YouTuberの行く末~問題とその後を考える

世をにぎわせ、いまや子どもの将来の夢として挙がるようになったYouTuber。動画の投稿を仕事にする彼らの存在は、人々の間にすっかり定着している。

しかし、YouTubeはこれまで大きく、そして急激に変遷してきた。それにともなってYouTuberの世界も変化しており、独占的地位にある世界最大の動画サイトは、様々な分野にわたる多数の問題を抱えている

今回は、そんなYouTuberの行く末を、YouTubeが来た道から論じていこうと思う。YouTuberと聞いて「スライム風呂」「祭りくじ」「おもちゃレビュー」などを連想する読者には意外な話の連続になるかもしれないが、一つの事件だけを取り上げた場当たり的な解説ではなく、YouTubeの全体像が見えるようこだわりたい。

YouTuber前史

最初に、YouTubeの沿革を確認しておこう。

インターネット上に「YouTube」という動画投稿サイトが作られたのは2005年。オンライン決済サービス大手・PayPalの従業員3名による起業であった。YouTubeは技術的に優れたサイトであり、投資家からの支援もあって成長を遂げ、翌2006年10月には16億5000万ドルにてGoogleに売却された。

あやしいサイトの代名詞だった、なつかしの時代

今日、YouTubeが安定したサイトであることには疑いの余地がない。

しかし、そのYouTubeが当初は「コンピューターウイルスだらけのあやしいサイト」だったことを知る人は、今どれほど残っているのだろうか。

私は2010年ごろに家電量販店を訪れた際のことを覚えている。新しいパソコンを探していた私は、パソコンフロアの店員に条件と合ったモデルの品を見繕ってもらった。コンピューター関係全般によく通じた人だった。その家電量販店は、パソコンを購入した人にウイルス対策ソフトの割引を行っていた。店員は私にこう言った――「YouTubeを見たりするなら、絶対入れたほうがいいですよ」。

当時は、YouTubeにアクセスしたり、ましてや動画を再生などしたら、そこに埋め込まれたコンピューターウイルスに感染しかねなかったのである。

しかも、そういった技術的な危険性だけではなかった。初期のYouTubeはいかがわしい動画が大部分を占めているような有様で、そういうコンテンツを求める閲覧者でなければ避けて通るサイトだったのである。

初期を知る者にとっては、「あやしいサイト」の代名詞だったあのYouTubeが、コンピューターウイルスのいない安全な、そして万人が心おきなくアクセスできるまともなサイトへと変貌をとげたのは、信じられないというか、物事は変わるものだと感慨に浸るほどである。

IT業界は猛スピードで変化する。時には5年前の常識がひっくり返るような業界である。YouTubeはYouTube社という一企業のビジネスなので、同社の舵取り次第で、このようなドラスティックな変化を遂げるのである。

YouTube社はどこから利益を出している?

私はかねてより、SNS等について考える時はまず

  1. 誰がやっている(運営会社)
  2. 何のサービスで(サービス内容)
  3. どうやって利益を出しているのか(ビジネスモデル)

を押さえるのがポイントだと伝えてきた。SNS等をめぐる問題は複雑である。自分を見失わないためには、最初に「YouTubeとは何か」という基本の基本を押さえ、考えるときの大枠をつくっておくのがコツなのである。とりわけ重要なのが、3番目のビジネスモデルである。

YouTubeは、アカウントをとるのも、動画の閲覧や投稿も無料でできる。では、YouTube社は従業員への給料をどうやってまかない、どこから利益を出して会社をまわしているのだろうか?

上記3つのポイントに当てはめると、YouTubeは以下の通りになる。

  1. Google傘下のYouTube社が運営する
  2. 動画共有サイトで
  3. 主に広告主からの広告料で利益を出している

広告料で利益を出しているということはつまり、YouTube社はどんな業種の会社なのかといえば、「貸し看板屋」なのである。

YouTubeへの広告掲載ad
これはYouTubeが出した客集めの宣伝。「YouTube上に広告を出しませんか?」と訴えている。

YouTubeなんだから当然「動画の会社」……と思いきや、「利益を出す方法」という視点から見れば、動画は無関係である。動画サイトという「大勢の人が集まる場所」をつくって管理運営し、「ここに広告を出せば多くの人に見てもらえますよ」と企業等を呼び込んで広告料をとる。それがYouTubeのビジネスモデルである。

その「貸し看板業」の世界で、YouTubeは肩で風を切って歩く、まばゆいばかりの成功者である。というのも、広告主にとって、ネット上の広告には、町の貸し看板を借りるとか、テレビCMを打つとか、新聞・雑誌の広告欄に広告を載せるよりも断然優れた点がある。ネット上の広告は「パーソナライズ広告」または「ターゲット広告」と呼ばれ、我々一般ユーザーの行動履歴と関連した広告が表示される仕組みになっている。したがって、たとえば自動車会社なら、車好きの人だけにしぼって広告を届けられる。広告費の無駄は激減、効果は倍増というわけだ。

ただ、オンライン広告のまさにこうした特性のために、親会社Google等はこれまで幾度もプライバシーや差別にかかわる問題を起こして批判されてきた。詳細は以下リンクを参照されたい。

参考:GAFA独占の問題点と日本の現状・課題

さて、以上を整理すると、次の三者

  1. 一般ユーザー
  2. YouTube社
  3. 広告主

の相関関係が見えてくる。以下に図解してみた。

YouTubeと広告主の相関関係図
YouTube社は、おもしろい動画サイトを基本無料で提供することで人を集め、企業等に「看板」を貸すことでビジネスとして成り立っている。

このうち、YouTuberは「一般ユーザー=サイトに集まってくる人」のうちに入る。つまり、YouTube社にとって「お客様」ではない。ただ同時に、YouTubeは、人々から注目されるような動画や投稿者を求めている。サイトに人が集まらなければ「貸し看板」の価値が下がって利益が減ってしまうからだ。そこでYouTubeは、動画を投稿してくれる人を呼び込むために「パートナープログラム」を設け、「貸し看板」から得た収益の一部を払っている。

これら三者の立場関係をまず理解しておけば、以下で述べるYouTuberをめぐる問題の全体像が視野に入ってくるだろう。

YouTuberの誕生~無欲の時代と問題の萌芽

初期のYouTubeは、一般人が遊びで利用する動画共有サイトだった。家族を撮ったビデオやペットの愛くるしいしぐさ、旅先の風景や動物、たまたま見かけたおもしろい場面……。素人がアルバム感覚で、個人的な動画を気軽にアップロードして楽しんでいたのである。

それが思いがけず話題となり、シェアにシェアをくり返して何百万回、何千万回、1億回以上も再生されて、一躍スターになる投稿者が現れた。これがYouTuberの原型である。

このころは、動画が話題沸騰になるのは本当に偶然だった。ねらって仕掛けたのではなかった。投稿者にとっては青天の霹靂である。突然有名になって広告の収益が入るという幸運が空から降ってきたのである。

ただこうした「無欲の時代」に、今日のYouTuberをめぐる問題はすでに萌芽していた。その一例が、インターネット史に刻まれている動画「David After Dentist(歯医者帰りのデイビッド)」である。

ホームビデオのつもりが大ヒット

「歯医者帰りのデイビッド」は、2009年にアップロードされた、父親が息子のデイビッドくん(当時7歳)を撮影した2分にも満たない動画である。家族の日常のほほえましい一コマといったところである。

これがユーモラスだと話題になり、視聴回数は1億3960万回を超えた(2020年9月1日時点)。デイビッドくんをまねて車のシートで吠えるオマージュ動画の投稿も相次いだ。デイビッドくんは一躍世間の人気者となり、一家が得た広告収入は約20万ドル(約2000万円)にのぼったといわれる。

すぐさまニュースでも取り上げられた疑問や批判

ところが、デイビッドくん一家の行く末はそうそう明るいばかりではなかった。話題となって早々、動画を撮影・投稿した父親に対して疑問や批判の声が上がり、TodayやFox Newsといった大手メディアで取り上げられたのだ。「親が(金や名声のために)子どもを利用している」というのである。

デイビッドくんの父親は、単にホームビデオを家族で共有するつもりだったという。歯医者に行った日、デイビッドくんの母親は出張中だったので、父親はその間の様子を見せようとビデオに撮った。それを家族や友人に見せようと考えた時、一人一人に動画を送るよりかんたんだからとYouTubeにアップロードしたという。息子を大勢の人に見せたいと意図したわけではなく、そもそもYouTubeではアカウントを開いたばかりのライトユーザーで、「パートナープログラム」に入ったのは動画拡散から1週間以上経ってからだった。

デイビッドくんの両親はインタビューで「宝くじが当たったようなものだった」とふり返り、収益はデイビッドくんらの学費に充てると答えている。等身大の帰結といえよう。

デイビッドくんが成長してこのことをどうふり返ったか、親が子どもの動画を投稿するときに生じ得る問題や気を付けるべきことについては、あとで詳細に論ずる。

YouTuberの定着と、あみの目状に広がる問題

こうして、「YouTubeにビデオを投稿すれば巨万の富を得られるかもしれない」という知識が世間に広まった。YouTubeの人気は沸騰し、投稿者の目的は、ただの楽しみから金銭を獲得する方向へと移り変わっていく。企業がこぞって自社チャンネルを開いていき、アーティストやミュージシャン等が活動の一部としてYouTubeを利用するケースも増えていった。

YouTubeへの動画投稿を仕事にした人の総称が「YouTuber」である。

YouTuberによる動画の内容は、エンターテインメントのほか、旅行、料理、映像作家の作品発表、独立系ジャーナリストによる鋭い報道、米軍に対する批判、差別撤廃を訴える政治的言論などがある。

……筆者が何か的外れな話をしているように感じられ、当惑した読者もいることだろう。というのも、昨今世の中で「YouTuber」と言われるとき真っ先に挙げられるのは「スライム風呂」「祭りくじ」「おもちゃレビュー」といった、「奇をてらった大衆娯楽」のイメージだからだ。子どもたちの人気と羨望を集めているのも、この類のチャンネルである。

実は、日本には、海外と比べると異色かつ独特なYouTuber事情ができあがっている。私は以前日本の「Twitterガラパゴス」を指摘したが、YouTuber事情もまた、ガラパゴス化しているのである。

日本のYouTuber事情はガラパゴスだという事実

日本のYouTuberは、基本的にお茶の間の人気者志向である。動画の内容は非常に大衆的で、「やってみた」という軽いノリがエンタメ業界らしさをよく表している。彼らが時に醜聞で世をにぎわせることからも分かる通り、日本のYouTuberは芸能界モデルで動いているのである。

一方、アメリカなど私が知る限りの海外では、YouTuberは起業家である。動画の内容いかんを問わず、YouTuberになる人は、ベースがビジネス思考である。カラーが全然違うのである。

端的に言うならば、海外のYouTuberは起業家、日本のYouTuberは芸人だといっていい。

個人的な話になるが、私はYouTuberといえば日本より先に海外での事情を知っていた。こよなく愛する旅行や料理などを自分の仕事に仕立て上げ、インターネットで夢をつかんだ新進気鋭の起業家たちである。YouTuberとはそういうものだとばかり思っていた。そんな私が日本で有名だとうわさの「スライム風呂」を目の当たりにした時にどんな顔をしたか、想像してもらえるだろうか。まるで別世界に迷い込んだかのようで、「これは一体なんなのか」と当惑したものだった。

もっとも、日本でもチャンネルのテーマはじつにさまざまで、YouTubeをアート作品発表の場にしたり、言論を行ったりするYouTuberは存在している。ただ、日本人の頭の中で「YouTuber=エンタメ」のイメージは固まっている感がある。私は、そのイメージはYouTube全体からしたらうんと偏っているのだ、ということが認知されるべきだと常々思ってきた。そうしないと、YouTubeをめぐる問題の全体像をつかめないからだ。

YouTubeをめぐって起こった事件を比較すると、その違いがはっきりと見えると思う。

ヒカルの”炎上”事件とその後から

ここで、2017年8月に起こったYouTuber・ヒカルの”炎上”事件を紹介しよう。

ヒカル(芸名)とは日本のユーチューバーである。代表的とされる動画は「当たりはなかった?祭りくじで悪事を働く一部始終をban覚悟で完全公開します」で、内容はタイトル通り屋台の祭りくじを買い占めるというもの。視聴回数は4400万回を超えている(2020年9月1日時点)。このような大金を投入して行う「やってみた」系の動画で人気を集め、チャンネル登録者数は414万人(同時点)である。典型的な日本の芸人型YouTuberといえよう。

事件の事実関係を整理すると、2019年、ヒカルは他の人気YouTuberラファエルおよびいっくん(いずれも芸名)と共同の企画を実施した。仮想の金融市場「VALU」にて、ヒカル及び他2名を仮想の株式「VA」とし、3名で人気を競うというものである。

金融市場「VALU」も株式「VA」も仮想とはいえ、本企画は架空のゲームではない。「VA」は一般視聴者・ファンがビットコイン(=リアルマネー)を払って購入するものであり、本物の株式市場のように価格が上下するのである。ヒカルら自身も「株」を所有しており、価格は高騰していた。

ところが、3名は同時期に保有していた全株を売却。「VALU」において「株」の価格が暴落したため、「株」を保有していたファンらには大きな金銭的損害が生じた。この直前、ヒカルら3名が契約していたYouTuber事務所・VAZの顧問が全株を売却していたことが発覚すると、本企画は同顧問に利益を出すための計画だったのではとの見方が広がった。こうしてヒカルらに批判が巻き起こったのである。

その後、ヒカルは自らのTwitterで「お騒がせして本当にすみませんでした」と関係者に謝罪。売却した「株」を過去最高値で買い戻すと発表し、YouTubeおよび他SNSへの投稿を停止した。

炎上から約2か月が経過した11月半ば、ヒカルは動画投稿を再開した。その後は、以前と同様の活動を続けている。

事件の特徴~奇をてらった大衆娯楽

ヒカルの”炎上”事件が海外のYouTube事情と異なっているのは、まず第一に、他の人気YouTuberや「事務所」ぐるみの企画だったという点である。

アメリカ等海外ではYouTuberは起業家の一形態であり、起業家は「自分が自分の上司になれるのが魅力」と口をそろえる。自分の仕事や働き方を自分で決められるというのである。それとは反対に、日本の芸人型YouTuberは組織ベースで動いている。

さらに、報道へ目を向けると、ヒカルの”炎上”事件は芸能ニュースに分類されている。YouTube関係の事件であるにもかかわらず、一般紙の経済面でもIT関連でもない。実際、内容的にも醜聞止まりである。

このように、ヒカルの”炎上”事件には「日本のYouTubeは奇をてらった大衆娯楽である」という特色がそのまま表れている。(筆者は、日本のYouTube独特の大衆性が個人的な好みに合うかと聞かれたらそうではないが、そのような動画を見るべきでないとか、ましてや発表すべきでない、地上からなくなるべきだなどとは考えていない。感性は人それぞれであって、優劣はなく、ましてや一人の人の表現の自由を抑圧することはこの社会に生きるすべての人の自由を抑圧することと等しいからだ。)

それでは次に、海外で「YouTuberの事件」といったらどんな話が出てくるのかを紹介したい。

YouTube本社で銃撃事件、犯人は……

2018年4月3日、アメリカ・カリフォルニア州のYouTube本社に何者かが侵入、オフィスで銃を乱射して、同社従業員3名を撃ったのちに自殺した。

その後、警察による捜査で、容疑者は人気YouTuberのナシーム・アグダム(Nacim Aghdam、本名)だと判明。彼女は「菜食主義のボディビルダー」や動物愛護をテーマとする人気YouTuberで、動画は100万回以上再生されていた。

私から解説を加えておくと、ナシームは、初期に偶然幸運を手にしたグループより後発の、起業家モデルでYouTubeに進出した世代である。起業家の思考法では、まずは自分が「新規参入」できるかどうか、その余地を考える。ナシームの場合、やろうとしているテーマは「菜食主義」だが、それならすでに多数の動画が人気を集めている。「菜食主義」だけでは勝てないのである。そこで彼女は「菜食主義」に筋トレや動物愛護を加えることで独自性を打ち出し、健康志向の人々から支持を集めて成功した。幸運が偶然舞い込んだのではなく、最初から「自分のビジネスを立ち上げる」意図でYouTuberとなったのである。

このようにYouTubeで成功をつかんだはずの人物が、そのYouTubeに恨みを抱いて襲撃するに至ったのである。なぜなのか。

事件の「真面目」な背景

事の発端は、YouTube上で、白人至上主義者をはじめとする様々な過激派が、差別や偏見をあおる活動を展開していることだ。「ヘイトスピーチに場を提供している」として、YouTube社はかねてより批判を浴びている。

それに輪をかけたのが、国際テロ組織ISだった。ISは映像を駆使した勧誘で知られ、組織内には映像美術を専門的に学んだ者がいるといわれていた。ISはYouTubeを宣伝の場として利用し、また残虐行為の動画を載せていたので、YouTube社への風当たりはさらに強まった。

そうこうしていた2017年3月、ヘイトスピーチやISの動画の横に広告を掲載され社のイメージを損なわれたとして、数々のグローバル企業がYouTube広告をボイコットする。

冒頭で確認した通り、YouTube社の「客」は広告主である。その「客」からボイコットされた同社は、対応策として、過激派のものとされる動画への広告配信を打ち切った。広告停止のみならず、大量の動画を一挙に削除した。

ところが、この対応策には明らかな問題があった。ヘイトスピーチ等とはまったく関係ない動画まで大量に広告配信停止や削除の対象となってしまったのである。

菜食主義をテーマとしていたナシームも、この措置の巻き添えとなった。ほとんどの動画で広告を停止されたといい、事件前には「差別された」などとYouTubeを批判する動画を発表していた。

そもそも表現者・言論者としてのYouTuberは、発表した表現物に広告欄をもうけるモデルで成り立つ仕事である。この点では、新聞や雑誌とよく似ている。YouTube社に広告配信を止められる、動画を削除されるということは、YouTuberにとってはその分の減収を意味する独占企業であるYouTube社の判断ひとつで、生活が立ち行かなくなりかねないのである。

かくして人気YouTuberナシーム・アグダムは、突然、合理的な理由なく収入を激減された恨みを募らせ、彼女自身の活躍の場であったYouTubeの運営会社を銃撃するに至ったのである。(事件後、YouTubeはナシームの動画とチャンネルを跡形もなく削除したので、今日では実物を確認することはできない。)

銃撃事件の背景となった広告停止・動画削除に対しては、強い批判がなされている。

まず第一に、措置対象の決め方がお粗末すぎた。世界中からアップロードされた膨大な動画を人間がひとつひとつチェックしたはずもなく、コンピュータープログラムが動画のタイトルとサムネイルから自動ではじき出したのだが、内容が少しでも政治的であれば、たとえ差別撤廃を訴える動画であっても、広告停止や削除の対象となってしまったのである。これではヘイトスピーチ対策になっていない。

また、YouTube社による動画大量削除は、世界中の表現者に新たな影を落とした。収入源を断たれる不安が脳裏をよぎるようになったYouTuberには、その後、同社が問題にしないであろう当たり障りないエンタメ動画を制作するよう、無言のプレッシャーがのしかかる結果となったのである。

さらに、世論誘導の危険性も指摘されている。YouTube社は「サイト運営者」である。つまり、アップロードされた全動画に対して、削除する、広告を停止する、検索順位を上下させるなどフルコントロールの力を有している。ならば、同社は特定の思想をYouTube上から消し去り、特定の思想のみが残れるよう操作することもできる。YouTube社のような巨大民間企業によって、市民が特定の思想や政治的決定に誘導されることは、技術的にはすでに可能となっているのである。

こうしてYouTube社は「言論統制」を引き起こした。その後も「小児性愛的なコメントが野放しにされているサイトは当社の方針に合わない」などとして広告主がボイコットを行ったことは何度もあり、表現者からは「表現の自由が抑圧されている」と批判が続いているが、現状では打開の道は見えていない。

沿革をたどれば、YouTubeは娯楽向けサイトである。一企業として娯楽動画のプラットフォームを志向するのは自由じゃないか、という市場の原理はあることにはある。

しかし、動画サイト運営という産業で世界一の独占的地位を誇り、したがって絶大な影響力を有する以上、同社による「言論統制」の社会的責任は重大である。

このように、YouTuberをめぐる問題は、表現の自由や民主主義、ビジネスの倫理や巨大企業の社会的責任など、様々な分野にわたってあみ目状に広がる、真面目で難解な問題なのである。

ジグソーパズルでできたYouTubeのロゴ

YouTubeの来た道と行く末

以上、YouTuberの誕生、そしてその後問題があみ目状に広がっていった経緯を時系列に沿って解説し、日本のカラーは独特だということを指摘した。

ここからは問題点をひとつひとつ個別に解説し、YouTubeの行く末を占おうと思う。

チャンネル登録者・動画再生回数を売る業者の出現

TwitterやInstagramで起こった現象は、当然のごとくYouTubeでもくり広げられた。チャンネル登録者や動画再生回数を販売する業者が現れたのである。フォロワーやいいねの数でハクが付く世界ゆえの帰結である。

公正さを保つため、YouTube社はチャンネル登録者や再生回数の売買を禁止している。業者から購入されたチャンネル登録者や高評価、コメントは削除し、悪質な場合にはチャンネル自体の閉鎖に踏み切ることもある。

しかし、YouTube社がどこまで本気かは疑問である。「場外」の業者がどうあれ、YouTubeが人の集まるサイトであることがビジネスにとって最重要事項だからだ。人気YouTuberのなかにも、チャンネル登録者や再生回数の販売業者を利用している人がいるといわれている。

「YouTuber事務所」の登場

YouTuberの芸人的なイメージを決定づけているのは、芸能事務所ならぬ「YouTuber事務所」の存在だろう。

初期のYouTubeで偶然幸運を手にした世代と異なり、今日ではアップロードした動画が何千万回も再生されるには専門的なノウハウや技術力が必要である。

とくにこの新型の「スター」となるには、組織レベルの力がバックになければならないのである。

一攫千金を夢見る親が続出

ただのホームビデオだったはずの「歯医者帰りのデイビッド」が1等当選宝くじに変身した出来事は先に紹介した。

そんな幸運がこの世にあると知ると、一攫千金を夢見て子どもの動画をアップロードする親が続出した。

その後、病気の子や子どもの手術を撮影する親まで現れた。「歯医者帰りのデイビッド」の時点ですでに「子どもが痛がっているのはおもしろいことではない」との声があったが、親たちは過激化していったのである。

デイビッドくんのその後

2019年、インターネット史に名を残すデイビッドくんが大学へ入学するというので話題になった。自分の意思をもつ年齢になった彼は、7歳で突然時の人となった経験をどうふり返ったのだろうか。

結論を言ってしまうと、彼は「クールな体験だった」とポジティブに語っている。大学への願書にも当時の逸話を記したという。つまり、親を恨んでいるということはない。動画のせいで学校でいじめに遭った、動画を見た大人から何らかの被害を受けた、将来が台無しになったといったことも、デイビッドくんにはなかった。

子どもの動画をアップロードするときに気を付けるべきこと

しかし、ハッピーエンドとなったデイビッドくんの両親ですら、一時は悪意あるコメントへの対処に追われていた。

そもそもネットには、「ネット上に公開したコンテンツは不特定多数が閲覧できる」という大原則がある。なかには、悪意を持ってネットを徘徊している者もいる。

「YouTubeにアップロードされた子ども」という範囲に限るなら、トラブルは「小児性愛」と「いじめ」の2種類に大別できると思う。

まず一つ目だが、YouTubeではかねてより、日常を撮ったごく普通の動画に映っている子どもを性の対象として見るような不適切なコメントがなされたり、コメント欄が小児性愛仲間に動画を知らせる目的で利用されるといったショッキングな事例が問題となっている。サイトがこのような目的で利用されるのはYouTubeにとっても由々しき事態なので、親会社Googleはそのようなコメントの削除、アカウントやチャンネルの閉鎖といった措置を講じているが、いたちごっちは続いている。

ネット上の動画を原因としたいじめも深刻である。その走りとなったのが、累計視聴回数が10億を超えるといわれる動画「Star Wars Kid」だ。カナダの高校生・ギスレインくん(2002年当時15歳)が自分で自分を撮影し、友達がネット上にアップロードしたものである。

見ての通り、この動画自体に問題となりそうな要素は皆無で、むしろ彼が披露したダース・モール(人気映画『スターウォーズ エピソード1』に登場するキャラクター)のアクションは見事である。彼は一躍スターとなり、後にスターウォーズのファンが「エピソード3にぜひ出演を」と署名を集めたほどである。

しかし、ギスレインくんはこれをきっかけに学校でからかわれ、嫌がらせを受け、ついには転校を余儀なくされた。ネット上をはじめとする一般社会でも悪意ある声にさらされた。彼はうつ病と診断されて入院し、家族は動画を無断でネットにアップロードした友達3人の保護者を訴えた。

このように、たとえすばらしい動画であっても、ネットに投稿すれば、思わぬトラブルに発展する可能性もあるのである。

以上、「小児性愛」と「いじめ」の存在を踏まえると、赤ちゃんや子どもの動画をアップロードする親が気をつけるべきポイントは

  1. 誰に公開するのか
  2. 内容は子どもが困るようなものではないか

の2点に集約されるだろう。

まず、動画の内容が常識的で、一般に好感を持てるものであることは大前提である。(ギスレインくんはその後、動画とはまったく関係ない人生を送り、友達3人とは示談が成立、大学を卒業して社会で活躍しているそうである。)

不快なコメントがつけられた場合は、早々に削除するとよい。あるいは動画そのものを削除して、トラブルのもとを断つのもよい。いやな思いをしてまでそのままにしておく理由はどこにもない。

悪用を防ぐため、コメントできないよう設定するのも得策である。デイビッドくんのチャンネルも、2020年現在はコメントを許可していない。

加えて、赤ちゃんや子どもの動画では肌の露出やポーズなどには気をつけたい。たとえ親や一般人にとっては天使のような赤ちゃんのホームビデオであっても、発信先が不特定多数となれば、想像だにしない見方をする者も存在し得る。要は、「パジャマでおじゃま」のネット版である。万が一投稿した後に何かがおかしい、危ないと思うことがあったら、迷うことなくすみやかにコメントや動画そのものを削除するとよい。

アカウントを「非公開」にして、動画の閲覧者を知り人の範囲に限るという強力な手もある。これなら”荒らし”や変質者は完全にブロックされるので、安全性は一気に高まる。

さらに私は、長い目でみたときには動画を削除する、アカウントそのものを削除することを、はじめから視野に入れておくようアドバイスしたい。ネットに投稿したものは、たとえ本人が忘れ去っても、ネット上にはそのままの形で残っている。近年でいえば、なぜか職場で悪い印象を持たれていぶかしく思っていたら、ほったらかしていたmixi(10年以上前に流行ったSNS)への今となっては恥ずかしい投稿を見られたからだと判明して青ざめた、などといった逸話がある。一時を楽しんだアカウントがリスクに変貌する前に、自分自ら幕を下ろすのが得策なのである。

私は不安感をあおり立てて世の人を混乱させるような物言いを避け、冷静かつ実際的に解説するようこだわってきた。ただ、ネットの世界はデイビッドくんのころより陰惨になったというのは事実である。いわゆる”リベンジポルノ”の被害者が、それが半永久的に消えないというので終わりない責め苦に苦しんでいたり、SNSでの誹謗中傷から悲痛な自殺に追い込まれる人まで現れていることを考えれば、厳粛にならないではいられないだろう。人の顔や姿は無論隠すものではないが、ネットには特殊性がある。インターネットは可能性だ、第三次産業革命を活用すべしと声高らかに訴えてきた私は、同時に「とりあえずは投稿しない」が原則だとも呼びかけている。インターネットはじゅうぶん気を付けて、賢く使いたいものである。

【提言】子どもYouTuberのその後を懸念する

実をいうと、筆者はIT業界には通じているが、YouTubeのファンだったことはない。スマホアプリにいたってはタップしたことすらない。

そんな私が驚いたのは、新商品のCMが公開されているというのでYouTubeにアクセスした時だった。おそらく小1くらいのYouTuberが、企業と提携したおもちゃレビューで、何千もの再生回数をマークしていたのである。

当然だが、こうした子どもYouTuberの場合、YouTubeへの新規参入、商品を宣伝したい企業との提携、動画の企画、撮影、編集、ビジネス展開、経理その他の事務仕事に至るまで、すべては親や事務所が裏でお膳立てしている。プロの起業家と違ってまだ初等教育すら修めていない子どもは「自分が自分の上司」になりようがないからである。

ポップで楽しいおもちゃ動画を見終えると、私はふさいだ気持ちになった。嬉々としておもちゃの箱を開けているこの子たちは、成長して世の中が分かるようになってから、周りの大人たちに動かされるままYouTuberをしていた自分をどう思うのだろうか。

子どもYouTuberの「その後」は現時点では未知数だが、これから時間が経てば「その時」は必ずやってくる。

子どもというのは年相応の感性を持っており、年相応の経験を通してすこしずつ成長していくものである。子どものうちから大人の都合や価値観で動く世界に身を置くことは、健やかでのびやかな成長の妨げとなり、その後の人生に暗い影を落とすケースも少なくない。

その代表例といえば、子役と受験である。テレビや映画で大人が望む子どもらしさを演じ「かわいい、かわいい」ともてはやされた人気子役が、その後精神的に崩壊して目も当てられない人生を送ったり、小学生のころから偏差値ですべてが決まる受験業界のレールに乗せられていた人が、就職活動で突然自分のやりたいことを問われて壁にぶつかり、とうとう内定先を得られなかった、といった苦々しいパターンにはこくりこくりとうなずけるだろう。

このように、子ども時代に年相応の経験をできず、子どもらしさを受け入れてもらえないことは、その後の人生に深い傷を残しかねない。

子どもYouTuberにその後の人生で問題が生じるのを防ぐためには、彼らがきちんと教育を受けられることが最重要である。人が人間らしい人生を歩んでいくためには、学が必須である。子どもYouTuberには、大人の世界での活動や価値基準が優先されることなく、本人が成長するための教育を受けるチャンスが保障されなければならない。

さらに、彼らが成長過程の子どもであることは十分配慮されるべきである。心のケアや負担軽減もそうだが、インターネットの特性上、動画の内容には倫理的なガイドラインが設けられるべきだ。子どもが「YouTuber」という新しい形でおもちゃの宣伝に出演する程度なら社会的に許容されるだろうが、その後の人生に支障をきたすような発言させる、きわどいキャラクターづくりをするといったことはひかえるべきである。いわゆるYouTuber事務所は、業界として倫理に取り組むべきである。

根源的に大事なのは、子ども本人の意思、そして尊厳である。本人の意思を尊重することは、その人を尊厳ある人間として認めることを意味する。反対に、本人の意思を二の次にまわすのは、その人をモノ扱いすることに等しい。

いまYouTuberをしている子どもたちが、自分の自由意思でその後の人生を歩んでいけるよう筆者は願っている。

「子どもの夢がYouTuber」を深刻にとらえなくていい4つの理由

子どもが人気YouTuberのチャンネルにかじりついていたり、将来の夢を聞かれて「ユーチューバー」と答えたりしたので、その親が「このままでこの子は大丈夫なのか」と心配したり、子どもが将来を真剣に考えていないのではないかと悩んだり、人気YouTuberへの拒絶反応を起こしたりするケースが続出している。

前述の通り、日本のYouTuberは基本的に芸能人であって、醜聞で名を売ることもめずらしくなく、その動画は大衆娯楽のなかでも大衆的で、人によって好みが分かれる内容である。親たちが戦々恐々とするのは、こうした俗っぽさへの嫌悪感に端を発すると言ってよいだろう。

しかし、「子どもの夢がユーチューバー」を深刻にとらえる必要はまったくない。その合理的理由を4つ示したいと思う。

第一に、子どもがいう「将来の夢」は、漠然としたあこがれや成長していくエネルギーの表れであって、実際にその職業になろうという現実的な性質のものではない。幼児期なら、「ウルトラマンになりたい」などと言う子は必ず2、3人はいるものである。将来の夢がウルトラマン、何一つ問題ないではないか。純粋無垢、希望でいっぱいな愛くるしい姿、心の健全な成長の証である。

自分の適性や興味関心と向き合い、自分に適した進路を選び、それを実現すべく現実的なステップを一段一段こなしていくのは、もっとずっと大きくなってからの話である。

第二に、子どもというのは元来遊びが好きなものである。しかも、子どもの脳は自由に遊ぶことで育っていく。ユーチューバーになりたい理由が「大人になっても遊びたいから」だというので気にする親がいるようだが、それは努力をいやがっているとかいうことではなく、むしろ健やかに順調に育っている証拠である。

行動を伴った現実的な職業選びをするのは、やはりもっとずっと大きくなってからの話である。大人の価値基準や考え方は、子どものそれとは別次元なのである。

第三に、子どもが口走る将来の夢というのは、時世や周りの大人が言ったこと、そしてプロパガンダによって決まるものである。幼児なら歌手、パン屋さん、お医者さん、お花屋さんといったよっぽど有名な職業しか知らないわけで、いまの時世では「よっぽど有名な職業」にYouTuberが入るのだから、確率的に選ばれることはあって然りである。

プロパガンダについて言うなら、小学校のころ「”サラリーマン”になりたい」と言った子はクラスに必ずいただろうと思う。大人になってふり返れば、子どもが言った「”サラリーマン”になりたい」は、大企業を中心とした戦後日本社会に将来世代を動員するためのプロパガンダにまんまと誘導された答えだったと分かるだろうし、また同時に、純粋無垢な子どもは日々容赦なく流れてくるプロパガンダに対抗しようがないのだ、という良いも悪いもない事実も分かるだろう。

自分の意思というものを持てるようになるのは、これまたずっと大きくなってからである。子どものうちは時世や周囲に流されるのは少しも恥ずかしいことではないし、ゆえに大人が辛辣な批評を下す対象ではない。

最後に、歌手やお笑い芸人、プロ野球選手といったいわゆる「スター」は、どの時代にも将来の夢にランクインしている。あこがれの対象としてわかりやすく、メディアでたびたび見かける有名な職業だからである。小さい子が「お笑い芸人になるんだー」と言ったところで、どこの親が心配するだろうか? その後実際にお笑い芸人を目指した人などいただろうか? YouTuberはその現代版にすぎない。

以上より、子どものいう「将来の夢」は大人の「職業選び」とは根本的に違っていて、実際に目指すわけではないのだから、「子どもの夢がYouTuber」を親が真剣に悩んだり批判したりする必要はまったくない。子どもに「ユーチューバーになりたいなー」と言われたら、「○○は人を楽しませるのが好きなんだー」とか、ダイニングでの会話として「そうなんだー」とほほえんだりするので完ぺきである。

むしろ、大人にとってYouTuberを考えるのは、社会の仕組みについて学べる学生時代以来のチャンスではないだろうか。

先人たちの人権獲得の努力によってこの社会はめざましく改善され、今日では誰もがまともな教育を受けられるようになった。普段はあまり意識しないかもしれないが、今の日本人は、100年前の人々には夢のまた夢だった高水準の学を備えている。

それでもなお、世の中は大人になっても知らないことだらけである。YouTube関係の物事はなにせ様々な分野にかかわるので、世にもまれなほど知的好奇心を満たしてくれるはずだ。

また、もし読者がブラック労働や漠然とした生きにくさに苦しんでいるなら、YouTubeの仕組みや関連事項は興味関心をよせるテーマとしておすすめしたい。それらを知っていく過程で、自分の頭をがんじがらめにしている仕事観や人生観が客観化されるからだ。気が楽になったり、モヤモヤしていた世の中がクリアに見えるようになったり、あるいは人生の突破口が見つかるかもしれない。

こうした大人の事情を希望でいっぱいの子どもにぶつければ「子役のその後」と同じ暗い運命を招いてしまいかねないので、子どもが外へ遊びに出かけたあとにでも、社会について、ひとりじっくり学んでみてはいかがだろうか。

YouTube社の行く末を左右するヘイトスピーチ

GAFAをはじめとするIT巨大企業にとって、ヘイトスピーチ対策は最も大きな課題のひとつである。

YouTubeの場合、問題となるのは以下2点、すなわち

  1. ヘイトスピーチへ場を提供している
  2. 「次の動画」と自動再生機能

である。

まず同社は、ヘイトスピーチ対策をしていることにはしている。しかし何より不十分であり、的外れな措置も多い。YouTuberから恨みを買って銃撃まで受けたほどである。

大きな問題となっているのは、「次の動画」とその自動再生機能である。

YouTubeのDavid After Dentistと次の動画リスト
「次の動画」と自動再生ボタン。多くのユーザーが好みの動画を見つけるきっかけとして楽しんでおり、YouTubeにとっては自動再生で視聴者のサイト滞在時間が長くなればその分だけ広告を流して利益になるのだが……。

白人至上主義団体をはじめとする過激派は、雑学やレクチャー動画などの皮をかぶって差別をあおる活動をしている。そんなヘイトスピーチ動画を、そうとは知らずたまたま再生した。すると似たようなヘイト動画が「おすすめ」され、それが自動再生されるとまた次が……こうして、ついこの間までごく普通だった人が差別に一気にのめり込み、人が変わってしまうというウソのような悪夢が世界中で続発しているのである。

残念ながら、一般市民や表現者、YouTuberが批判の声を上げても、ヘイトスピーチ対策はすぐには進まないだろう。まず、YouTubeにアップロードされる動画はチェックするには数が多すぎる。ヘイトスピーチを正確に検知するところまで、テクノロジーは追い付いていない。「YouTube社はヘイトスピーチであれ、サイトに人が集まるなら金になるから本腰を入れないのだ」という見方も根強い。

一方、ヘイトスピーチや未成年者の性的搾取を理由として広告主がボイコットするケースはすでに何回もあった。不適切なコンテンツがYouTube社にとって「客離れ」の原因となるのもまた事実である。

ヘイトスピーチ対策は、YouTube社の行く末を占う一大ファクターである。

YouTuberの行く末

YouTuberの行く末、それはYouTube社の行く道次第である。

現状では、YouTubeが独占的地位にあり、絶大な影響力を誇っている以上、YouTuberをはじめとする多くの利用者はどんなに不満があっても離れるわけにいかない。どの業界、どの職業でも、付き合わざるを得ない会社というのはある。映像等に携わる人々にとっては、YouTube社がそれなのである。

一方、IT業界が変化の速い業界であることは冒頭で述べた通りである。YouTube自身がたった5年、10年で劇的な変化を遂げて今の地位を築いたように、IT業界の勢力分布はこれからも大きく変化していく。YouTube自身がそうだったように、これからどんな新手の企業が出てくるかは予測できない。現在は独占的な地位にあるYouTubeだが、それが永遠でないことだけは確かである。

筆者は、デジタル産業をこれまで見てきた感覚から、まったく新しいカテゴリの新しい企業が現れることで「動画共有サイト」というジャンルそのものが古くなり、YouTubeが下火になるようなシナリオを思い描いている。

その時、YouTuberたちはどこへ行くのだろうか?

まず、映像作家などアーティストの場合、軸はYouTubeではなく作品のほうにある。なので、作品を発表するよりよい場ができれば、そちらへ移動していくだろう。現状付き合わざるを得ないのは悩ましいだろうが、表現者なら作品という軸がブレることはないはずなので、誇りをもって歩んでいってほしいと思う。

次に、海外の起業家モデルのYouTuberだが、彼らは時流でYouTubeに目を付けた。YouTubeから支払われる広告収入と、商品を宣伝したい企業とのパートナーシップで収入を得るという働き方・生き方を編み出した。なら時代が変われば柔軟に考え、また新しい形で起業するだろう。

日本の芸人型YouTuberについても一応述べておく。彼らの本職は芸なのだから、YouTube以外の場所で披露することもできる。時代とともに形は変わるが、人間社会に芸という職業分野はあり続けるだろう。

人類の職業事情は、常に移り変わっていく。YouTuberも、今の形のYouTuberではなくなり、変幻自在に姿を変えていくだろう。

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著者YouTube – 趣味兼ライフワークの音楽作品を発表する予定だが、残念ながらまだ何もアップロードしていない。それでも気長に待つという方は、チャンネル登録して気長に待っていてほしい。筆者がチャンネルを開いた理由は明確で、YouTubeは技術的に優れていて動画(私にとっては音声)データを扱いやすいからである。