので触れません。)

もとをただせば、Instagramはごくシンプルに、ネットに写真を投稿できる場を提供するサービス業でした。それが「いいね」を獲得できそうな写真を投稿しようとやっきになる現象やストレス、ユーザー間トラブルを生み、若者を中心とした「インスタ疲れ」が世界中で社会問題となった。運営会社としてこうした弊害を看過できなくなったため、仕様に変更を加えるに至ったようです。

「解放された!」と陰で大喜びしたインスタファンが目に浮かんできますね。この新仕様により、ユーザーは自分の投稿への「いいね」数に一喜一憂しなくてすみますし、他人の投稿へ「いいね」しなければならないプレッシャーも激減するでしょう。他人の投稿の「いいね」数はわからないので、本当に自分が「いい」と思ったものだけにハートマークを押すことができるようになるのではないでしょうか。

Facebookでの見栄張り合戦にヘトヘト~SNSに舞台を移した古典的トラブル

Facebook(フェイスブック)とは、Facebook社が運営する、文章や画像等の投稿、ユーザー同士のつながり構築、グループ機能などをそなえたネット上のサービスです。利益のほとんどは、広告収入によっています。

SNSの原型にして、世界のユーザー数ナンバー1を誇る金字塔。ユーザーが実名を使わなければならないのは、InstagramやTwitterなど他のサービスとの大きな違いです。

学生の友情が、同窓生のいがみ合いに変貌

Facebookはもともと、ハーバード大学の学生、マーク・ザッカーバーグが学生同士の交流のために作ったプログラムでした。それが友達の間で脚光を浴び、やがては学内、他大学へと人気が広がったので、会社の形態にして全世界での展開に踏み切った。それが今日私たちが利用するFacebookです。

こういう沿革なので、Facebookの登録情報欄は学生らしい内容が多いですね。実名、出身校、在学している学校、つき合っている人がいるかどうかなど。こうした情報を得られれば、学生はいまの友達関係をもっと楽しんだり、新しい友達をつくったりできますね。

しかし、学生にとって有益なFacebookへの登録内容は、時とともに状況が移ろうにつれ、「SNS疲れ」に変貌していくことがあります。

勤め先が有名な会社だと自慢げに言いふらす、海外旅行の撮れたて写真を見せびらかす、幸せいっぱいな結婚の報告、部下たちの真ん中に立って笑っている――そうやって自分がいかにすばらしい人生を送っているかをFacebookで誇示する人々。そんな同窓生の投稿がフィードに届くたび、次のようなネガティブな感情を抱く例が後を絶ちません。

  • 自分に自信を持てなくなる
  • スクリーンの前で知人に嫉妬心を燃やす
  • 自分は不幸だという思いに駆られる
  • 他人と比べて、自分は成功できなかったと思う

このように、「他人のすばらしい場面」を見続けることで自分の心に生じる負の感情や自信喪失も、「SNS疲れ」の代表的なパターンです。

怒涛の投稿を見れば見るだけ、ブルーになっていく。

絶望、虚無感、無力感。実はSNSが原因かも……

と、ここまではフェイスブックに端を発した知人同士のもつれを扱ってきました。

しかし、SNSに投稿しているのは一般の個人だけではありません。テレビ局や新聞社など、かねてから信頼度の高い企業による投稿は、それだけ注目度も高くなっています。フォロワー数も一般ユーザーの比ではありません。なかにはそういったメディア各社を重点的にフォローすることで、ニュースを得る手段としてSNSを利用している人もいるでしょう。

政治、経済、社会といった「報道」の投稿。一見勉強になりそうですが、これらを断続的に見ていると、

  • ネガティブな気分が長期間続いている
  • 無力感にさいなまれる
  • 「世の中はどうしようもない」と虚無感を覚える

といった症状が出ることがあるのです。本稿では、「SNS疲れ」になぞらえて「メディア疲れ」と呼ぶことにしましょうか。

「メディア疲れ」は、近年のソーシャルメディア特有の問題ではありません。テレビのニュース、新聞記事、本や雑誌、あるいは友人とのおしゃべりや町で耳に入ってきた声といったミクロな情報伝達など、古くからある他のメディアの過剰摂取によっても、同様のネガティブな気分は引き起こされます。

「SNS疲れ」がライトユーザーにも起こる理由

報道を見すぎるとネガティブな気分になる――。そう聞いてぎょっとしたかもしれません。まじめに勉強しているつもりだった、あるいは自分はソーシャルメディアにのめりこまないよう適切な距離をとっているつもりだった、という読者は目を疑ったかもしれません。

しかしよくよく思い返せば、「メディア疲れ」はこれまでも取りざたされることがありました。

最も顕著な例は、東日本大震災のテレビ報道でしょう。震災からしばらくして、医療の現場から「津波の映像をくり返し見ないように」と呼びかけがあったのを覚えていますか? 当時のテレビでは、連日、津波によって町が飲み込まれ、すべてがなすすべもなく流されていく映像が何度も何度も放映されました。それを見ているうちに、無力感や絶望から、うつ状態に陥る人が続出したというのです。テレビ局が災害を報じるのは無論間違っているわけではないのですが、本来人間という生物が繰り返し見ることが想定されていない津波の光景は、人々の精神に思わぬ悪影響を与えてしまったのです。

もう一つ例を挙げておくなら、いつの時代も、日々大量の情報に触れて学ぶ学生には悩みが尽きません。若き学生が国の将来を悲観して……なんていう話は、インターネットどころかテレビすらなかった明治時代にもありました。近年では、大学の新入生が老後への不安を過度なまでに抱えていたり、入学したばかりなのに就職のことで精神が追い詰められていたり、将来に希望を持てなくなったりすることが増えていると報告されています。

このように、講義や書物といったアナログのメディアであれ、情報が正確なものであれ、メディアに触れすぎることでネガティブな感情が引き起こされるのは、決して新形態のストレスではありません。

SNS疲れの守備範囲は、思いのほか広いのです。「メディア疲れ」が古典的なトラブルである以上、それはインスタ映えに奔走したり、友達同士のラインで一日中スマホから目を離せなかったりするヘビーユーザーでなくても生じます。ライトユーザーやソーシャルメディア懐疑派こそ、かえってネガティブな感情や長期間続く疲れがSNSに由来しているとは気付きにくいかもしれません。

たしかに、あなたが得た情報は、ありのままの現実かもしれません。東日本大震災の津波が与えた甚大な被害は映像の通りです。この国の年金制度や雇用、政治や経済が危機的状況にあることは間違いありません。厳しい学問にはげむ学生さんに向かって「そんな悩みは実社会で活動すればすぐ忘れる」なんて吐き捨てるのは、大きな山に挑んだ経験のない者がさらす恥ずべき醜態。私は将来のため一生懸命努力を重ねる若い人に「勉強するな」とは絶対に言いません。

ただ、まったく別の見方をすれば、情報の過剰摂取によりネガティブな気分が続くのは「メディアの影響を受けすぎている」「メディアに自分の心をからめとられている」ということを意味している。それもまた、別の角度から見た現実なのです。

ずっと続いているどんより気分、実は「SNS疲れ」や「メディア疲れ」ではないですか? 「もしかしたら、この見方は『コロンブスの卵』かも……」という方は、この記事末尾の「デトックス」を考えてみてはいかがでしょうか。

見栄張り合戦なら古今東西あるけれど……

さて、同窓生同士の見栄張り合戦に話を戻すと、見栄っ張りな人なら古代からずっと世界中どこにでもいました。

卒業まで友達だった同窓生が見栄張り合戦の果てに縁を切るのは、決して目新しい出来事ではありません。ほかにも、旅行の思い出話をうんと誇張する人。20年前の旅行を先週の話として自慢する人。居間のテレビで見た観光地へ自分が行ってきたように話をでっちあげる人。友人の前で学歴や職歴をごまかしている人。ウソがばれ、汗だくになりながら苦しい言い訳を重ね、やがては居づらくなってそのグループを去るはめになった人。――こういう人はあなたの頭にきっと何人も思い浮かぶことと思います。

Facebookで「他人のすばらしい場面を見すぎる」疲れは、古典的な見栄張り合戦がSNSに舞台を移したものといえるでしょう。とりわけFacebookは、とんと会っていない昔の知り合いまでつながったきりになりがちなので、思いもかけない人のすばらしい場面が目に飛び込んできやすいです。

こうした「他人のすばらしい場面を見すぎる」SNS疲れを回避するためには、Facebookで流れてくるのは現実・事実のすべてではない、と認識しておくのが効果的です。たとえあなたがしょっちゅう投稿ボタンをいじっているヘビーユーザーだったとしても、なにも生活の逐一すべてを投稿しているわけではありませんよね。Facebookに載っているのは自分のごく一部でしかない。ならば、同窓生や、今後会うことはないであろう昔の知り合いだってそうなのです。

たいてい、見栄っ張りな人は「いい場面しか載せない」わけですよ。いい場面だけのダイジェストを見れば、そりゃあ幸せそうに見えるでしょう。そんなことをしてまで見栄を(虚勢を、かも)張っている人など底が知れています。付き合いはほどほどに。

Facebookのために「自分は不幸だ」という悩み・苦しみを自分の心に植え付けて、スクリーンの前でひとり疲れていくとしたら、もったいないことではありませんか。

「Facebook社との付き合い方」という視点も大事

と、しょうもない見栄っ張りのことはさておいて、ここで少々アングルを変えてみましょう。

学歴に職歴。あらためて考えれてみれば、かなりデリケートな個人情報ですよね。そんなデリケートな個人情報を、Facebook社という一企業にまるごと教える。全世界に大公開する。冷静に考えれば背筋が凍ります。

しかもFacebook社は、広告収入を出すためにそういった個人情報を利用しているんですよ。Facebook上の個人情報が流出して、アメリカ大統領選で人々の心理操作に利用された……なんていうSFホラー映画並みの事件がすでに起こった、ということはご存知でしょうか?

事件解説はこちら:個人情報流出事件から考える、インターネットの使い方と私たちにできる対策(別ウィンドウで開きます)

仕事などの都合があってこれからもSNSを使わざるを得ない、という人もいるでしょう。それでも、無用なストレス、無駄な危険は取り除きたいものです。どの範囲の人とつながるか、どんな投稿を自分のフィードに呼び込むか、どんなことを投稿するかなど、自分なりの使い方を「ここからここまで」と区切っておくのが得策でしょう。

必読! Twitterガラパゴス~ユーザーの人間性が生んだSNS疲れ

Twitter(ツイッター)とは、Twitter, Inc が運営する短文投稿サイトです。利益は広告収入とユーザーの行動データ販売によっています。写真の投稿も可能で、他ユーザーの投稿をシェアする機能(リツイート)、返信、「いいね」といった、SNSの代表的な機能を備えています。

(©Ekinyalgin/123RF.COM)

ツイッターは、政治家の発言や公共団体の発表(災害情報など)、企業の情報発信や宣伝、学校の連絡手段などにも使われることが多くなっています。

Twitterガラパゴス独特な風習7選

上記Facebookのところでは、「古今東西ある人間関係トラブルが、SNSを舞台に展開される」パターンを紹介しました。一方Twitterでは、私が知る「ガラパゴス現象」から、「SNSがどんなものになるかは、利用者の人間性次第である」という一面を指摘しようと思います。

さて、私は最初、Twitterは海外の知人とつながるために利用していました。その後、当ブログ「日夏梢の自由研究」に付属のSNSをつくったらどうかという話が浮上。私はその時はじめて、事前準備のため日本語Twitterへと足を踏み入れました。するとそこには……

ガラパゴスが広がっていた……。

世界に類を見ない独特な風習。なんでTwitterでだけこんな世界が形成されたのか、私は当惑を隠せませんでした。

スラングというのは、それをしゃべる人の間でしか通じません。ちんぷんかんぷんだった私は、ツイッター用語の意味をネットで調べる羽目に。

SNS疲れを論じるにはちょうどいいので、世界中で日本人のツイッターユーザーしか言わないこと・やっていないことを、ここにリストしておこうと思います。(私のツイッターでは以下全部いらないポリシーにしています。フォロー等すべてあいさついらないので、お気軽にどうぞ。)

  1. 「FF外から失礼します」(=「フォローしていないし、されてもいませんが、横から返信させていただきます」といった意味)
  2. 「無言フォロー失礼します」(=「事前連絡なくフォローさせてもらっています」くらいの意味)
  3. 「無言いいね失礼します」(=「事前連絡やフォローなく『いいね』をします」くらいの意味)
  4. 「低浮上」(=「ツイッターはあまり使っていません。『いいね』や返信は、すぐにはしていません」といった意味)
  5. 無断リツイート禁止、禁無断シェア
  6. 事前のあいさつがないままフォローを解除した人がいたので、「嫌われたのでは」と落ち込んだ
  7. 「連投ごめんなさい」「騒いでごめんなさい」「(フォロワーの)タイムラインを汚す」等(=「短時間に何度も投稿したので、フォロワーのタイムラインが自分のツイートだらけになって見た目が悪くなったと思うので謝る」という趣旨)

……これらがガラパゴス現象だということにお気づきだったでしょうか?

私が調査のため見て回ったところ、Twitterでこういうことを言っている本人たちは、けっこう礼儀正しく振る舞っているつもりだったりするようです。

しかし一度頭を冷やして、引いた目で見たらどうでしょう。こんな異常なレベルで他人と密着し合っていたら、SNS疲れするのは最初から自明の理です。

自他が溶け合う、究極のベタベタ体質

過剰で、しかも的外れな気遣いの数々。

もっとも日本人だからといってみんながみんなこんなことをしているわけではありませんが(かく言う私も日本人ユーザー)、上のリストに心当たりがある、自分もプロフィールやツイートでこう言った覚えがあるという人のために、これら風習のどこがそんなに突飛で、どうしてSNS疲れの原因になるのかを解説したいと思います。

「FF外から失礼します」「無言フォロー・いいね失礼します」について

Twitterという投稿型サイトでは、非公開でないアカウントの投稿は全世界に公開され、アカウントを持っていれば誰でもフォローや返信、「いいね」といった反応ができる仕組みになっています。

したがって、面識のない人同士でフォローや返信、「いいね」が行われるのはごく自然な成り行きです。実際、海外ではそれが普通。それがいやならアカウントを「非公開」にして(「カギをかけて」)知人とだけ交流する設定が用意されていますし、なんならそもそもTwitterなんて使わなければいいだけの話です。

また、Twitterの「フォロー」と「タイムライン」は、あなたが「この人の投稿を読んでいきたいな」というアカウントを見つけたときに、いちいちそのURLにアクセスしないでも「追って」いけるようにした、いわば便利機能です。イメージとしては、メルマガ登録に近いといえるでしょう。したがって、フォローというのは、一方的で当たり前。許可がいるなんていう性質ではないはずです。

「低浮上」と断る必要はあるのか

自分の私生活は、自分の自由じゃないですか。ツイッターを使う頻度や時間帯だって、決める権利は自分にあります。もし他人が私生活にとやかく口出ししたり、四六時中まとわりついたりするなら、その人の領域への侵害です。

返信や「いいね」をしなければならない義務などないのだから、わざわざ「低浮上」なんて断りを入れる理由はありません。断言しますが、「ガラパゴス」を一歩出たら、「あまり使ってないんですよ」なんてプロフィールで断る人はいません。

「リツイート禁止」という個人ルール

ツイッターの様子を見て回っていた時、私はマンガの感想を投稿している日本人ユーザーがプロフィールに「無断シェア禁止」と書いているのを見て、それはそれは驚いたんですよ。シェアしてほしくないのに、なんでツイッターを使うんだろう? アカウントを非公開にする手もあるのに……。案の定、「ガラパゴス」の外から来たユーザーがリツイートボタンをポンと押して行ったそうです。それでその人は「海外の人にシェアされてた。鬱。」などと、まるで失礼をはたらかれたかのようにつぶやいていたんですけど、わざわざ「リツイート」という機能があるTwitterの利用者になっておきながらリツイートをするなとは、そっちのほうが無理のある話です。

その時私は、この人の人物像にとても興味をそそられました。最初に思い浮かべたのは、正直、「マックの店先で『ホットコーヒーが熱かった』とわめき散らすクレーマーみたいなものだろうなぁ」といった感じ。ところが、その人の投稿をさかのぼって読んでいったところ、決して悪い人ではなさそうだったんですよ。口調はていねいで、社会的に問題があるようなコンテンツを扱っているわけではなく、少なくとも文法などはしっかりしていて(残念ながら私がそのマンガを知らないので投稿の中身についてはなんとも断定できないのですが、文面からしておそらくは筋が通っているんだろうなぁと感じました)、きちんとした人という印象でした。

しかし、いくら悪い人ではなくても、世界が狭い。いくらなんでも狭すぎる。その世界の狭さゆえ独りよがりに陥り、果てには無茶をわめいてしまう。ガラパゴスに生きるそんな人を目の当たりにして、私はなんとも物悲しくなったものでした。

「嫌われたのでは」と落ち込む必要はない

四つ目は、Twitter友達に事前のあいさつなくフォローを外され嫌われたのではないかと落ち込んだ、という話。私から断言しておきますが、学校で生徒同士のいじめに利用された場合は別として、SNS上の友達にフォローを外されて落ち込んだという話は世界中ほかのどこでも聞いたことがありません。

SNS上の友達には、その人の生活が、人生があります。Twitterそろそろやめようかな、と思うことは誰にでもあるでしょう。受け取る情報をしぼるためにフォロワーを整理した、ということもあるでしょう。それはその人の自由であって、うやうやしいあいさつや許可がいるようなことではないはずです。他人は他人、自分は自分。フォローを解除した人の頭の中まであれこれ推察して悩むことはないと思いますよ。

「嫌われたのでは」と何度もさめざめ投稿していたユーザーは、プロフィールによれば40代の男性”サラリーマン”だそうで、投稿からその人柄をスケッチすれば、線の細い文学好き、といったところでした。

こういう極端に傷つきやすい性格に関しては、Twitterうんぬんではなく、全然別のアングルから見たほうがいいでしょう。日本人の大部分は、自分への批判や拒絶に極端な恐れを抱く「回避性パーソナリティ障害」の傾向をもっているといわれています。この文学好きな中年男性”サラリーマン”は、性格から職業・立場まで、その典型のなかの典型。私はとても気の毒になりました。彼の心の痛みは、まったくもって無用な気疲れなのだから……。

フォロワーのタイムラインには世話焼き無用

そして「Twitterガラパゴス」最後のきわめつけは、「連投ごめんなさい」「騒いでごめんなさい」「相手のタイムラインを汚す」という概念。その発想自体に驚愕でした。

たとえば、あなたがトラ吉さんという人にフォローされたとしましょう。トラ吉さんのタイムラインにどんな投稿が表示されるかは、トラ吉さんが誰をフォローするか・しているか、つまり言い換えれば、トラ吉さんの意思で決まります。よって、トラ吉さんのタイムラインの内容は、あなたのペン、あなたの髪形、あなたの時間などとは違い、あなたのコントロール下にある代物ではありません。フォロワーのタイムラインに自分の手を入れようとすること自体が、完全にすっぽ抜けた的外れなはずです。

疲れるにきまっている、ベタベタな友達関係

自分の他人の区別がなくなるほどの濃密さと一体感。……気色悪いですよね。人とこんなにベタベタくっついていなければならないなら、疲れるに決まっているじゃありませんか。

大人になっても「他者」という概念が頭にない人は、周りの人にベタベタからみついてはさんざん困らせます。彼らの意識ではこの世に「他人」というものが存在しないのだから、「自分の領域」が世界の果てまで続いていることになっている。そこから他人へのコントロール欲が自然発生してしまうのです。

ベタベタな人間関係に疲れる……といえば思春期の子がトイレに連れ立って行くのが世の代表例だと思いますが、「ツイッターガラパゴス」ではそれをはるかに上回る濃密な一体感を、成長を終えたはずの大人たちが、よかれと思って他人に押し付けている。一体、どうしてTwitterでだけこんな「ガラパゴス」ができてしまったのでしょうか……。その原因にはTwitterが上陸した初期のユーザー層とか、偶発性などもあったのでしょうが、そちらの分析は研究者等の方におまかせします。

過剰で的外れな気遣いをする人たちも、独りよがりなルールを押し付けるマンガファンも、ナイーブな文学好き”サラリーマン”も、悪い人ではないのでしょう。

しかし、SNSがどうのと言う以前に、自分自身がしっかり成長しておかないと、無用なストレスで、自分も、他人もがんじがらめにしてしまう。そんな場面を目撃した私は、「SNS疲れ」にはそういうパターンもあるのだ、と切なくなったものでした

同じSNSでも、使う人によってこの違い

以上で紹介してきた過剰な気遣いや密着による「SNS疲れ」は、Twitterの機能に由来するのではありません。アメリカ、オセアニア、アジア圏、西ヨーロッパ、北欧、南米など、世界各地を見渡してもこんなTwitterユーザーはどこにもいないのだから。

もともと利用者の骨の芯までしみついていた「ベタベタ体質」が、Twitterを使う場面で反映された。それが「ツイッターガラパゴス」を言い表す正確な表現だと思います。まったく同じSNSでも、使う人の人間性によっては全然違ったものになるのです。(今回はややピントが外れるので扱いませんでしたが、無論、SNS上でのケンカや誹謗中傷なども、使う人の人間性によって引き起こされるトラブルです。

友達にあれだこれだ気を遣わなければならない。あるいは、フォロワーがよせてくる過剰な気遣いが重たくてわずらわしい。自分と他人の境界線が溶けて一体化するほど濃密な人間関係が気色悪い。こういった「SNS疲れ」を撃退するには、Twitterうんぬんではなく、「ベタベタ体質」のほうを直すしかありません

LINEはビジネス向け?~使う場面が分かれ道

LINEとは、LINE Corporation が運営する、主にスマホ向けの無料インターネット通話・メッセージング(チャット)等のサービスです。

( ©Jakraphong Suwannatrai/123RF.COM )

チャット画面で画像(LINE社は「スタンプ」と呼んでいる)を送信できるというビジュアル面の特長により、主にアジア圏で爆発的な人気を獲得しました。

「SNS疲れ」の巨星といえば、LINE独自の「既読」機能

送ったメッセージを相手が読んだかどうかが表示される。裏を返せば、送られてきたメッセージを自分が読んだかどうかが相手に分かる。LINE独特の「既読」機能は、「SNS疲れ」界の巨星です。小さな「既読」の二文字が「四六時中LINEをチェックしていなければ」「すぐ返信しなくては」とプレッシャーをかけ、ユーザーたちをノイローゼ状態に追い込んできました。

自分が送ったメッセージに「既読」がつかないと「早く読んでくれないかなぁ」と、気持ちの中で相手のプライベートに踏み込んでしまう。

あるいは「せっかく送ったのに見てくれないなんて、もしかして無視されてる?」と不安になる。

しかし、「既読」が付いたなら付いたで「読んだのに返事がないってことは、無視されてる?」と不安になる。

こんなことをしていれば、ストレスでがんじがらめになるにきまっていますよね。実際、中学生から年配のユーザーまで、友達同士でLINEを利用する人はみな、友達がいないところで「『既読』はいらない!」と口をそろえます。私の知人でも、「LINEは絶対やらん!」と頭から拒絶している人がいますね。やり始めたら最後どんな結末になるか、ありありと想像できるからでしょう。

そんな「SNS疲れ」の巨星「既読」機能以外でも、LINEは様々なトラブルのもとになってきました。たとえばラインのチャットでは何人かでグループを作ることができますが、そのグループからはメンバーを削除することができます。これが学校でのいじめに利用されるのは、想像に難くありません。

「既読」が便利と安心に?―同じ機能でも、場面によってはこの違い

と、中学生から高齢者までさんざんストレスとトラブルの種となってきた「SNS疲れ」の巨星・LINEの「既読」機能ですが、オフィスでの利用を念頭に置くと、ずいぶん違った景色が見えてきます。

LINE社のオフィス向けサービス「LINE WORKS」が「働き方が昭和的。」というキャッチコピーを打ったことがあるのはご存知でしょうか? これは、LINEを導入すれば効率よく仕事を進められますよ、という趣旨。つまり運営会社側は、中高校生や趣味仲間ではなく、ビジネスシーンでの利用を持ちかけているのです。

ビジネスシーンでは確かな通信手段といえばメールですが、メールでは相手が読んだのかどうかには手ごたえがありません。この点、「既読」機能があれば、メッセージや添付ファイルが相手に届いたかどうかが明確になります。さらに、仕事用だと割り切るなら、就業時間が終わればLINEは眠りにつきます。私生活までがんじがらめ、という事態にはなりません。加えて、ビジネスシーンでは、もともと、至急連絡が欲しい場合は言葉でそうはっきりそう伝えます。なので、LINEの「既読」を基準に返信するのしないのということにはなりません。

このように、オフィスでの利用なら、「既読」はストレスどころか、効率のよさや安心感にさえつながるのです。

もっとも、ライン社はサービスを手広く運営しており、「LINEマンガ」「LINEクイックゲーム」など、娯楽のコンテンツも多数提供しています。なので、私には「本来オフィス向けのシステムを友達同士の遊びに転用するからトラブルになるのだ」と言う気はさらさらありません。

それに、Twitterでの「ベタベタ体質」と同じく、LINEによって仕事の効率がよくなるかどうかは、結局のところはユーザーの人間性にかかっています。それこそ「昭和的」な人がラインを持ち込めば、オフィスの人間関係はあっという間に「昭和的」なベタベタ地獄と化すでしょう。

ただ少なくとも、「どんな場面でそのSNSを使うのか」は考慮に値するといえます。Twitterでは「同じサービスでも、使う人の人間性によって全然違うものになる」例を紹介しましたが、LINEの「既読」は、「同じ機能でも、使う場面によって違うものになる」ことを示していると思います。

新型コロナのSNS疲れ4パターンとリフレッシュ方法【更新】

新型コロナウイルスの感染拡大が始まって以来、SNS疲れを感じる人が急増しているといわれます。新型コロナ関連の投稿が、新たなSNS疲れの原因になっているのです。

実態はどのようなものなのか。筆者が調査して回ったところ、そうした声にはパターンがあり、おおよそ4つに大別されました。

  1. 新型コロナ関連のニュースを見すぎて鬱屈した
  2. 新型コロナや衛生に対する感性や考え方の違いが浮き彫りになってストレスを感じた
  3. 予防法などのデマに振り回された、デマを知人に拡散してしまった
  4. 誹謗中傷の投稿を多く見てつらくなった

以下では、これら4パターンそれぞれを解説し、リフレッシュ方法を紹介しようと思います。

コロナ報道の見過ぎ

まず第一のパターンは、SNSで新型コロナ関連のニュースを読み続けたら気分が鬱屈した、というものです。

もとよりSNSは、知人との連絡やエンタメだけでなく、多くの人が大手メディアをフォローするなどして情報収集のために利用していました。今回の新型コロナに際しては、関連の情報を楽に得ようと医療機関等を新たにフォローした、という波があったようです。

フォロー先からフィード/タイムラインに続々流れてくる、感染拡大や危機を報じる投稿。それらをひっきりなしに見続けるうちに、気分が落ち込んだり、感染症への緊張とストレスが慢性化したり、無力感から希望が持てなくなったりした、というのです。

こうした「コロナ報道の見過ぎ」による落ち込みやストレスを解消するには、タイムラインに延々と流れてくる情報を受け身で読み続けるのをやめること。新型コロナについて知りたいことができたときだけ、自分で情報を探せばいいのです。

これはSNSの使い方に限ったことではありません。感染拡大が始まった当初から、精神医療の医師らは「一日中コロナ報道につかり込まない」よう訴えていました。怒りやうつ状態の予防のためです。SNSはもちろん、テレビなども含めて広く「情報との付き合い方」を考え直すよいきっかけではないでしょうか。

感性や考え方の違いにヘトヘト……

二番目のパターンは、SNSユーザー同士の直接・間接の対立です。

新型コロナについてSNSに投稿するなら、嫌が応にも自分のとらえ方や感性があらわになります。感染拡大についてどんなことを感じているか、マスク着用をどの程度重視しているか、手洗いや消毒を他人に求める頻度……。SNSをめぐっていれば、自分とは異なる意見に出会います。自分の考え方を批判しているユーザーもいるでしょう。相互フォローでつながっている知人が自分には受け入れがたい考えを持っていた、などと、これをきっかけに違いが浮き彫りになることもあります。

他ユーザーと直接非難の応酬になった場合はもちろん、たとえ間接的であっても、新型コロナをめぐる対立を見すぎたことがSNS疲れにつながっているようです。

この場合、筆者がおすすめするのはこの記事下部の「SNSデトックス」。スパッとSNSから離れることです。

というのも、SNSでくり広げられているのは得てしてただの非難合戦であって、建設的な議論ではありません。いくら読んでもそこに新型コロナの解決策はなく、役には立たない。プラスはなく、心にマイナスが重なるばかりです。バッサリ断捨離するのも生きる知恵ではないでしょうか。

コロナ予防のデマに翻弄され…自分が拡散してトラブル拡大

パターン3つ目は、SNSに蔓延する不確かな情報です。SNSで見つけた「新型コロナ予防法」などを信じて振り回され、あとになってデマだと判明した、といったケースです。

まさに骨折り損のくたびれ儲け。ですが、トラブルが自分の範囲止まりだったなら、それはまだましなケースです。

残念ながら、今回の新型コロナでは、「いいね」やシェアをしたことでデマを知人に拡散してしまった、と後悔する人が多く出ました。拡散したとなれば、自分はデマに加担したのだ、人々を混乱させたのだ、と認めざるを得ません。うかつな失敗は自信喪失につながります。さらに、デマを送りつけたとなれば、知人との間で直接摩擦が生じることも……。

災害時などにも深刻な問題となっているSNSでのデマ拡散は、ほとんどは悪気によるものではありません。ごく普通の一般ユーザーが「みんなにも教えてあげよう」と、よかれと思ってシェアしたら……というのが典型です。

「デマ拡散に加担しないように」ということは、私はマスクの効果について執筆した時をはじめ、SNSやネットの情報との付き合い方に触れた時は必ずのように訴えてきました。デマに加担しないためのポイントを、ここでもう一度確認しようと思います。

  1. SNSの情報は、決してうのみにしないこと。
  2. 情報の出どころをたどって確認すること。
  3. 不確かな情報は、絶対に「いいね」やシェアをしないこと。

そのワンタップで、人間関係や社会秩序を壊してしまうかもしれません。後悔先に立たず。不確かな情報、出どころ不明な情報は、反応せずに、スルーが正解です。

誹謗中傷が多くて辛い……

新型コロナのSNS疲れ4パターン、最後はネット社会に重くのしかかる誹謗中傷です。

今回の新型コロナ感染拡大に際しては、感染した特定個人や、店舗、企業等への誹謗中傷が社会問題となりました。

参考:”自粛警察”の心理~逮捕者はどこで道をまちがえたのか

SNSで誹謗中傷を見ているだけでストレスになり、辛くなったというユーザーが多く見受けられました。

これについてはもうはっきり言いますが、誹謗中傷など見なくていいです。

新型コロナに際しては、SNSへの投稿で逮捕され、名誉棄損罪や偽計業務妨害罪などに問われた人が全国に現れました。事件は以下の記事でまとめてあります。

参考:警察に逮捕された”自粛警察”(「ネットの誹謗中傷具体例8例と、新たな問題点3点解説」)

当たり前なのですが、誹謗中傷はいけないことです。

SNSが社会に溶け込んだいま、SNSを使わなければならないように感じて一日中スマホに目を落としている人々は町の風景の一部になっていますが、誹謗中傷を見なければならない理由などどこにもありません。

新型コロナでヒットの新SNS「Clubhouse」で早くも疲れの声が……

2021年初頭、新型コロナを背景に新手のSNSがヒットしました。Clubhouse(クラブハウス)です。

Clubhouseとは?

Clubhouseとは、スマホアプリで利用するSNSで、「コミュニケーションは音声のみ」という点を最大の特徴としています。ほかのSNSと異なり、文字での投稿やチャットがないのです。

iOSアプリストアのClubhouse(2021年4月22日現在)。

ユーザーは少人数の「room」でリアルタイムに行われている会話を聞くことができ、roomを開いた側の許可があれば自分も挙手発言できます。アプリ名やアイコンのイメージ通り、クラブハウスで通りすがりに誰かの雑談を耳にはさんだり、軽く声をかけて参加するような雰囲気。人気YouTuberや芸能人同士の会話などがユーザー増加の呼び水となりました。利用には、携帯電話番号での登録が必要です。

新型コロナでリモートワークが広がるなど人と直接会う機会が減っていたのを背景に、肉声のリアル感や会話のリアルタイム感が爆発的ヒットの要因となり、2021年1月ごろから日本でも急激に広まりました。

「Clubhouse疲れ」はどうして起こるのか?

しかし、ヒットしたと思ったら即座に、ネットでは「Clubhouse疲れ」を訴える悲鳴が。具体的には、以下のような疲弊の声が聞かれます。

  • Clubhouseでは音声会話がリアルタイムで消えていくため、話者が不快な発言をしがち。不快な会話を聞いてしまった。
  • リアルタイムゆえ「この会話は二度と聞けない」との思いからClubhouseにかじりつき、大量な時間を浪費してしまった。
  • 聞き流しができる仕様ゆえ、仕事中などもずっと会話を流し、聞きすぎ、使いすぎてしまう。
  • 電話番号での登録ゆえ、つながりたくない昔の知り合いや仕事上の関係者に見つかり、Clubhouseでの行動を知られてしまった。
  • 面識のない人とつながるため電話番号を教えたが、後になってセキュリティが不安になった。

私見ですが、Clubhouseはプラットフォームが成熟する前にヒットしてしまったケースで、その未整備な部分がユーザーの疲れを生んでいるとみています。

「不快な発言を踏んでしまった」というのは、運営会社が音声会話を相応に管理・取り締まりできていないことが原因となっています。それに、「音声が流れて消えてそれきり」というのが特徴ならば、ヘイトスピーチ団体等が目をつけるのは今日のSNS業界では少しも想像に難くありません。早くも問題視する声が上がっています。Clubhouseを運営するAlpha Exploration Co.には、リアルタイムに音声で発せられる不適切な発言やヘイトスピーチに今後どう対処していくか、重い課題がのしかかっています。

また、2021年4月現在、ClubhouseアプリはiOSのみでAndroidではリリースされておらず、しかもアプリ内はすべて英語。日本人ユーザーには混乱する人、使い方がよくわからなくて右往左往する人なども多く出ているようです。

そして極めつけは、自分の行動を公開するかどうか、自分を検索できるユーザーの範囲など、アカウント設定が不備で、ユーザーに自由がないことでしょう。電話番号と紐づけの登録なので、Twitterのようにアカウントを複数持ち、用途によって使い分けることもできません。Clubhouseでの行動は電話番号を教えたことがある人すべてにだだもれになってしまうのが現状で、それがSNS疲れ、時には仕事でのトラブルを生んでいるようです。

シリコンバレーのベンチャー企業規模、ユーザー層が限られていた段階で、新型コロナを背景に思わぬヒットとなったClubhouse。今後に課題は山積みです。

下記でしっかり述べますが、私は「SNSはとりあえずは使わないが基本」だとくり返しアドバイスしてきました。まだClubhouseを始めていないなら、興味で飛びつく前に、それがどのようなものなのかチェックすることをおすすめします。それがどのようなものかを理解して初めて、自分はそれを使いたいかどうか、自分の判断ができるようになるからです。

「SNS疲れ」から解放されるために

ここまでSNSの利用からくる様々なストレスを紹介してきましたが、いかがだったでしょうか。こんなことあるある、とうなずいた方も多いのではないでしょうか。

以下では、「SNS疲れ」からのリフレッシュ方法を提案していこうと思います。

「とりあえずは使わない」が基本

私は、SNSは「とりあえずアカウントを開かない・投稿しない」が基本だと考えます。これまでインターネットの可能性を力説し、さらには自己表現を声高にすすめてきた私がこう言うのはもしかしたら意外に思われるかもしれません。しかしだからこそ、私には確信があるのです。

SNSがあって当たり前、は過大評価

新しいSNSが流行り出すたび「やってみたい!」とアカウントを開くのは、流行に敏感な若者だけに限りません。いかにも未来的な「スマホ」での交流は、いま高齢世代でも盛んに利用されています。

ただ、「SNSとは、ある企業が展開しているビジネスだ」という視点を持っている人は、世を見渡してもほとんど見当たりません。私の目からすれば、これが原因でトラブルに陥ってしまう人が社会規模で大量に出てるのが現状です。

私たちの日常にすっかりとけ込んでいるSNS。しかしそれは、他のあって当たり前のもの、たとえば木や雨水とは根本的に違います。

木や雨水は自然にもとからあり、人類は古来から恩恵にあずかってきました。今後もずっと存在し続けるでしょう。

一方SNSは、人間の、そのまた一企業が作り出し、21世紀初頭にちょっと当たったサービス業にすぎません。浮き沈みも激しい業界です。「インスタ映え」に奔走したところで、インスタグラムの流行りは今後何年もつのか。SNSは、たった一時の娯楽にすぎないのです。

せっかくの人生。たかだか一企業の一サービス業にのめり込み、果てには「SNS疲れ」でふさぎこんでしまうのは、なんともちぐはぐではありませんか

どのみち永遠ではないSNSアカウント。たとえ楽しく使えているとしても、上記「Facebook社との付き合い方」で指摘した通り、運営会社に大量の個人データを明け渡している怖い一面とは常に隣り合わせです。ニュース等を得る手段なら他にもあります。ましてやそのSNSが生活の多くを占める重たいストレスになった、ネット上で人間関係トラブルに巻き込まれた、危険な目に遭ったなどとなったなら、SNSがすたれるのを待つことなく、今アカウントを削除して今やめてしまうのが最善の策である。そのことはいつも頭の片隅に置いておくといいと思います。

世界的巨匠と同じ重責を負ってまで、本当の本当につぶやきたいのか

SNSは一時期の娯楽だと言いましたが、いえ、実は、ただの娯楽ではありません。

なぜなら、たとえ自分ではちょっとしたツイートのつもりでも、「表現活動」であることには変わりないからです。

プロの表現者は、表現物を世に発信することの意味と責任を十分理解した上でその道を選んでいます。例として、世界的なベテラン映画監督か誰かを思い浮かべてみてください。その巨匠は、若いころあまたの職業から映画監督の道を選び、長年研鑽を積んで、何年もかけてアイデアを練り上げ、作品をつくり上げ、満を持して世界に発表しますよね。

では、一般ユーザーの「やべー遅刻する。なに電車止まってんだよ」という「つぶやき」は? ……ツイートボタンをタップすることの重大さは、巨匠が10年費やして完成させた大作のそれと同じなんですよ。

「そんなつもりはない!」と驚いたかもしれません。あるいは「自分のツイートが? そんなはずないじゃん」と否定する人もいるでしょう。しかし、それはあなたの主観にすぎません。ツイートをした、つまり全世界へ向けて発言した以上、「あなたに傷つけられた」「あなたは誰それの人権を侵害した」「あなたの発言で損害を被った」などと言ってくる人が出てきた場合、プロの表現者でないからといってあなたの責任が減免されることはありません。

実際、一般ユーザーがSNSで軽率な発言をしたために、ある日突然企業や警察などから法的責任を問われ、一生尾を引くほどの深刻な事態に陥る例は近年後を絶ちません。あまりに多いのでいちいちニュースにならないだけで……。裁判になった。損害賠償責任を負って、多額の支払いが始まった。警察の家宅捜査が入って以来、家族との関係が冷えきってしまった。こういう人はあとになってから「まさかこんなことになるとは思わなかった」と打ちのめされるのですが、その時にはもう後の祭り。この重荷を、一生背負っていくことになっています。

たかだかSNSのために人生を台無しになんてしたくないですよね?

そんな悲劇を防止する方法はちゃんとあります。

投稿しよう、と思ったら、とりあえずその手を止めて、

  • それは全世界に公開すべきことか
  • 不特定多数に公開することで、自分に危険がおよぶ可能性はないか
  • 誰かの人権を侵害をしていないか
  • 社会的・倫理的責任を背負う覚悟はあるか
  • 運営企業や見知らぬ人々にその情報を教えていいか

といった点を考慮すればいいのです。

たとえば、さっきの「やべー遅刻する。なに電車止まってんだよ」というツイートならどうでしょう。電車が止まっていたことへの個人的な不満――それは果たして、全世界に大公開するほどのことでしょうか。そんなツイートをして、なんの意味があるというのか。不当な揶揄で損害を受けたとして鉄道会社に訴えられたとか、名誉棄損の被害届が出されて警察が玄関のドアを叩いてきた、という可能性だってないわけではありません。それに、「遅刻」前後の投稿をみれば、あなたの社会的立場、うっかりすれば学校名や勤め先、利用している電車や行動の時間帯までが、見知らぬ人にも分かります。世の中には、最初から犯罪目的で(たとえば空き巣など)誰かの住所や行動がわかるツイートを探している人もいます。こんなつまらないツイートで犯罪に役立つ情報を自ら差し出し、自分を危険にさらすことはありません(心当たりがあるならいますぐ削除を!)。遅刻くらい、心の中にしまっておくのが得策ではありませんか。

どんなサービスを生み出すかは起業家の自由だし、それこそが社会を活気づかせる原動力でもあります。ただ、もしSNSという新しい産業に決定的な害悪があったとしたら、それは自分がしていることの重大さを自覚しないまま、プロと変わらない重大な責任を1日に何度も背負うような人を世界中で無数に生み出してしまったことに違いありません。

表現のもつ力を力説する私だからこそ、こう考えるのです。SNSは「とりあえず使わない」のが基本だ、と。

友達とは、日ごろからオープンに話せるといい

ほかには、SNS以前に自分が精神的に自立し、まわりの人間関係を風通しよくしておくことでしょう。

「ベタベタ体質」が頭と心にしみついていたら、教室でも、オフィスでも、SNSでもくっつきすぎでヘトヘトになる。これは先に述べた通りです。

なにもそこまで病んではいなくても、「いいね」や「既読」、返信機能から生まれる「無視されたのでは……?」という不安があるなら、一人で悶々とせず、はっきり話題にするのがよい解決策になるはずです。きっと相手も裏では悩んでいるに違いありません。オープンに話してみれば、友達にも喜ばれるのではないでしょうか。

友達とツイッターやラインで遊ぶなら、「『SNS疲れ』って怖くない?」「最近疲れたからやめるわ」などと、普段からオープンに話し合えるのがいいですね。

参考記事:風通しのよい環境を(「学校でのいじめが「事件」になる前に」)

ソーシャルメディア・デトックスでリフレッシュ!

最後になりますが、「ソーシャルメディア・デトックス」という言葉を聞いたことはあるでしょうか? これこそが、「SNS疲れ」から脱却する決定打となります。

「デトックス」とは、「毒抜き」という意味。健康食品なんかで「体にたまった毒素を排出しよう」という意味でよく使われます。

そして「ソーシャルメディア・デトックス」とは、SNSの利用で頭の中にたまってしまった「毒」を抜こうということ。

具体的には、1週間なり、1か月なり、しばらくSNSから離れるんですね。アプリをタップしそうになったら、その指をストップ。投稿は一切見ない。自分も一切つぶやかない。もちろん「いいね」もコメントもしない。友達との連絡に使っている人は、「しばらくデトックスします」と宣言すると入りやすいでしょう。

効果のほどは、やってみればわかるでしょう。スッキリ感、解放感、爽快感……ヘビーユーザーでも「最高だった!」と声をそろえます。

「ソーシャルメディア・デトックス」で生まれ変わったようにリフレッシュ!

デトックスした後どうするかは、人それぞれです。「SNSには戻るけど、使う頻度や時間を区切ることにした」という人。または、「SNSがない生活をしてみたら気分爽快だったので、これを機にスパッとアカウントを削除してしまおう」というのも有効な一手。あるいは、「ヘビーユーザー生活に戻ったけど(仕事の都合でやめられない人もいる)、定期的にデトックスを実施することにした」という人もいます。

いずれにせよ、いったんSNSがない自分に戻ってみることは、「SNS疲れ」から解放されるための最初の一歩であり、最高のリフレッシュ法でもあります。「SNSがない生活なんてありえない!」という人も、思い切って一切を絶ってみると、それはそれはスッキリしたといいますよ。筆者一番のおすすめなので、考えてみてはいかがでしょうか。

私の「メディア・デトックス」体験記

私はもとから他人と四六時中ダラダラつながっているのが嫌いだったし、長年培ってきたインターネットの知識から、SNSという新手の「投稿サイト運営業」には最初から冷めた目を向けていました。だから「インスタ疲れ」等とは縁なくここまでこられたのですが、それでも避けられないのは、テレビや新聞などによる「メディア疲れ」でした。……今思えば、「メディア疲れ」している最中には、ストレスの原因がメディアの過剰摂取によるなんて頭の片隅にもなかったんですけどね。

私に転機がおとずれたのは二十代。わけあって数か月、報道という報道から離れた生活を送ったのです。

すると、どうでしょう。1か月くらいで頭がスッキリ、クリアになりました。その数か月、ニュース・新聞・ネットの報道一切なし。「それで生活できるの?」くらいに思われるでしょうが……不便はただの一つもありませんでした。

あらためて考えれば、今朝のニュースで必要な情報なんてあったでしょうか? 一つもない。全然必要ないもののために心を悩ましていたのは、骨折り損のくたびれ儲けだった。頭の中をゴミだらけにしていたなんて、本当にばかばかしい。そう気付いたのはこの時でした。

「メディア・デトックス」によって、自分の目、自分の思考、自分だけの心や感性が回復しました。私が日々触れていた報道がいらないものだと分かったからこそ、では自分が知りたい情報は何なのか、それを自分で判断できるようになりました。たとえば、傘を持って行くか迷ったときには、今日の降水確率を知りたくなりますね。だったら、その時に、自分で天気予報を探せばいい。天気予報がテレビから流れてくるのをただ待っているより、はるかにシンプルで効率的なライフスタイルです。

私たちは普段さりげなく、当たり前のようにニュースを見ています。しかしメディア(とりわけテレビ)を見るのは人類史上まれにみる受け身的な行為であり、「自分」というものを失ってしまいかねない極めて危険な行為でもあります。ならば、メディアを絶つことで主体性を回復できるはず。テレビに次々現れる会ったこともない他人の事情を日常生活から一掃すると、頭の中は自分の人生で満たされました。意図せず行った「メディア・デトックス」から、思わぬ収穫があったのです。

この経験から、私はいまでもできる限り報道から距離を置き、必要な情報は自分の力で探すようつとめています。そうすることでストレスを軽減し、自分の頭や心を守れていると実感しています。

「メディア疲れ」していたかつての私と同じく、「SNS疲れ」も、人によっては自覚がないのではないかと思います。

本稿が情報過多によるストレスからの離脱、リフレッシュに役立てば幸いです。自分に自信がないのは、自分がたいした人間ではないから。将来に希望を持てないのは、希望を持ちようのない社会だから。――いえいえ、本当は過多な情報に翻弄されているだけかもしれませんよ? 自信や希望は、雨雲に隠される星のように、雑多な情報に邪魔され見えなくなっているだけだった。それもまた、情報社会のまっただ中から場所を移せば見えてくる、現実なのです。

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(2019年8月2日公開。2021年4月23日、「新型コロナのSNS疲れ4パターンとリフレッシュ方法」を追加しました。)

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